第25話 エピローグ


 相も変わらず《鉄血》の将兵達はフランカにおける戦後処理と今後の方針について話し合っていた。


「フランカ上層部はビルタニアに亡命したが、《鉄血化》の違法手術は彼らがやったこととして全世界に公表した。おかげで占領統治中のフランカ人も占領軍より亡命した政府に怒りの矛先を向けている」


「まぁ嘘も言ってないし当然の反応だろうな」


「隊員の戦死を偽装して違法手術で《鉄血もどき》にしてたんじゃ遺族の怒りは尤もだよ」


「ん、なことより電磁兵器を鹵獲できなかったのは痛いな」


 ベアニーの指摘に会議出席者達は一様に表情を曇らせた。

 フランカ軍の降伏時、ラジナ線要塞の調査を試みたが、多くの電磁兵器やそれを記した資料は破棄されていた。ジャック以外にもカルバータの工作員が動いていたらしい。研究員も軒並み亡命されており、技術者を確保することもできなかった。


「電磁兵器の情報が秘匿されたままなのは残念だが……亡命政府は我が軍の敵ではないだろう。そんなことよりリック君、重要な報告をしていないね」


「な、何のことでしょう?」


 すっ呆けるメアリックを戦友のレイナートが窘めた。


「リック、カルバータの工作員を生け捕りにし損ねたらしいじゃないか」


 その言葉に会議出席者達の多くはメアリックに敵意を向けた。レベル5の《鉄血兵士》達にとって男らしい肉体を取り戻すことは悲願だった。それをみすみす逃したと知れば全員怒りを隠しきれなくなるのは自明の理である。


「いや、アイツは元に戻る薬そのものを持っていませんでしたし、危険人物でしたのでやむなく抹殺したのです」


 半分事実、半分虚偽の抗弁だった。確かにジャックを捕えていれば聞きだせる情報もあったかもしれない。しかし彼の被害者であるシャルルの手前ジャックをを生け捕りにする選択はできなかった。何よりメアリック自身が彼の非道な行いを許せるはずもなかった。しかし《鉄血将兵》達はそんな事情を知らない。目の前にあった解毒剤の調合法を焼き払われたと思っていたのだから怒りの持って行き場を失ってしまっていた。

 じりじりと壁際に追い詰められるメアリック。


「落ち着いてください! フランケンシュタイン少将がいずれ薬を開発してくれますって。それまで女の子の生活を楽しんだらどうです?」


 保身のために口走った方便は思いっきり地雷を踏み抜いていた。メンバーの目がつり上がり、どす黒い空気を纏っていた。


「キミには分かるかね? ブライダルフェアで娘に間違われる父親の気持ちが! あれ以来娘に口を聞いてもらえないんだよ!」


「かつての同僚海兵に孫娘のように扱われる屈辱教えてやろうか!? ああ!?」


「俺は空軍の新顔からナンパされたんだよ! 貴様を連中に紹介しても良かったんだぞ!」


「私なんか部下から恋文を頂戴したよ。『初めて会った時から好きでした』ってその時私は男なのに……彼はその時から本気だったのだろうか」


 各々恨み節が聞こえてくる。彼女らも肉体の変化によって様々な苦労をしていたようだ。ヨハネスとカミルはあまり気にしていないようだが、メアリックを助けてくれる気はないらしい。われ関せずと仕事の話をしている。


「「「「ディートリヒ少佐、少しばかり我々の気持ちを味わってもらおう」」」」


「あはは……皆さん顔が怖いですよ……」


 メアリックが上官の敵意を一身に受けている間、アデーレは『士官候補生から少尉として正式入隊の決定通知』を受け取っていた。《鉄血》初めての女性軍人ということでビスマルク大総統閣下直々に挨拶されたのは恐縮してしまったが、自分の力が認められた証である。学生時代からの苦労が報われた瞬間だった。正式な入隊通知を受け取った候補生は希望の部署への出願が許される。アデーレは勿論第七鉄血師団への継続配置を希望した。


「ローゼンハイム大尉! 私やりましたよ!」


「おめでとう、よく頑張ったね。まぁ君の実績を鑑みれば心配はしていなかったが」


「大尉も昇進通知ですか?」


 テオバルトの手に持っていた封筒を目ざとく見つけて尋ねると、彼女は少し照れくさそうに笑った。


「いや、昇進の話は後日まとめて関係者に通達されるはずだ。これは身内からの手紙だよ。……その、父と弟からだ」


 要塞陥落の折、北欧戦線にいたヴィルヘルム大将から電報で祝辞が贈られた。我が子の功績を認めたのだろう。想うところもあったのかもしれない。直接会話することこそなかったが、それから当たり障りのない内容が書かれた手紙が送られることも増えてきた。


「弟の手紙も受け取ったのだが『姉上』と記されていてな、父はどう説明したのだろうね。いずれ元の姿に戻ろうとは思うのだが……」


「えー、そのままでもいいのに!」


「いや、断固元に戻らなければならないっ!」


突然遮られた声の方に振り変えると、そこにはメイド服を着させられたメアリックがいた。衣服を乱れさせて疲労困憊の様子だった。彼女は軍隊歩兵の要領で二人を連れて近くの小部屋に身を隠す。


「少佐殿、どうされたのですか?」


「敵襲だ。それも厄介な強敵だよ」


 廊下を覗くと、目を血走らせながら徘徊する《鉄血将兵》達の姿が確認できた。「おら! こんなもんじゃねーぞ!」「古巣の同僚に可愛い子を紹介すると伝えてあるんだ!」「メイドさんが逃げちゃダメだよー」「リック~、皆で可愛がってあげるだけだから早く出ておいで」等々、不穏な台詞を口走っている。捕まったらただでは済まないだろう。


「テオ、アデーレ。この場を切り抜ける作戦立案から頼む」


「「了解ヤヴォール!」」


 そうしてゲルド軍事基地内で《鉄血》同士の鬼ごっこが始まった。

逃亡と劇劇を繰り返している内に互いの部下を巻きこで疑似演習に等しいものになってしまった。女性軍人に命令された男の部下達は鼻の下を伸ばしながら従った。これに抜き打ち訓練だと勘違いした一般軍人まで混ざりだし事態は混迷を極めていく。一つの失言から大戦争にまで発展してしまったのだ。


「はぁ~……。こりゃ早いとこ男に戻る方法を見つけないとな……」


 メアリックは自分の境遇を嘆き、大きな溜息をついた。


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Stahlbande @Murakumo_Ame

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