最終話 おかえり、僕の家族

 春はゆっくりと村に広がり、草木は色づき、鳥たちが賑やかに歌いはじめた。

 ティオの家にも、あたたかな風が吹き込んでくる。


 エルナのお腹はずいぶん大きくなり、もうすぐ新しい命が生まれる。


「ティオ、ちょっとお散歩に行こうか」


「うん」


 エルナと手を繋ぎ、村の丘へと向かった。

 ふたりでゆっくり歩くのも、こうして並んで同じ景色を見るのも、もう当たり前の日常になっている。


「ティオ、あなたは前の世界のこと、まだ覚えてる?」


「うん。覚えてるよ」


 仕事ばかりで、孤独で、誰にも必要とされず、帰る場所もなかったこと。

 それでも、ここに来て、こんなにも優しい家族に出会えたこと。


「でも、今はこっちの世界の方が、ずっとずっと好き」


 ティオは笑った。


「あなたが、そう言ってくれてよかった」


 エルナもまた、やわらかく微笑む。

 春の光が、彼女の髪と瞳をあたたかく包んでいた。


「この家は、あなたの家よ。どこに行っても、どんなことがあっても、“ただいま”って帰ってくれば、私たちは必ず“おかえり”って言うから」


「うん」


 その言葉を、ティオは胸にしっかりと刻んだ。

 この家が、この場所が、この人たちが、自分の帰るべき場所なんだと。



 夕方、家に戻るとダグラスが薪を割っていた。


「おかえり、ティオ」


「ただいま!」


 ふたりの声が重なる。

 それはもう、当たり前のように交わされる、でも世界で一番あたたかい言葉。


「なあ、ティオ。もうすぐ弟か妹が生まれるだろ?」


「うん!」


「そいつにも“おかえり”を言ってやれるのは、お前が一番最初だぞ」


「まかせて!」


 そう言ってティオは胸を張った。


 “家族”って、ただ一緒にいるだけじゃない。

 守りたい、帰りたい、幸せになってほしい――そんな気持ちを重ねて、つないで、育てていくものなんだ。


(ぼく、もっともっとこの家族が好きになる)


 そう思いながら、ティオは心の中でつぶやいた。


(ありがとう。エルナ、ダグラス。ぼくに、“おかえり”を教えてくれて)


 暮れかけた空の下、ティオの“ただいま”と、家族の“おかえり”が、静かに響き合った。

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気づいたら異世界の子どもになってたけど、家族があまりに優しすぎて泣いた れいや @reiyadayo

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