第13話 春風と、新しい命

 雪が溶け、村にもようやく春が訪れはじめた。

 道ばたには小さな花が咲き、鳥たちも軽やかな声で鳴き始める。ティオにとって、この異世界で迎える初めての春だ。


「ティオ、ちょっとこっちに来て」


 庭先で花の手入れをしていたエルナが、いつになく穏やかな声で呼んだ。

 ティオは駆け寄ると、エルナはにっこりと微笑んで、ティオの手をそっと握った。


「ね、ティオ。聞いてほしいことがあるの」


「なに?」


 エルナはほんの少し恥ずかしそうに、けれど幸せそうに言った。


「……わたしね、お腹に赤ちゃんができたの」


「えっ……!」


 一瞬、言葉が出なかった。けれどすぐに、胸の奥がじんわりと温かくなって、ティオは思わず声を上げた。


「すごい! すごいよ、エルナ!」


 喜びがあふれて、ティオはエルナにぎゅっと抱きついた。


「ふふ、ありがとう。ティオにも、弟か妹ができるのよ」


「ぼく、お兄ちゃんになるんだね!」


「そうよ。きっとティオみたいに、やさしいお兄ちゃんになるわ」


 ティオの胸の中に、新しい灯りがともった気がした。

 今まで“守られる”側だった自分が、今度は“守る”側になれる。


 あのとき、ダグラスにしがみついて「守りたい」って泣いたことを思い出す。

 あのときの気持ちは、もう心の奥でしっかりと根を張っていた。


「ねぇ、エルナ」


「なぁに?」


「ぼく、もっともっと強くなるよ。エルナと、ダグラスと、赤ちゃんも、ぜんぶ守れるくらい」


 そう言うと、エルナは目を細めて、ティオの頬にやさしく手を当てた。


「うん。ティオなら、きっと大丈夫。だって、もうこんなに強いんだもの」


 空を見上げると、春風が白い雲をゆっくり流していく。

 寒かった冬の終わり、そして、あたたかい未来の始まり。


(この世界で、ぼくは生きていく)


 ただ流されるんじゃなく、自分の手で、大切なものを守って、生きていこう。


「お兄ちゃんになるの、楽しみだな」


 ティオは心からそう思いながら、エルナの膨らみはじめたお腹に、そっと耳を当てた。


 ――その中に、確かに命がいる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る