第24話 伝説の上書き


 メアリックが啖呵を切った瞬間、ラジナ線の磁力兵器の威力が目に見えて弱りだした。正面から攻めているグラッツェル少将、フレンツェン中佐らは磁力弱体化を確認し、総攻撃を開始する。砲撃が要塞の一部を破壊し、大勢のゲルド兵達の歓声が漏れ聞こえてきた。


「どういうことです!? ゲルドの現存兵器で磁力の壁を超えられるわけが――」


 余裕の態度が崩れるジャックは目の前の敵を見てさらに脂汗を流した。要塞化したメアリックが電気を纏っていたからだ。常に放電し、周囲の武器の破片が要塞に吸い寄せられている。空気越しに強力な静電気を感じる。髪が逆立ち、僅かにベルトが触れるだけでバチッと電流が流れるほどだ。


「まさか……この戦場の振動発電エネルギーを吸収しているというのですか!?」


「そうだとも。俺は配線を取り入れただけだが、内部に電流を吸引し蓄電する機構を作成した。俺が電気を吸収し続けている限り、ラジナ線の電磁力兵器はまともな供給を受けられない。そして出力を押さえられた兵器では俺達ゲルドの進軍を抑えることはできない!」


「愚かですねぇ! 電磁力兵器は莫大な電力を扱うが故にその発電量を消費できるのですよ。貴女一人の体では莫大な電力の受け皿には成り得ません! いくらあなたでも最新鋭の電磁砲を複製することはできまい! 現に今も漏電しているではないですか! このままではメルトダウンを起こしますよ!?」


「それ……が、どう……した? 電磁……力が使え、なきゃ、フランカは……落ちる」


 ジャックは初めて顔を醜く歪ませた。長期戦争中において短期的な敗戦はあっても最終的な勝利に繋がればそれまでの敗北は帳消しになる。だからこそ今まで余裕があった。しかしメアリックの指摘通り電磁力兵器を扱えないフランカではゲルドの猛攻を抑えるのも難しい。突破されるのは時間の問題だろう。かといって、メアリックを下手に刺激してメルトダウンを起こせば自分達を巻き添えにしてフランカ軍は大損害となる。


「ジャックさん、どどど、どうしますか? 磁力兵器が使えないと――」


「ラジナ線で好き勝手やってる小娘共を連れて来なさい! 実戦経験の浅い小娘ならディートリヒよりは容易いでしょう!」


 彼女らを人質にメアリックに降伏を迫ろうと画策したのだ。



 砲弾の雨を浴びるアデーレとシャルルは敵が本腰を入れて自分達に狙いをつけ得たことを悟った。射撃はより正確になってきているし、《鉄血もどき》も増員されている。


「《鉄血》になってなければ死んでますね」


「不本意ながらね。しかしフランカの貫通弾を浴び続ければ長くは持たない。ここは鉄血の力を存分に頼らせてもらおう!」


 シャルルは遺棄された迫撃砲や小銃、装甲車などを取りこみ、自分の意思でその形状を変更していく。彼女は《鉄血》に目覚めたばかりのフランカ兵の身でまさに〈形状崩改ツァーファル・ゲシュタルト〉を使いこなしていた。寄せ集められた兵器は巨大な人型に収束していき、神話に出てくるようなゴーレムへと変貌した。巨体はそれだけで威嚇になり、相対的にネズミに見えてしまう小さなフランカ兵達が「退避―」と一斉に後退しだした。狙撃手の貫通弾でも内部にいるシャルル達を傷つけることはできない。機甲巨兵の身体そのものが鎧となっていた。


「これなら同胞を傷つけずに進めそうだ。アデーレ君もありがとう。私に気を遣ってフランカ兵の致命傷を避けていただろう?」


「私は軍人であって人殺しではないので。やむを得ない場合は殺しますが、積極的に命を奪いはしませんよ。戦争と虐殺は違います」


「そうか。私を襲おうとした雑兵にも聞かせてやりたい台詞だね」


 機構巨人はどんどん進行していく。

いよいよラジナ線要塞が数十メートルまでに迫ったとき、青白い閃光がその巨体を貫いた。その一閃で腹部が粉砕されて瓦礫のように崩れ落ちていく。機甲巨人を射抜いたのは電磁砲だった。前線のゲルド軍勢に照準を合わせているモノの内一砲台をシャルル達に向けたらしい。辛うじて受け身は取ったが、シャルルの体は地面に叩きつけられた。


「やった! 巨人を仕留めた!」


「いや待て。女が一人しかいないぞ!」


空を仰ぐシャルルはニヤリと笑った。彼女の視線の先には悠々と天空からラジナ線要塞の砲台に着地するアデーレの姿が映っていたからだ。砲撃を受ける直前、巨人の肩部分を砲筒に可変させてアデーレを射出していたのだ。

