if
@makaz
第1話
死にたい、と思うまでではないが後悔することはいくらでもある。例えば失言。そうこれが多いかもしれない。何が人を踏みつけることになるかわからない。慎重に普段はしていても、話が盛り上がり、テンポよく会話が続く時はけっこう落とし穴だ。ノリで思わず口が滑る。思慮が足りていない。
難病になった知人と話をしてた時もそうだ。小説を書いていることを話したら、読書が好きな知人は前のめりで話に乗ってきたし、それで久しぶりに話が盛り上がりもした。
いつか読んでくれよ。デビューしたら買うよ。いや、献本するって。いや買う。買いたい。それならサインするから。叶う予定など全くない夢の話をするのはそれでも楽しかった。
何度かそうやって電話で話をした。
いつも笑いが絶えない、面白すぎてごめんなさいね、などと軽口を叩けるほど楽しい時間を、二週間に一度くらい積み重ねていた。
それでもいつそういう時間がなくなるかわからない。手術はすぐにはできないという。準備が必要で薬などで整えることがある。手術までに突然変調を来す可能性もある。残された時間は誰にもわからない。全然平均寿命以上に生きてもおかしくはないし、明日冷たくなる可能性もある。
人は突然死ぬ。
高校生のときに部活のマネージャーがエイプリルフールの日に亡くなった。前触れもなく。部室にやってきた部長が静かに告げた。いやいやそんなウソはいらないですよと誰かが言ったが、生真面目な部長がそんなウソをエイプリルフールであっても言うことは絶対にないことはみんなわかっていた。 朝、冷たくなっていたのだ。
人は突然、死ぬ。
知人を励まし、意外と長生きするものだよ、手術も成功するし、すれぱ良くなる可能性も全然あるよね。まぁあるけど。それなら大丈夫だよ。根拠はなくても大丈夫と言えばそう思えることもあるから、そうなるといいなという祈りを込めて何度も何度も大丈夫と言った。
どういう流れだったか、過去に戻って勉強したいなという話になった。今の知識経験のまま戻れるといいなと。知人は戻りたくないと言った。
そう?戻れたらいろいろできるじゃん。知識があるから金には困らないよなー。競馬とか株とか儲ける方法はいくつか想定できた。金に困らなければ仕事を無理にしなくていい。やりたいことだけやってればいい。そう言うが知人は惹かれないようだ。今のままでいい。戻れたら難病もなんとかなるかもしれないじゃん。いやいや。気をつけたり金あるから早めに処置したり。……。 励ましてるつもりでバカなことを宣っていた。出来ないこと、ifの話をすることになんの意味もないことを察する。遅い。察するのが遅い。
知人はいつの間にか相槌も何もなく沈黙していた。もしもし?もしもし?間抜けな声が部屋の静寂を強調した。背筋が凍った。取り返しはつかない。
今までありがとうございました。お元気で。二度と電話しないでください。ほな。
沈黙した電話を眺めた。
慌ててかけ直すが二度と繋がることはなかった。時間を置いて何度かかけてみたが繋がることはなかった。知人は遺品整理を始めていた。電話もいらなくなるから解約するかもと言ってた。繋がらないがコール音はする。それが微かに残された知人の無事の証だ。それが切れる前に、知人ともう一度話したい。
だから小説を書いて、書いて、書いて、本になって本屋に並べることが現実的な目標になった。夢から目標に。それを見たら、きっと向こうから電話をかけてくれるのではないかという淡い期待を抱いている。希望。そのために、もっと真剣に、もっと多く、書かなくてはいけない。小説でも散文でもエッセイでも。書くことでしかその道は続かない。書くことはもうやめられない。苦しくても書きたいことがなくなったとしても。どんなに結果が出なくても。 後悔は先には来ない。当たり前のことが重くのしかかる。
もし過去に戻れるなら……。
そんなあり得ないifの話は終わりだ。
if @makaz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます