霞色の町模様

みるくせーき

プロローグ - ミルガーデンを更に奇妙に

北歴1974年 6月


ロータス共和国は首都ミルガーデン、国内最大の都市であるこの街には、今も昔も多くの人で賑わう。

かつてここは王都ロータスと呼ばれていた、180年前の共和制改革によって徹底的に専制主義を排除したこの街では、旧王宮が博物館に、木と石造りの権威ある街並みはモダンな鉄筋コンクリート製に、王に忠誠を誓う兵士が通っていた巨大吊橋は、プライド・フラッグを掲げる自由主義者リベラリストとそれに怒声を浴びせる保守主義者コンサーヴァティストのリングになっていた。


「はあ...」

大きなビルの8階から地上を見渡す女は、ウィスキーの入ったコップを片手にため息をついた。

「またやってる...近所迷惑だからやめてほしいわ。」

コップを窓辺に置き、職場の同僚から「ジパンのアニーメイみたい」と呼ばれた白髪を揺らしベッド近くの棚を開ける。中にあるのはタバコと書類だ。

「よいしょっと。」

書類には目もくれずタバコを取って窓辺で吸う。せめて今だけは重労働から目を背け、ゆっくり休んでいたかった。

しかし時間とは無情なもので、休憩時間の終了を告げるチャイムが鳴った。タバコの灰を落とし、火を消し、景気づけに残りのウィスキーを飲んでから部屋を後にした。




「ようジェーン、今日も暗いな?」

オフィスに戻ると、同僚の一人から声をかけられた。片手にコーヒーを持ち、まだ湯気が出ているそれを何食わぬ顔で飲む男の名はトミー・ウィリアム・トルーマン。ここ「国家モンスター対策庁」で、モンスターの討伐許可を出す職員の一人だ。

「あなたのコーヒー美味しそうね。ちょうだいよ。」

そうジェーンが言うと、トミーは無言でオフィスにあるコーヒーマシンを指さす。それに負けず「別にコーヒー一つぐらい良いでしょ? 安心して、私間接キスとか気にしないタイプだから。」と言うと「良くねえよ。いい年なんだから自分で取ってこい。それともなんだ? 対策庁のベテラン職員であるジェーン・ケイト・マレー女史は、30代になりながら自分でコーヒーを取ってこれないベイビー赤ちゃんだったのか?」

「私はベイビー愛しい人じゃないわよ。彼氏いないもの。」そんな会話を交わしながらコーヒーマシンにコップをセットする。ポーションミルクを一つ取ってオフィスに座り、今日はどれだけ仕事が来るのかを考えながら、身だしなみを整えだした。




「次の仕事は?」ジェーンが訊いた。

「ええと、まず最初はモードン地区の方だ。スライムが大量発生してるとよ。」トミーがメモを読みながらAVエアリアルビークル発着場ポートへ向かう。

「うえっ、スライム? あのゲル状の体見たくないんだけど。」

「いいから行くぞ。金欲しけりゃ黙って仕事をするしかない。」

「はあ...こんなことなら地元で乳搾りでもしとけばよかった。」

「いつも言ってるな、それ。」

会話が一時止まり、AVに乗り込む。AVは小型のヘリコプターのようなもので、精製した魔石を動力源に空を縦横無尽に飛び回ることができる─法で定められた範囲内なら、の話だが。

AVの製造権は現在共和国政府が所有しており、全てのAVは厳密に管理された官製工場で生まれる。十数年前に作られて以来一度も改定されていない「航空機製造管理法」がAVの全てを定めている。この国にまだ残る陋習の一つだ。


運転手がレバーを操作し、AVが大きなエンジン音を立てながら浮き出した。ジェーンは自身の装備を改めて確認し、トミーは鼻歌を歌いながらメモを何度も読み返していた。やがてAVが十分な高度を確保し、モードン地区に向かい始めた。

「空からの眺めはいいものだな、ジェーン?」

「ええ、そこは同意するわ。」


「うわっ、キモ...」

「大繁殖してんなあ。」

モードン地区で二人が見たのは、大量の緑のゲル状の塊、洞窟で繁殖を繰り返し地上へ出てきたであろうスライムの群れは、生活圏に達しようとしていた。

「いつもならもうちょっと観察するけど、もうこれはギルドに連絡しちゃっていいわね。判断が遅れたせいでクレームが来たら嫌。」

「どこに依頼する? いつものスピットファイア? あるいはコヒーレンス?」

「うーん、スピットファイアの方で、あいつらはこういう雑魚の群れに強いから。」

「いいのか? あいつら割と自重しないが。」

「別に今まで街をぶっ壊したりはしなかったし、大丈夫でしょ。それより早く連絡して。私は討伐履歴を更新するから。」

「はいはい。わかったよ。」

ジェーンは対策庁の記録課に、トミーはスピットファイア・ギルド本部の連絡係リエゾンに通信魔法を使う。

「14時26分 モードンのスライムの討伐許可出したから。スピットファイア。」

「あーもしもし? モードン地区のこの場所にスライムが出てる。許可出すから駆除してくれ。ああ。街に被害は出すな。そうだ...」


連絡の後すぐに、スピットファイアの部隊が遠くに見えた。斥候スカウトが一番に先行して敵を分析し、次に戦闘員コンバタント魔術師ソーサラーが戦闘の準備をする。後ろでは記録員レコーダーが戦場の様子を記録し、補佐術師サポーターが後ろから魔法でサポートをする。スタンダードなギルドの戦術だ。

スライムたちが攻撃に気付き、一部は逃げ出し、一部は反撃しようとする。だがスピットファイアの制圧力の高い攻勢によってスライムはどんどんと倒されていき、逃げ出したほうも補佐術師の行動鈍化魔法と斥候の高速度攻撃で迅速に無力化される。


今回も問題なさそうだな。と思いながらジェーンはAVに戻る。ここから先はギルドの仕事だ。自分には次の仕事がある。トミーに次の仕事の事を聞きながらその場は後にした。

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