黄金王アーサー・アヴァロン

 あの男のことを、僕は終生忘れることはできないだろう。


 ドゥルイト王国の降伏の後、ドゥルイト側の諸侯は次々に恭順を示してきた。

 もちろん、最後まで降伏を良しとせずに玉砕するものや、身を隠し野に下ったものもいる。


 オズマンド・バラスは戦後、王都にて単身降伏したドゥルイト側の指揮官のひとりであった。


 高々1000程度。戦局を左右するにはやや力不足ではあったが、王都にほど近い肥沃な農村地を拠点にしていた部隊を指揮していた将帥であった。


 今後のドゥルイトの戦後統治を見据えるうえで、看過できない場所である。

 だからこそ、占領のために度々軍を送り、そのすべてが返り討ちとなった。


 王都の包囲という戦略目標が優先させられるため、大軍を以て攻めることもできなかった分歯がゆく、あそこがドゥルイト側であったために調略に応じない諸侯もいたため目の上のたん瘤といった存在であった。


 そんな男が単身降伏してきた。


 僕は喜び勇んで招こうとした。

 大軍であっても怯まず、守勢に優れ、極めて優れた用兵の才覚を持つ騎士ならのどから手が出るほど欲しい。


 目の前にいた男は顔の半分が抉られ、片足を失った傷痍軍人であった。


 傍らにはこちらの軍から鹵獲した荷馬車。

 その中にあった棺桶には幼少からの側近が遺体となって帰ってきた。


「降伏の条件がある。飲んでもらえるか」


 出来うることなら、僕はオズマンド・バラスはこちらが頭を下げてても迎えるべき猛将だと掛け値無しにそう言える。

 礼節をわきまえ、国家に対して身を投げ打ち、最期まで節を曲げず戦い抜いた。

 戦場での敵将の扱いにしてもその骸を清め、丁寧に返還したことを思えば恨みもない。


 だが、それはできなくなった。ほからなぬ、オズマンド自身がそうしてしまったからだ。


 僕は彼を、徹底的にこき下ろし、その尊厳を痛めつけ、蔑視されるべき人物として嬲るしかなかった。


「アーサー様……」


 奥で思案し、思い出に浸っていると最愛の妻が僕に声をかける。


「おかえり、アレクシア」

「はい……。あの……アーサー様」


 おおよそのことは知ったのだろう、アレクシアの顔色はお世辞にもいいとは言えない。


「顔色が悪いね、温かいお茶でも用意しよう」

「いえ、大丈夫です。それより、ゲイル卿のことですが……」


 ゲイルの望み。願い、その想い。痛いほどわかる。

 わかっているが故に、判断は決まっている。


「宰相の希望は汲めない」

「……ですがっ!!」

「国を、守るためだ」


 痛いほど、わかる。

 石を投げられようが、千の罵倒を受けようが、守ろうとした民衆に裏切られようが。


 オズマンド・バラスは平和のために慶んで死んでいった。


「アレクシア、僕はね、バラス卿と話したことがある。だからこそ、僕はバラス卿とアリシア妃の想いを墓場に持っていくつもりだったんだ」



 ☆★☆★☆


「俺の命と引き換えに、俺の麾下にいる将兵978名の助命。並びに防衛拠点であった臣民の略奪、暴行の禁止。並びに保護を求める」

「もちろん、これは解放のための戦いであって、将兵や民に罪はない。ドゥルイトの人々は僕たちが責任を以て守る」


 オズマンドの要求は至極当然のことであり、こちらからすれば当たり前のことであった。


「もしよければ、僕に仕えてほしいが……」

「それは出来んな。俺はアヴァロンの将兵を殺しすぎた、アーサー殿下が納得してもアヴァロンの将兵は納得しない。それに俺は命惜しさに降伏したんじゃない。貴族として、この争いに関与したものとして責任を果たすために来たんだ」


