幽霊の 正体みたり 可愛い娘

二瀬 来

第1話 急転直下の一日目

 ――見られている。

 そんな気がした。

 とてつもなく、ガン見されている気配。視線が、胸に集まっている。


 ここは風呂場だ。

 大きくもなく、清潔とも言いがたい、ごく普通のユニットバス。白いタイルの隙間には少しだけカビが見えて、鏡は水垢で曇っている。

 浴槽の中に私は立っていた。いや、正確には“浮いて”いた。

 そして目の前では、一人の男が、のんびりと髪を洗っている。

 泡を頭に乗せて、目を閉じながらシャワーで流している――。


 男以外に

 私はこの男の“背中”に立っている。にもかかわらず、鏡には、髪を洗っている男しか映っていない。そこには私の姿などない。


 それで問題なのが……。


「…へっ……」


 コイツ…ニヤけてやがる!

 鏡越しにニヤニヤと口角が上がっているのが見てとれる。

 何がそんなに面白いんだ!!!




 私は数年前にこの浴槽で死んだ。

 死因は――もう思い出せない。自殺じゃなかったと思う。湯船でうたた寝して、そのまま……って感じかな?


 若くして死ぬには惜しいと、自分でも思う。まだ二十代。恋愛もしてないし、結婚もしていないし、子供もいない。友達だって多くはなかった。

 でも、未練は、ある。そりゃもう、たっぷりと。

 だから私は化けてでる事になったんだろう。


 私は目を覚ましたら、この浴槽にいた。

 既にこの部屋は別の人に貸し出されていて、それが、この男だった。

 私が自分を幽霊と思ったのは2つの理由がある。


 1つは、この部屋から――正確にはこの浴室から、出られないこと。まさに“縛られて”いるという感覚。


 もう1つが、この男には私が見えなこと。

 そう。「見えなかった」だ。


 だから最初の頃は、気にせず風呂に入りに来る男を、上から下までガン見していた。


 だって仕方ないじゃん!ここお風呂場だし、私ここから出れないし。いや、見たくて見ていた訳ではない。違うからね!?


 でも、今――。

 彼の視線が、私の体の一部を“正確に”捉えた。主に胸。

 そして今、こうして笑ってる。


 おい。

 お前今見えてんだろ!!!

 この1週間で何があった!?



 幽霊は、死んだ際の姿で固定らしい。


 私は死んだ時、風呂に入っていた。


 風呂に入る時に服を着たまま行く?行かないでしょ?つまりそういうこと。



 私は今、全裸です。


 そして、“全裸”がこの男に見られている。

 ……ふざけんなああああああああ!!!!!!


 _____________________________________


 <side:部屋の主>


 最近、幽霊が見えるようになった。

 原因はダンジョンだ。


 ある日、世界にダンジョンが乱立した。それはもう、所構わず。

 中にはモンスターがいて、どういう訳か、火薬と電気が使用できない。

 現代兵器が使用できず、ダンジョンからモンスターが溢れ、このまま人類は滅ぶかと思われたが、そうはならなかった。

 ダンジョンを出たモンスターには現代兵器で対抗できたこともあるが、探索者と呼ばれる超人たちが台頭してきたからだ。


 ダンジョンに入るとどういう訳か、ステータスと個人スキルが手に入る。


 ステータスってのはゲームに出てくる奴みたいなものだ。STRとかAGIとかの。これらが探索者たちを超人たらしめる要素だ。探索者を新人類だ!って言う人もい居たけど、アンドロイドの方が新人類だ!って勢力とモメて、今や、新人類を主張する勢力はどちらもほとんどいない。