人間砲弾となって貫通弾を放つ砲台を破壊した後、迅速に兵士を気絶させたアデーレは〈肉体活性フェアシュテルケン〉によって強引に電磁砲を持ちあげる。


「電磁砲発車台を鹵獲する気が! 絶対に渡すな」


「ぐっ! 流石に鹵獲は許してくれませんか……」


 無数の貫通弾が穿たれたアデーレは激痛に片膝をついてしまう。それでも尚容赦なく銃口が向けられ絶体絶命の危機にあった。その時、聞き覚えのある轟音が聞こえたかと思うと、地震のように足場が振動した。それはラジナ線要塞が半壊させられた音だった。


「見たか! シュヴァルツグスタフの破壊力を! 80センチ列車砲は世界一ィ!」


「何とか間に合いましたね。電磁兵器の威力が弱まったのが功を奏しました」


「随分手こずったが、リック君らが頑張ってくれたらしいね」


 フランケンシュタイン少将、フレンツェン中佐、グラッツェル少将らが要塞を破壊しながら進軍を開始したのだ。フランカ守備隊が彼らの対処に終われている間、これ幸いとアデーレは血管がキレる程の怪力で鹵獲兵器を地面に投擲した。

 落下する電磁砲台を受け止めたのは専用武装を展開したテオバルトだった。そのまま腰の一部をエンジンに変えて爆発的な速度でメアリックの元にまで移動した。


「少佐殿、電磁砲のお届けに参りました」


「ピザの配達だったら遅すぎてクレームつけるレベルだが、よくやってくれた!」


 メアリックの機構から持ちあげられた配線を〈武装融結シュメルツェン〉によって電磁砲台に繋いだ。有り余る電力はそのまま電磁砲のエネルギーとして蓄電されていく。同時にメアリックの体に掛かる負荷電流は軽くなっていった。


「待たせたな。カルバータ。自慢の電磁力兵器の威力味わせてやる」


 列車砲によりラジナ線を半壊されてしまったフランカ軍の降伏は時間の問題だった。

 そしてカルバータが開発した電磁兵器を自らに向けられたジャックは自身の敗北を悟り、最後の交渉にうって出た。


「お待ちなさい。この戦争は貴女方の勝ちで構いません。取引しませんか?」


「あん? 戦勝以上の取引があると? お前らに押されていた頃ならいざ知らず、自軍優勢の間に取引する材料があるとは思えねーな」


 メアリックは脅しも兼ねて装填した電磁砲を半壊するラジナ線へ発射した。その威力たるやフランカ軍が使用していた頃の二倍以上の破壊力だった。蓄電した電力が大きかったためであろう。外側からは列車砲、内側からは電磁砲を浴びた要塞は崩壊した。

その様子を確認したジャックは手短に興味を惹く言葉で揺さぶってきた。


「貴女、元の姿に……男性に戻りたいと思いませんか?」


メアリックは充電を停止させてしまった。自国技術開者でさえ開発できなかった手段を彼は提示してきたのだ。食いついたと食指を伸ばしたジャックは更に揺さぶりをかける。


「貴女は我々の策略で女性化してしまった身! 私達ならあなた方を元の姿へ戻せます! 即ち元の力を取り戻せるのです! ええ、是非そうすべきだ!」


 女性となったメアリックは男性時のときとは比べ物にならない苦労を背負ってきた。慣れない女性服に着こなさなければならない。部下達をはじめ男性軍人からアイドル視されてしまう。また女性として見くびられることも多くなり避けられない戦闘も増えた。常に逆境に晒され、打ち勝たねばならなかった。元の姿に戻れるならばそうしたいのが正直な願望である。メアリックだけでなく、他の《鉄血将軍》達もそうだろう。


(いや、この姿になれたからこそ、得られたものもある)


 士官候補生のアデーレは同性だからこそ心を許してくれたのだ。今では元男性であることを承知しているが、男性のままではここまで早く打ち解けることは難しかっただろう。

 そして、腹心の部下テオバルトはその生真面目な性質故に男性のままだでは自分を押し殺してしまっていただろう。女性になっていなければ弱音も吐かずに潰れてしまっていたかもしれない。


「ジャック、お前の申し出は断る」


本当に元の姿に戻す手段を持っているという疑問はあった。また自国にはカルバータより優秀な科学者がいるために元に戻せる薬を開発できるだろうという打算もあった。何よりも、自分が傷つくことをせず、フランカ下級兵達を実験動物同然に扱った彼を許すことはできなかった。そして彼を生かしておくことで新たな犠牲者を出すことを危惧していた。


「なぜですか!? 戻れなくともよいのですか!?」


いつも甘言により他人を口車に乗せて自身に有利な交渉を展開していたジャックにとって相手が乗ってこないことは想定外であり酷く動揺した。彼としては「元に戻せる手段」という交渉材料で自身の身の安全を確保してもらうというのが計画だったためだ。相手が喰いつくことそのものが目的であり、勿論そんな手段を用意してはいなかった。