 その理路整然とした答えは不思議なことにさらに僕を喜ばすものであった。

 もちろん、想うところはある。彼が戦争の中で討ち取った僕の乳兄弟ともいえる臣下にして側近を失ったことはとても悲しい。

 しかし、戦争をやっているのだ。殺す気で戦った以上、オズマンドはドゥルイト王国に忠義を尽くすものとして全力で戦ったうえでの死。

 策によって敗れはしたが、死後の名誉を守り、決して卑怯な手で殺められたわけでもない。


 敵対者として最上の経緯を忘れていない対応はまさに武人の鑑と言えるだろう。


「誰かが責任を取らねばらなん。それが出来るのは俺だ。戦死しなかったのは幸いであった。俺の詰め腹を切るだけでことは収められる」


 このようなことを言っているが、処刑するつもりはない。

 妻であるアレクシアの隔意はあるが、むしろオズマンド・バラスの立場はドゥルイト王家に対する関与や政策決定に対する影響力などない。


 子爵位の剥奪に当主の自裁、本人自身も投獄されながら、国家のために前線で死に物狂いで戦ったのだからそれは罪に問うべきというより、寛容さを示し、許しを与えるべきだ。


「その姿では市井で暮らすのも難しいだろう、バラス卿の武略を僕は評価しているつもりだ」

「ありがたい申し出ではありますが、俺は罪を得て、刑に服す身です。ドゥルイト王家の命により前線で戦うことによって罪を雪ぐとのことでしたが、あくまで一時的なもの。王家は滅び、貴族としての地位を失ったとしても俺はドゥルイトの法に従う所存です」


 結局のところ、オズマンド・バラスは首を縦に振らず、王が不在となった後宮を一時的な捕虜収容所としてそちらに戻した。


 ため息を吐く。

 戦争に勝利したものの、ドゥルイト王国の内情はこちらが思っている以上に悲惨だった。


 むしろ領地貴族のほとんどがこちらについたため、戦争というよりほとんど接収したというのが正しい。

 苦戦したことと言えば、王都の包囲に王都の士気を挫くために、バラス卿が守っていた穀倉地帯に頻繁に攻撃していたことだろう。


 貴族から見捨てられ、自壊するドゥルイト王国の中でまともに反抗したのはバラス卿ぐらいだ。

 それ以外はこちらに降伏するか、ひとあてして離散していった。むしろ離散していった軍が野盗化して村を襲うことの方が頭が痛かったぐらいだ。


 だからこそ、バラス卿の評価は高い。

 軍内でも恨む声よりもその武勇を称賛する声の方が大きいぐらいだ。

 側近が討ち取られたことも、バラス卿自身が自身の顔と片足を奪った勇将であると称えたように、彼の名誉を守っている。


 是が非でもほしいのだ。少なくとも劣勢を覆すことのできる名将なぞ、そう簡単には見つからないし、アヴァロンの国防方針からしても戦をするのであれば万全の補給状況と兵数を揃えることを徹底しているのだ。

 まず、わが軍にはいない人材である。喉から手が出るほどに欲しい。









 シュリュズベリィ公爵の動きが怪しい。


「欲目が出てきたんでしょうね。喉元過ぎれば熱さ忘れる。人間の欲望とは果てしないもの」

「それは、持論かな。アリシア妃」

「経験則よ。もっとも、反省して次に生かすことは出来なさそうね」


 そう発言してドゥルイト王国王妃アリシアは余裕そうに紅茶に口をつける。


「望みは叶ってしまえば、今度はもう少しいけるんじゃないかと思ってしまう。博打と一緒ね、もう少しいけるだろう。もう少し行ったらやめよう。そのまま肥大化した幻想に足元を掬われて破滅する。よくある出来事だわ」