 そんな探索者に昨日、俺はなった。


 で、何が問題か?って言うと個人スキルだ。

 スキルには一般スキルと個人スキルがある。一般スキルはダンジョン内での活動によって獲得できるモノのことだ。剣術とか移動速度UP等がある。

 もう一つの個人スキルだが、これは当事者だけに与えられるスキルで、名前が同じことはあるが、効果は一人一人違うとされている。


 有名な話だと、未来視になるな。

 同じ未来視を得た人間でも、数秒先が見える測定型と、何時かはわからないが決定的な瞬間が見える直感型、それと意味わからん神託型がある。


 話を戻そう。俺の個人スキルだが、それは第六感だった。

 名前から、直感とか、勘が良くなるモンだと思っていた。だが、実際は霊感良くなった。直感が働く分にはいいんだけどね。選択で間違えないし。


 これのせいで帰り道が大変だった…。

 電車の中に首を刈る怪物を見るわ、出くわした高校生から神の様な何かを感じるわ、田んぼで白いナニカがくねくね踊っているのを見るわ……。

 カウンセラーにお世話になろうかと思ったわ。近くに腕の良い人がいるようだし。


 とにかく、幽霊的なものが見えるようになって辟易しながら家に帰ったんだ。

 そしたらさ、家にも居たんだよ。風呂場に。

 女が。裸で。


 why?


 Yeeaaaahhhhhhhhhhhhh!!!!

 Foooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!



 取り乱したわ。このスキルなんだが、どうやらテレビのチャンネルのような感じで使えるようだ。

 具体的に言うと切り替えられる。直感というか、ほぼ未来が見えるヤツと、幽霊が見えるこれ。複合も可。

 え? 切り替えれるなら帰り道で見なきゃいいじゃないかって? チャンネルが勝手に切り替えられたんだよ!! リモコン取られたんかな。俺のなのに…。


 まぁさ。ここって俺の家な訳じゃん?

