『あったか漫画クラブ』を知っていますか?
深海くじら🐋文フリ東京41完売御礼💕
あったか漫画クラブ
現役で東大に入ったできる弟から離れたい。なんでもいいからそれなりに名のある大学に入ってプライドの首の皮を繋いでおきたい。なんとなく独り暮らししてみたい。そんな想いを胸に、目標の七割にも到達しなかったセンター試験の結果にすがって受けた国立大学法人の限界値、駅弁大学に、僕はどうにかこうにか滑り込むことができた。
賑々しくもかったるい入学式を終え、雪の残る北国のキャンパスを歩いていた。大木の横で記念写真を撮ろうとしていた親子が突風で落ちた枝雪で真っ白になっているマンガみたいな光景を横目で見ながら中央食堂に着いたころには、僕はすでに後悔を始めていた。個性の無い券売機を前にして、当て外れ感しか浮んでこなかったのだ。ラーメンの食券を購入する僕の頭の中に渦巻いていたのは、この先の四年間への不安しかなかった。
友だちも親類もいないこの寂れた北の地で、僕はやっていけるのだろうか。
講堂でのサークル紹介オリエンテーションが済み、大教室二部屋に並んだ文系サークルの勧誘ブースを冷やかし終えた僕は、十数枚のフライヤーを片手に、例によっての中央食堂でラーメンを啜っている。と、正面に人の気配がした。
「皆川さん、ですよね」
見覚えのあるメガネっ娘が長テーブルの向かいに立っていた。
「あたし、宗像っていいます。宗像千織。社会B2のクラスで皆川さんの後ろの席の」
ああ、そうか。クラスオリで見かけたのか。道理で見たことがあったわけだ。
「皆川さん、どこ入るか決めましたか? あ、サークルのこと」
箸を止めて本格的に顔を上げた。いったいなにを言い出すんだ、この子は。とくに親しく話をした覚えはないんだが。
「あ、不躾ですみません。あの、あたし、見ちゃったんです。クラス説明会のとき、皆川さんが電撃大王読んでおられたのを後ろの席から」
ああ。あのときか。
案内資料見りゃわかることをくどくどと説明する学生課の長話に飽きて、買ったばかりの五月号を開いていたのを目撃されていたようだ。それを非難しよう、てんじゃないらしい。
「あたし、マンガが好きなんです。読むのも描くのも。だから大学に入ったら漫画研究部に入りたいって思ってたんです。でも、ここの漫研ってぜんぜんヤル気がなさそうで。さっきお話を聞いてきたんですが、月一回の飲み会以外はとくに活動してないって。で、どうしようかと悩んでて……」
「それが僕となんか関係あるの?」
「あ、すいません。なんか自分のことばっかり喋っちゃって。これじゃなんにもわかんないですよね。あの、皆川さん、マンガお好きですよね。たぶん普通じゃ無いくらい」
なんなんだ、この子は。ほぼほぼ初対面の僕を掴まえて、いきなりこんな突っ込んだ話題を振られても。
僕はあらためて正面の女子を見た。三つ編みのお下げを左右に垂らし地味なモノトーンのコートに首元を二重に巻いた白いマフラーが目立つ女子。黒縁眼鏡の奥に見える瞳は想定外にきらきらしてて、よく見ると顔の部位の配置も整ってる。いわゆる、眼鏡を取ってちゃんとしたら実は美人ってやつ?
「あのとき皆川さんが最後に開いてたページ、電撃コミック大賞の応募告知でしたよね。あれ見てピピッてきたんです。このひとと同志になろうって」
同志?
「これ、宗教とかネズミ講とかの勧誘じゃ無いよね?」
ちがいます、と連呼して大仰に両手を振る宗像さんは、こう続ける。
「ただ、ちゃんとお知り合いになってマンガのことを語り合いってだけです。できれば、ですけど……」
消え入る語尾とともにうなだれる宗像さんに、僕は声を掛けた。
「おおむねわかった。とりあえず、座んなよ。そのままだとめっちゃ目立つよ」
はじめて気づいたかのように周りを見、急いで席に着いた宗像さんの朱く染まる頬を見て、僕は可愛いと思った。
それから一週間。平日の昼食を僕らは毎回ともにした。
逢っているときの彼女は、実に饒舌だった。会話の占有率は彼女が7で、僕が3くらい。でも楽しかった。なによりも、弟でさえも共有できなかった話題を、感想や解釈まで語り合える体験が心地よかった。漠としていた意識や考えが明確になり、新たな知見や別側面からの視点が組み込まれていく快感は、なにものにも代えがたい充足を僕に与えてくれた。
宗像さんの距離の詰め方は独特だ。自己開示はやたら激しく、最初にまともに話したあの日に名前呼びを求めてきたほどで。にもかかわらず、僕に対する口ぶりや態度の丁寧さは徹頭徹尾変わることなく、特別な関係を示唆してくる気配もまるで感じられない。人間関係、ことに恋愛の経験が一方的なものでしかなかった僕は、だからどう動けばいいのかまるでわからない。
「皆川さん、あったか漫画クラブって知ってますか?」
大学での時間の過ごし方に慣れてきた四月下旬の中央食堂の端っこで、向かいに座る千織さんがそう口火を切った。
「いや、聞いたこと無い。ていうか、僕、その辺のことはまるで疎くって。入学して半月も過ぎたのにろくに友だちもいないし」
無理矢理のように追加した、千織さんを除いて、という台詞で安堵のような表情を一瞬見せた千織さんは、話を戻した。
「なんか、秘密の地下クラブみたいなんです」
「地下クラブ?」
「SNSで見たんですけど、アニメ化されたり社会現象になったりするような大手マンガ誌のメジャー作品じゃなくて、知る人ぞ知るマイナーマンガばかりを愛して止まない人たちの集まりらしくて。『そんなマンガあったか?』っていうとこから付いたサークル名だって。」
なんじゃそりゃ。ダジャレか?
