第2話 陰への逃走

 私は法力を常時展開しているので、無事で済んだ。だが、愛着のあった宿坊はもう跡形もない。女の出世が憎いとはいえ、随分な仕打ちだ。


「【日輪雅帝】様の権能……閑厳院様の仕業ですかね」


「ヒナビ、案の定無事か。まさか、閑厳院がここまで大きく出るとはな」


 閑厳院は、アノク教団の秩序維持を担当する実行部隊の長だ。オアシス国家たるここ、サリファスタンでも、現地警察を凌ぐほどの影響力を持っている。そして、太陽の神【日輪雅帝】の契約者だ。


「智聖院、オオカガリ・ヒナビどのとお見受けする」


 見ると、既に武器を携えた男たちに周囲を囲まれていた。ちなみに、羅漢どのの姿は私以外に見えない。


「ここはさっき熱線で焼かれたところですよ? こんなクソ暑いところに駆けつけるなんて、ご苦労なことですね。結構、結構」


 私は傍らに置いた剣を取る。すると、男たちは一斉に後退した。ビビり過ぎだろう。


「閑厳院様の命だ。逆らえば罪も重くなるぞ」


「そうですか」


 呆れるほどに強引かつ粗雑なやり方だ。閑厳院。知略や問答では私に勝てず、自ら打って出る勇気すらないと、暗に告白しているようなものだ。


「同じ【院】の名を冠する者にここまで侮辱されるとは、業腹ですね。さぁ、何をしているのです? 斬り掛かってきたらどうですか? その剣は飾りですか? それとも、単なるこけおどし?」


「貴様、小娘の分際で! 図に乗るな!」


「私への侮辱は、私を智聖院に任じられた大僧正様への侮辱に等しい。図に乗っているのはあなた方では?」


 ここまで挑発すれば頃合いだろう。


「このっ!」


 一人が進み出て私に斬りかかる。が、当然のごとく、私の法力の盾に弾かれた。


「あぁ! 私のようなうら若き乙女に刃を向けるとは! 剣で斬りかかるとは! なんと残忍なことでしょう!」


 すると、騒ぎを聞きつけた民衆が次々と集まってきた。


「なんだなんだ?」


「智聖院様が襲われてるぞ!」


「怪しい奴らだな」


 あっという間に、私の宿坊跡は民間人で埋め尽くされた。


「そこの不届き者たちを誰か捕まえて!」


「ま、待て! 我らは閑厳院様の命で動いている。貴様ら、邪魔をするな!」


 刺客どもはもみくちゃにされ、身動きが取れないようだ。教団内部の諍いならいざ知らず、僧侶が民間人を傷つけたとあっては大問題になる。奴らも迂闊に乱暴な真似はできないはずだ。今のうちに逃げるか。


 素早く路地裏を駆け抜け、私は遠くに聳えるオリュンポス山に向けて走り出した。標高27000mを誇る最高峰の麓には、広大な砂漠が広がっている。まず人が立ち入ることのない、死の砂漠だ。そして何より、山の影になっている。太陽神の権能の及ばぬところだ。逃げるならそこだろう。


「ヒナビ、日が射しているうちは奴に補足され続ける。戦闘は避けられないぞ?」


「アドバイスどうも! だったら羅漢どのも戦ってくださると一番助かるんですけどね!」


「霊的存在で済まなかったな!」


 羅漢どのは人間に触れないし、干渉もできない。学術の神だから仕方ないのだが、こういう時は頼りにならないな。

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最強聖者の宗教改革~異端扱いされたので、教団の不正を暴いてみた~ 川崎俊介 @viceminister

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