 気になるよね。幽霊がいるか。

 居たら家賃半分払ってもらうつもりだったんだよね。


 で、うん…居たわけ。


 勝ったな、風呂入ってくる。





 ~~~A Few Minutes Later~~~





 シャーと流れる水の音が浴室に響いていると、怒号が鳴り響いた。


「アンタっっ!!見えてんでしょッ!!!」


 ビクッとなってしまうのも仕方ない声量。

 髪のシャンプーを流しつつ目を開ける。

 鏡越しに女と目があった。


「ケダモノ!!ヘンタイ!!死ね!!!こっち見んな!!!」


 叫ぶ女は生まれたままの姿だ。一糸纏わずという感じだ。

 帰り道に見た化け物と違って、人間のように見える。それだけで恋愛対象だ。

 目鼻立ちがはっきりとしていて、艶やかな長い髪を伸ばしている。

 体もメリハリがあり、身長は俺より少し低いぐらいか?

 町ゆく10人に聞けば9人は美人と答えるだろう。


「ついつい目で追ってしまう可愛さだな」

「えっ?かわいい…?てか、私の声が聞こえて……?ってダメダメ!目を瞑って!」


 さっきまで一方的に怒っていた彼女の声が、ふっと柔らかくなった。

 でも一瞬、彼女の唇が、声が、かすかに震えていたことを聞き逃さなくて。

 こっちをまっすぐ見つめる目が、ほんの少し潤んでいるように見える。

 しっかりと、鏡越しに目が合う。目は瞑らない。

 なんていうか……直感だけど、期待とか、不安とか、いろんな感情が一気に来たような、そんな瞳だった。



 それにしても、声に出てたか。そして、見えていることがバレたか。しかし誤魔化すなら鏡に映った自分を『ついつい目で追ってしまう可愛さだな』とか言っちゃうイタイ奴になっちまう。そんなの嫌だ。見えててもいいじゃないか。

 それにきっと、俺が彼女を見えることは、彼女にとっても喜ばしいことなんだろう。スキル第六感も同意してくれた気がした。


「あいよ。……ふへへ」


 はっ。目を瞑ったところで浴室ぐらいなら感覚的に理解することができる!

 その形を…!!その重さを…!!!柔らかさを…!!!!

 スキル第六感様様だな。


「見えてんじゃない!!なんで!?」

「まぁ。これが俺のスキルだからな。てか幽霊だろ?恥とかあるのか?」


 キュッとお湯の栓を閉め、愕然とする女に問う。

 死んでいるのだから恥も何もないと思うんだが。


「あー、言われてみたら無いかも?長いこと今の姿のままだし、物にも触れられないから服は着れないだろうし。今の自分に慣れてしまっている部分はあるわ。まぁ、見られてもいいかもね」

「いやぁ~、そんなに俺の視線が心地よいとは、アンタなかなか——」

「ちっ、ちがっ、違うから!ヘンタイ!!」


 うわ、顔が真っ赤っ赤。

 案外、まともに認識して貰えて本気で嬉しかったとか……?そうなのか第六感


「ゲフンゲフン。それはそれとして、見られていい気はしないわね。外にいる時に服を着てようが、じろじろ見られるのは不快でしょ?」

「そんなに見られるのが嫌なら風呂場から離ればいいじゃないか?透視は多分できないし」


 手に取ったタオルで全身を拭きつつ会話を続ける。

 すると少しの間、この浴室に沈黙が流れた。

 何か不味い事を口走ったか?


「……私、ここから動けないの。死んだ場所に縛られてるっていうの?なんて言うんだっけ?」


 ふと声がかすれた気がした。

 さっきまではどこか小気味よく怒鳴っていたのに、今の声はまるで、言葉そのものが重たい鎖みたいだった。


「……地縛霊?」

「そう、それ。だから消えるのは無理。あなたにとっては邪魔かもしれないけど……ごめんね」


 そう言って視線を落とす彼女の輪郭が、ほんの少しだけ霞んだように見えた。肉体を失って、感情に左右されやすくなっているんだろうか?少し申し訳なく感じる。

 そんな事、気にする必要ないと思うが。一応言葉にしておくか。


「いいさ、目の保養になる。それと、これからもここにいるのか?別に構わないが」

「そうなんじゃない?今までもずっといたし。私が見えたのはあんたが初めてだけど」

「なら家賃を出してくれないか?風呂場だけだから1割でいい」

「は!?金とるの!?っていうかお金とかないんだけど!?」


 またもや愕然とする彼女を見ながら洗濯機にタオルを放り込む。

 彼女のオーバーなリアクションは気持ちがいい。


「冗談だ」

「冗談に聞こえなかったんだけど……」


 この俺のパーフェクトコミュニケーションで場が温まっただろうし、リビングへ移動しよう。服もそこにある。あぁ…家賃……。


 未練たらたらな俺と彼女、で浴室をでた。


「パンツパンツ~」

「アンタねぇ、先に上から着なさいよ。風引くわyo!?!?!?」

「あれ、浴室から出れんじゃん」

「そう…ね…、こんなあっさり外に出られるなんて思ってなかった。……何年も、あの狭くて寒いだけの浴室に縛られていたのに。誰にも見えなくて、聞こえなくて、忘れられたみたいに……。でも今は、ここいる。あなたと、話せてる」


 俺の言葉に反応の薄い彼女の瞳の端は、少し光っていた。


「5割だね」

「ねぇ!?今感動的なとこだったよね!?何年も閉じ込められてたとこからやっと出てきてさぁ!?また家賃の話!?流石に冗談だよね!?私の感動を返してよ!!!」

「安心して。9割冗談だよ」

「1割本気!?」


 こうして数年レベルのニートが巣から出てきた。

 茶化したけど、浴室の外に出れて良かったね。


「裸のままだけど」

「ねぇ!?!?!?」





