第14話 僕の居場所は、ここだ

 それからの日々は、静かに、だけど確かに変わっていった。

 エルナのお腹は少しずつ大きくなり、村の人たちもそれを喜び、ダグラスはますます家の仕事を頑張るようになった。


 ティオも、できることを増やそうと必死だった。

 薪を割る練習、畑仕事、簡単な料理。

 小さな手のひらでも、家族の力になりたくて。


「よし、今日のパン焼き、ティオに任せたぞ!」


「ほんとに? 失敗しても知らないよ!」


「ふふ、大丈夫。ティオの作るパン、きっとあったかい味になるわ」


 そんなふうに笑ってくれる二人がいるこの場所は、もう“ただの転生先”なんかじゃない。

 ここは、ぼくの“家”だった。



 そんなある日、旅の商人が村に立ち寄った。


「おお、ティオ坊。君にこれを」


 渡されたのは、小さな革のしおり。

 金色の糸で「希望」と刻まれていた。


「……これ、どうして?」


「君のお母さんがな、以前わしにこう言ったんだ。

『この子が、自分の居場所を見つけたときに渡してほしい』って」


 胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。


「……エルナが?」


「そうさ。君がこの世界に来たとき、どこか寂しそうで、不安そうで――。だから、居場所を見つけたときの“証”にってな」


 手のひらに乗せたしおりは、ほんのりあたたかくて、まるでエルナの手のぬくもりみたいだった。



 家に帰ると、エルナとダグラスが庭で春の花を植えていた。


「ただいま!」


「おかえり、ティオ」


「ねぇ、これ……もらったんだ」


 そう言って、しおりを見せると、エルナは静かに微笑んだ。


「覚えてたのね、その約束」


「ぼくね、わかったんだ。この家が、ぼくの帰る場所なんだって。ここが、ぼくの“ただいま”を言う場所なんだって」


 エルナは涙ぐみながら、ティオの頭をやさしく撫でた。


「ありがとう、ティオ。あなたがそう言ってくれることが、私たちにとって一番の幸せよ」


 ダグラスも、黙ってティオの肩を抱いてくれた。


(そうだ、ぼくはもうひとりじゃない)


 空は高く、春の風が庭を通り抜けていく。

 花が揺れ、エルナの髪がふわりとなびいた。


「ねぇ、ティオ」


「なに?」


「あなたがこの家に来てくれて、本当によかった」


「ぼくも。ここに生まれ変われて、よかった」


 それは、心の底からの本音だった。

 異世界も、転生も、家族も――全部、いまのぼくの大切なものだ。


 ティオはしおりを胸にしまい、まっすぐ前を向いた。

 もう、迷わない。この場所で、生きていくと決めたから。

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