「わ、私を殺せば、カルバータ合衆国が黙っていないですよ!」


「その時はカルバータを討つまでだ!!」


 メアリックは振動発電から簒奪した全電力を電磁砲としてジャックに解き放つ。電磁砲はあまりの威力に砲台が耐え切れずに溶解する。青白い光の束が彼の頭上に降り注ぎ、その速度と威力の前に回避行動をとれない。直撃した彼の姿は電光に呑みこまれていった。

 残ったのは巨大なクレーターだけである。この戦争を翻弄したカルバータ合衆国工作員は姿形も残らず焼失したようだった。


ラジナ線要塞が破壊されたことで大勢の《鉄血》軍勢が侵入してきていた。さらにフランカ国土は列車砲の射程範囲にある。頼みの電磁兵器を失ったフランカ兵は、尚も注射して《鉄血化》を試みようとする。そんな同胞の行いをシャルルがフランカ語で制止させた。


「もういい。そんなことはしなくていいんだ。君らは誇り高く闘った。真に愛国心があるならば命を捨てず故郷に貢献しなさい。もう貢献したくともできない同胞もいるんだ」


シャルルは自分を揶揄したが、フランカ兵達は《鉄血もどき》となって死んだ仲間のことを差していると認識したらしい。シャルルの言葉に涙した彼らは武器を捨て降伏勧告に応じた。フランカ将兵は正式な降伏のために連絡兵をグラッツェルに使わせた。


「君達の降伏を受け入れる。武装解除してくれ」


 ラジナ線攻略は双方に少なくない犠牲を出した後、ゲルド軍の勝利に終わった。その事実はそのままゲルド帝国の勝利を意味していた。多くの戦力を失ったフランカ政府は首都防衛は不可能と判断し、撤退に成功した防衛兵と共に戦艦でビルタニア王国に脱出した。そのため残存兵の抵抗もなく首都ペーレは無血開城しフランカは陥落した。


 ゲルド兵が闊歩する首都の道をフランカ民間人達は悲痛な面持ちで静観するしかなかった。表情が暗いのはゲルド騎馬兵として行進していたシャルルも同じだった。明らかに肩を落として死にそうな顔をしている。


「私にとっては明確な対外戦における初勝利ですが素直に喜べないですね」


「敵国に手を貸して祖国を敗戦させてしまったんだ。落ち込むのも当然。今はそっとしておいてやれ。我々にできることはフランカ人に寛大な戦後処理をしてやるくらいだ」


 実際勝利に大きく貢献した《第七鉄血師団》はシャルルの意向を組んでフランカ人に過度な冷遇をしないように動いていた。流石に功績だけでは普通軍人を黙らせることはできず「戦犯として裁くべき」という反発もあった。そこでシャルルの身分は伏せた上で工作部隊のカミル中佐を通じて「一部のフランカ人を抱きこんで内部工作させた」と証言してもらい、フランカ人の寛大な処置を納得させた。故に私財の略奪や捕虜虐待等は起こらなかったが、それでもシャルルは自責の念に苛まれていた。


「お前が手を貸さなくともこの戦争はゲルドの勝利に終わっていた。だがお前が協力してくれなかったら戦争は長期化し、両陣営は今の何十倍の犠牲を出していただろう。お前の行動が多くの人を救ったんだ」


 フランカ人でありながら政府の中枢に裏切られ、敵に手を貸してまで大勢の人間を救った彼女を称える人間は誰もいない。正体が露見すれば売国奴呼ばわりされるだろう。だからこそ、メアリックとその周辺のゲルド人達は彼女を心の底から尊敬した。


「シャルル、お前ほど誇りある兵士を俺は知らない。お前の行動に敬意を表し、お前を占領計画の副指令として推薦したい」


「は? シャルルの身分は病み上がり復帰兵だろう? ゲルド上層部は納得すまい」


「此度の電磁兵器攻略の最大貢献者はお前ということになっている」


 驚愕して言葉を詰まらせるシャルル。確かに一部はシャルルも手伝ったがほとんどはメアリックら《第七鉄血師団》の功績だ。それを彼らは捨てたと言い切ったのだ。


「い、いや……だとしても、私の正体は知ってるだろう! 私がフランカ領をまとめ上げ、この《鉄血の力》を駆使してゲルドに牙を剥くとは思わないのか!」


「お前の義理堅さは知ってる。だからこそお前に任せるんだ。占領軍の最高責任者は俺の知り合いの普通軍人だからお前の意見も通りやすいだろう。戦下手だが統治が上手い奴だ。フランカ人の過度な責任追及はしないだろう」


 シャルルは初めて涙を流した。感情を爆発させた。そしてくしゃくしゃに歪めた顔をどうにか取り繕うとメアリックに「感謝する」と敬礼した。



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