 ~~~少し落ち着いて~~~





「えー、家賃は体で払ってもらうことになりました」

「違うよね!?違くないけど!!アンタのダンジョン探索を手伝うって話だったよね!?人聞きが悪過ぎるよ!!」

「大丈夫大丈夫、キミ人じゃないじゃん」

「ねぇ?そろそろ私も怒るよ?家賃ネタとか、ブラックジョークとか、何回やるの?お前次やったら『コレ』だからな」


 そう言って彼女は自身の胸を手で寄せ集め、上下に揺らした。

 流石におちょくり過ぎたか。引き際だな。

 それにしても、彼女は反応がいい。打てば響くというか。

 好きな子にちょっかいをかけたくなる心理に陥る。

 まるで小学生だ。少し反省。


「キミって中々敏感だよね」

「ッ!!」


 …目の前が何も見えない。『コレ』をやられている最中のようだ。彼女は幽霊で触れることができない。はたから見れば、俺は彼女の胸にめり込んでいるんだろう。感覚がなく、残念だ。だけど少し、心地よい。なるほど、これが母性か。


「ハァ…。そろそろ真面目に話さない?それと『アナタ』や『キミ』だと味気ないし、自己紹介しよう?」

「おk。俺の名前は六道りくどう 六花りっか。職業は今日から探索者」

「ふ~ん、リッカね。わかったわ。次は私ね。名前は枯尾花かれおばな 霊子れいこよ。苗字は可愛くないから名前で呼んでね。よろしく」

「よろしく。んで、何でレイコは浴室から出れたんだ?」

「多分……あなたに取り憑いたからだと思うわ。今はあなたから離れることができないもの」

「6割ね」

「まさかの1割アップ!?リッカ自身を住居と考えて!?それでいいの!?」


 彼女の、レイコのツッコミ力は素晴らしい。ついつい俺がボケてしまうほどだ。一緒に漫才師を目指すか?……レイコは俺以外に見えないし、聞こえないからだめだな。一人虚空に向かってボケ続けるとかホラーだ。…ホラーか。幽霊だし。

 閑話休題。取り憑いたから出てこれたって話だけど、おそらく違う。俺が探索者だったことが重要そう。それと、レイコの死因はダンジョン絡みだ。それが深く関係している気がする。俺のスキル第六感がそう言っている。

 まぁ真実はどうあれ今は取り憑いたって解釈で問題ないだろう。


「冗談だよ。冗談。俺の体になら、いつまででも居てくれたらいいから。対価もいらないし」

「いいの?リッカ、あなたの体の話よ?大切にしないと、親が泣くんじゃない?」

「大丈夫大丈夫、俺にはもう、家族はいないから。天涯孤独の身ってやつ。だからさ、嬉しくもあるんだ。これからは一人じゃないって」

「っ、ごめん」

「謝ることないよ。ここは、ありがとうって言ってくれればいいのさ。1割まけたんだし」

「5割はマジなの!?ってもう…あなたって人は……」


 しんみりした空気がリビングに流れた。

 よし、流れを変えよう。


「レイコはさ、生き返りたい?」

「え?」

「俺ってば今、探索者なんだけどさ。ダンジョンでドロップするアイテムの中にあるかもしれないんだよね、蘇生アイテム。まだ手に入れてはないけどさ、レイコに使いたいなって。目指すならそれぐらい大きい方がいいしね」

「…私に使っていいの?」


 あぁ

 俺の家族を心配してくれるのか。これに関しては大丈夫。

 でも、を気にする君にこそ生きてほしいと思うし、一緒に生きたい。


「いいんだよ。そしたらさ…」

「……そしたら?」

「…っ……やっぱ何でもない。まだ1日目だし、早いか」

「なに?気になるでしょー」


 今、スキル第六感で未来が限定的だけど見えた。

 俺が手にすることになる蘇生アイテムは指輪型だった。

 この指輪を、君の左の薬指に送ろう。

 その時まで、言おうとした言葉は飲み込んでおく。

 この選択が正しいことを、スキル第六感は教えてくれる。

 その未来が、遠くないことも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊の 正体みたり 可愛い娘 二瀬 来 @hutase_lie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画