 王妃アリシアことアリシア・アップルトンは辺境の小領主であるアップルトン男爵家の庶子である。

 桃色の頭髪に、幼さすら感じさせる童顔の整った顔立ちの少女。

 特にしぐさや雰囲気は庇護欲を掻き立てる容姿をしている。


 なるほど、確かにこれは傾国と言えるだろう。

 男慣れしているし、知的な交渉センスを持ち合わせる知性もある。

 特に話を合わせるのが得意だ。こうして話しているだけでも心地が良くつい国の内情に対して口を滑らしかねない妖艶な業をもっている。


 その知性をまともな方向に向かわせれば、あるいは上級貴族に対する帝王学を学ぶ時間があればと思わずにはいられない。

 素質は一級線であろうが、時間が足りなかった。

 僅か18歳という年齢では一国を背負うには未熟すぎたともいえる。


 謀士や寝業師になれても政治家としての才覚を見せる前に、断頭台に送られるだろう。


 アリシアとアレクシアは正反対の人間と言えるだろう。


 聡明であり、理性的だが人を信じすぎるきらいのあるアレクシア。

 謀多く、欲深で感情的だが好悪が激しく仕えるものに負担を強いるアリシア。


 政治実務や統率力においてはアレクシアが上回るが、宮廷政治や他者を陥れることに関してはアリシアが勝る。


 どちらが優れているかは文字通り一長一短と言えよう。


「私はあまり政策は得手ではないわ。それでも、シュリュズベリィが何を狙ってるかぐらいは分かるわ」


 政策決定において無知であるが為に政策内容の吟味ができず臣下の耳障りの良い言葉を重用した結果、ドゥルイト王国の中枢部は佞臣奸臣が跋扈した。


「シュリュズベリィはドゥルイト王家の庶流、今回の戦争によってアヴァロン王家の外戚という地位も得て盤石。ドゥルイト王家を復興させるのに障害はないわ」


 シュリュズベリィ朝ドゥルイト王国の完成。

 そうなると国家バランスに影響が出る。


「二、三代は良いとしてもその後を考えればアヴァロンとしてはドゥルイトを併合するべきね。元々国力で言えばドゥルイトのほうが有利よ」


 そうなったら、アヴァロンとドゥルイトでの逆転現象が起こりかねない。


「必要なのは覚悟だけ、そうでしょう?」


 アリシアは腹案はすでにあるだろうと囁く。


「徹底的にドゥルイトという国をこき下ろすしかない。何があっても、何をしようともアヴァロンは正義でありドゥルイトは悪であると大陸中に知らしめなければならないわ」


 カチャり、とカップをテーブルに置いた音が嫌に響いていた。


「アーサー・アヴァロン。貴方は、私たちを虐殺しなければならない……!」


 これが、僕が始めてしまった戦争のツケだった。


 ドゥルイトの中枢にいた貴族。佞臣もいれば忠臣と評価すべき人物もいるだろう。

 僕らは、そんな彼らを分け隔てなく処刑しなければならない。


「──委細、承知しました」


 動揺も、感情を荒立てることもなくオズマンド・バラスはごく当たり前のように死刑執行を受け入れた。


 僕は問う。恨みはないのかと、怒りはないのかと。


「俺は殺したんだ、殺されもするだろう。殿下、それが戦争というものです」


 そんなオズマンドの台詞にクスクスと笑う少女──正妃アリシアがいた。


「全くもって愚かね、ええかっこしくて、プライドが高い」

「貴族とは己の血筋と役目を背負って生まれてきた、日々を安寧に過ごす平民たちとは違うのだ。故に我ら貴族は矜持を持たねばならないのだ、女狐」

「プライドで腹は膨れないわよ」


 嘲笑するアリシアと侮蔑するオズマンド。

 確かに性格も真反対で策を弄するアリシアに対してオズマンドはよくも悪くも直情的で裏表のない武人である。


 利と欲によって王国の頂点に登りつめたアリシアと義と仁によって最期まで抗い続けたオズマンド。

 性格が合わず、互いに嫌ってはいても互いのその能力に対しては高く評価し合っていた。


「クリストファー殿下はご自身にも甘ければ見通しも甘いところがあられる。人の好き嫌いも激しい。業腹だが貴公のように対人折衝力の高く利に聡い視点があれば王子もそれなりに使い物になるとは思ったが、まさか王太子殿下がお亡くなりになられるとはな……」

「貴方は真っ先に排除したかったわ。権威と権力ではどうしようもできない脳筋バカ。貴方、私が私欲に走れば殺す気だったでしょう?」

「無論だ」


 そう言ってアリシアは深くため息をつく。


「わかっていたわ、国家に有能なのは貴方だってこと。でもね、私は小物なの、貴方の刃が私を斬らないという保証はなかった……。むしろ戦争に勝っていたら君側の奸を除くと言って歯向かいかねない……もっとも決断するのが遅すぎて敗戦処理にしかならなかったわ」