「ね。興味出ません? マイナーマンガのファンとか、いいと思いませんか。ワンピとかキングダムとかハイキュー!!とかが面白くないってワケじゃ無いけど、どっちかっていうと『ひきだしにテラリウム』とかコテリさんの『Veil』とかみたいなのが好きなあたしにはちょうどいいかもって」
まあ、確かに僕も、マイナー作品は好きだけど。テラリウムもだけど、『果ての
「とにかくあたし、もうちょっと調べてみようって思ってるんです。あったか漫画クラブのこと」
それじゃあ、と言って千織さんは去っていった。相変わらず自分の言いたいことだけ言ってさらっと退場していく。置いてけぼりの僕は、彼女をどのポジションに置けばいいのかまったくわからない。
調べてみると、この大学には「あったか漫画クラブ」の他にもいくつかのマンガサークルがあるらしい。そしてそれらが水面下で繰り返しているという剣呑な抗争の経緯を綴ったスレッドも、5ちゃんの片隅で見つけた。
【駅弁大漫サ戦国時代】「○ったか漫画クラブ」どもの血で血を洗う抗争劇とその裏側(その8)
1 日本のチベットからこんばんは★マンガもいいけどセクトもね∝
2019/04/13(土) 22:45:05.41 ID:9BXZ3xxx
知ってる人はみんな知ってる駅弁大漫画界の闇。乱立する「○ったか漫画クラブ」の興亡と衰勢を語り合っちゃうよ。
前スレ(その7) https://egg.5ch.net/test/read.cgi/manga/304963xxxx/
102 名無しの漫画クラブ
2019/04/16(月) 03:05:11.65
新入生諸君に駅弁大学の漫研覇権抗争を説明しちゃうよ。
【裏サークルオリ】
あったか漫画クラブ:
「そんなマンガあったか?」と言わしめる弩マイナーマンガを愛する人のコミュニティ。誰も知らないマンガを発掘することが基本テーマ。他のすべての集団を馬鹿にしている。
かったか漫画クラブ:
話題に上がるマンガをとにかく買い漁ることに血道をあげる人の集まり。積読量の多寡がヒエラルキーの物差し。
さったか漫画クラブ:
物語の終幕、もしくは章の最後で重要キャラが身を消すことで区切りをつける作品の信奉者。神棚には梶原一騎が祀られている。
たったか漫画クラブ:
走ることをメイン、もしくは重要なモチーフにした作品を愛でる会。スポーツものがメインになるが、青春ものも多く扱う。
103 名無しの漫画クラブ
2019/04/16(月) 03:12:48.27
なったか漫画クラブ:
主人公が組織や社会でのしていくことを目的とする出世型のストーリーマンガを至上とする団体。過去に「さったか」と共同研究を行なった経緯も。
はったか漫画クラブ:
賭け事全般がテーマであればなんでもいい烏合の衆。結束力は極めて低い。
まったか漫画クラブ:
寸止めこそがリビドーの頂点と信じてやまない人々の集い。「やったか」とは比較的仲が良く、定期的に合同ピクニックを行なっているという情報も。
104 名無しの漫画クラブ
2019/04/16(月) 03:21:30.19
やったか漫画クラブ:
エロいマンガ(18禁エロマンガとは別)を愛好する同好会。「まったか」とは友好関係。逆に「らったか」の一勢力である裸体信奉者とは激烈な抗争を継続中。
らったか漫画クラブ(二団体):
ミュージカルマンガの愛好者とエロマンガ愛好家の二集団がその名の取得を争っている。双方の隔たりは深く、サークル名を巡って常に争っている。
わったか漫画クラブ:
チーム崩壊や仲間割れシークエンスを好物とする変態集団。
105 名無しの漫画クラブ
2019/04/16(月) 03:26:52.07
ガッたか漫画クラブ
この世の作品はガンダムかそうでないかで二分すると断じる狂信的ガノタ。怒らせると粘着してくるやっかいもの。
ざったか漫画クラブ
なんでも読む穏健派。
だったか漫画クラブ
ディストピアもの、ポストアポカリプスものに焦点を絞った先鋭集団。武闘派。
バッタか漫画クラブ
古くは貸本から近年の同人本までの、基本市場に上がってこないバッタもんばかりを蒐集し研究する日陰集団。寒さ暑さに強く人混みに突入するのも厭わない行動力。
パったか漫画クラブ
内容ではなく、大ゴマやシーンの類似性追究にのみ心を砕き、世間に暴露することで歓びを感じる異常者集団。膨大なデータベースとトレース眼は異能者レベル。
なんだよ、こりゃ。
どう考えてもまともな文化サークルじゃない。もっと下の方の、三日前のタイムスタンプが付いたスレでは、新入生勧誘を巡っての争いで救急車が呼ばれた実況もある。まさに昭和の左翼もかくや、って状況だ。
いままで盤石だと思っていた自分の足元が、恐ろしく薄っぺらな板きれだったことを思い知らされた。
これはマズイよ。間違いなく、知らない方がいい情報だ。とにかく、急いで千織さんの詮索を止めさせないと。
スマホのLINEを開いて千織さんのアカウントをタップしたとき、ノートのディスプレイで新しいコメントが表れた。
349 名無しの漫画クラブ
2019/04/27(金) 23:58:41.55
【速報】「あったか漫画クラブ」超有望新人(眼鏡っ娘)を1名確保。パワーバランスが崩壊する予感。
画面に吸い付けられ固まってしまった僕の手許でスマホが震えた。
――ちおり
あったか漫画クラブに入会しました。
知識も凄いし優しい先輩たちが揃ってる、すっごくいいサークルですよ。
皆川さんも絶対気に入るはず。
一緒に入りましょ♡
2019/04/28 00:02
――ちおり
このあとGWの合宿に参加します。
連休明けにあらためて誘うから、中央食堂で会いましょう。
それまでに、誰も知らないような作品を探しとくといいと思いますよ♬
じゃあ、また今度ね♡
2019/04/28 00:05
五月の一か月間、講義の時間を除き、僕は中央食堂の端っこの席で千織さんを待ち続けた。でも、彼女は現われなかった。 LINEは既読も付かず、新しいメッセージが送られてくることもなかった。
同じく履修していた一般教養の講義にも姿を見せることもなく、彼女の存在は大学から完全に消えた。
共通の知り合いなど、もちろんいない。同じクラスの女子何人かに尋ねてみたが、彼女のことを憶えていた人ですら片手に余るほどだった。住まいを伝え合ったわけでもない僕には、もう追いかける術は無い。そもそも、宗像千織というひとが存在していたかどうかさえ曖昧になってきた。
5ちゃんのスレも四月末以降ぱたりと伸びなくなっていた。
意味のわからない喪失感だけを抱え、僕は淡々と半年を過ごした。ただただ講義だけに通い、夏休みは実家に帰る。秋になってもそのペースは変わらない。マンガへの熱意は冷め、その分小説を読む時間が増えた。
知らぬ間に後期に入り、学内に「不来方祭」の看板が目立つようになってきた。
ふと思いたち、5ちゃんのスレを覗いてみると、それまでとは毛色の違うコメントが最新のところに表示されていた。
582 名無しのメガネっ娘
2019/10/13(日) 00:05:12.40
【告知】「あったか漫画クラブ」が学祭の裏で新入会キャンペーンを行なうよ♬
学祭の二日間の間に入会した人は、もれなく♡イイコト♡できるから、希望者は下のURLからエントリーしてね♡
http://attakamangaclub_2019_campaign.xxx/megane/
遷移先には千織さんの写真が貼られていた。いや、目線が入っていたし髪型も変わっていたから彼女だかどうだかはわからない。でも、少なくとも僕の記憶の中にある彼女とは、顔の輪郭や部位の配置で一致していた。
見たことのないコケティッシュな笑みを浮かべたその写真に付け加えられた吹き出しにはこう書いてあった。
期間中に入会すると、あたしと♡イイコト♡できるよ!
僕はそっとサイトを閉じた。
止まっていた気持ちの針が動きだす、ということはない。僕の知っていた宗像千織はもういないのだ。胸の奥に氷の塊があった。
無事であるのなら、あとはもう関係ない。
半年間の呪縛から逃れた僕は、不来方祭の最中に地味な、でも表だったサークル「SF&ファンタジーラボ」に入会した。
僕の大学生活が、ようやくはじまる。
『あったか漫画クラブ』を知っていますか? 深海くじら🐋文フリ東京41完売御礼💕 @bathyscaphe
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