 人は誰しもが清廉には生きられない。

 アリシアはどこまで言っても常識的で普通の人間だった。

 だからこそ、生まれながらにして強者たるオズマンドを信じれなかった。否、信じていたからこそ自分が殺されることをよく理解していた。


 信頼関係などありはしない。互いに互いを有用な駒でありいずれ除く駒だと理解していただけの話だ。


 彼らほどの人材を御する才覚をクリストファーは持ち得ていなかったのだろう。結局のところ持て余した結果、駒たちが自由意志をもって動いてしまったのだ。


 そして互いに共通認識を持っていた。


「シュリュズベリィ家は国の癌だ」

「シュリュズベリィは邪魔よね、権威では王家が勝るけど権力と実力ではあちらが上……どうにかして潰す口実が欲しかったわ」


 シュリュズベリィ公爵家への危険視。


「アーサー殿下、伏して申し上げます。どうか、この地を戦火に晒さない決断をお頼み申す。そのためであれば、俺はいかようなこととていたしましょう」

「バラス卿。君は……」

「俺は政治はわかりません、一介の武辺者です。殺せと言うなら殺しましょう、死ねというのであれば無様に死にましょう。地位も名誉も尊厳もすべて差し出します。俺は臣民の安寧と当たり前の日々を守るために出来うることをいたしましょう」


 滅私にして、忠節を尽くすオズマンド・バラス。

 僕がこの男を好んだ理由はたった一つだった。


「俺はオズマンド・バラスなのだから」


 彼は、村を焼かなかったから。


 戦略的に考えれば、オズマンド・バラスは村を焼くべきだった。

 あの肥沃な土地とそこに住む人々を贄にすれば、アヴァロンとドゥルイトの両方に多大な負担をかけることが出来ただろう。


 よもすればドゥルイトを中心に混乱が起こりかねない。食糧問題は国家第一の危機である。

 その混乱をぬって、ドゥルイトの再興を成し遂げる選択肢もあったはずだ。


 でも、彼はそうしなかった。

 それは単なる国家に対する忠誠心ではない。


 彼は、臣民のために身を投げ出せる男だという証明他ならない。


「戦争が起きるのは、他者に対する無理解ゆえよ」


 アリシア妃は静かに語り出した。


「国が分かれ、国内の不満を逸らすために他国に不満をぶつけるしかなかった。おかしいわよね、悪人ばかりの国なんてあるはずないじゃないの……」


 アリシア妃はそういって笑った。

 それは今まで浮かべていた自嘲ではなく、憂いのない朗らかな笑みだった。


「ドゥルイト臣民にアヴァロン王国を信じさせるためには──今まで信じてきたドゥルイトという国を悪にすればいい」


 王妃という地位によって午睡の中にいた悪辣な知性が再び芽吹く。


「王太子殿下、私は欲深です。だからあなたにあげるものは何一つとしてない。この国の恨みも、憎しみも、悲劇も、苦痛も。すべて私が持っていきましょう」


 それは覚悟だった。


「私は欲深だから、貴方に何一つ残しはしない。死んだって渡すものですか……!」


 傾国の王妃アリシア・アップルトンはたいした女傑であった。


 彼女はその命を対価に国家のその後の混乱を最小限に収めた。


 たった二人なのだ。たった二人ささげたおかげで、アヴァロンは戦後の混乱もなく統治できている。


 すべての憎しみを二人の貴族に向け、アヴァロンは解放者としての立場を得る。

 ドゥルイト王国の再興なんて文字が一つも出ない様に、徹底的にこき下ろしつつ、いざという時にシュリュズベリィ公爵に対するカードにするためにクリストファーを処刑せずこちらの手中に収める。


 そこからあとは粘り強い統治だ。ドゥルイト貴族がドゥルイト貴族としてではなく、アヴァロンの貴族にするために、国家そのものが大きくなったゆえに、王都に大きな教育機関を作る様に進め、死んでしまったドゥルイト臣民の数を増やすためにアヴァロンの臣民を入植させて、血を交わらせた。


 十数年ではだめなのだ。

 この政策は、この策は僕が死んだ後も粘り強く続けていかなければならない。


 いずれ誰もがドゥルイトという国があったことを忘れ、アヴァロン王国のドゥルイト地方だと臣民が心の底から思わない限り、ずっと続いていく僕の戦争だ。


 ☆★☆★☆


「わかるだろう、アレクシア。だから余は宰相の言うことは飲めない」


 アレクシアは、口を噤んだ。


 それもそうだろう。彼女にとっては遠い過去で、目を瞑った過去だ。

 今さら、ほじくり返したところで、じゃあなんであの時見てくれなかったと言われるのがオチだろう。


 彼女は恥を知る人間だから、わかっているからこそ、口を噤むと思った。

 我ながら、随分と人でなしの考えに染まったものだと思う。


「余らが生きている限り……あの戦争を知るものがいる限り、このことはずっと隠さなきゃならない」


 今、僕らがこのことを真実として公表したらどうなる?

 きっと酷い混乱が起こるだろう。むしろドゥルイト系の臣民たちはオズマンドを新たな精神的な支柱にしかねない。

 民族主義という彼が防ぎたかった民衆の暴発が彼の願いを無に帰してしまう。

 だから彼の功績を隠す。徹底的に隠し、偽りの噂を流し、元囚人という立場の兵士の言うことなどいくらでも封じれる。


「それでは、彼らの献身も、想いもすべてをなかったことにしてしまうのですか?」

「……そうだ」

「陛下……っ!」

「そうしなければ、ならない!! 余は……僕は王だ!! この国を統べる国王なんだ。臣民の安寧を願い、あるべき当たり前の平穏を守る責任と、義務がある!! そのためなら何でもやろう!! 敵国を混乱させ、経済的に搾取し、あるいは戦争を起こしてでも多くの臣民を守る!! そうでなけれなならないっ!! そうでなければ……ッ!!」


 そうしなければならないのだ。だって、そうだろう……?


「……そうでなければ、僕はバラス卿とアリシア妃に合わせる顔がない」


 命を賭けて約束したのだから。

 この国の、アヴァロンだけではない、ドゥルイト含めてのこの王国の平和を必ず守ると決断した。


「彼は、きっと止まらない、止まれよう筈がない。余があの神聖な約束を守る様に、ゲイル卿もオズマンド・バラスの尊厳を何としても取り戻そうとするだろう」


 あれは、あの言葉はこの国に対する宣戦布告だった。

 きっとゲイルも理解したうえで発言したのだ。


 この国を豊かにし、飢えをなくし、臣民たちの教養をあげようと必死になって働き続けた理由は一つ。

 そうすれば、臣民は暴発することなく、この国の真実を受け止めてくれるように。そう願ったからだろう。


「余は宰相ほど、臣民を信じていない。わかるだろうアレクシア、人間は弱いんだ。彼らはゲイルのように勤勉でもなければ、アリシア妃のように計算高いわけでもない。ただの人なんだ……」


 欲が深く、平穏の日々の中にいてもろくな世のなかじゃないと酒場でくだをまく。そんな人間が大半なのだ。


「誰もが、オズマンド・バラスにはなれない……」


 誰もが強くなれるわけではない。

 太陽に焦がれたところで、蝋の翼が溶けてしまうように。

 決して届かないものがあるのだ。


「だから、僕は今日……宰相を殺したよ」


 その言葉に、アレクシアは目を見開く。


「陛下、今……なんと」


 アレクシアは聡明な女性だ。

 だから気づいてしまうだろう。


「まさか……あのワインは」

「……そうだ」


 ワインにはヒ素を混入させていた。

 宰相も察していたのだろう。アレクシアに自身のすべてを託したのがその証拠だ。


「だから、もう終わりだ。この話はおしまいなんだ」

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悪役令嬢ざまぁモノの脳筋枠が本当に脳筋すぎた例 望月もちもち @hatakeyamasyousaku

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