お願い、もう自分を殺さないで

嶋田覚蔵

第1話 我慢することだけ上手になって

 あなたには「我慢」することばかり押し付けてゴメンナサイ。長男だから、男なんだから、お兄さんなんだから、我慢しなさい、もっと我慢しなさい。

 3人も子供がいて私はいつもギリギリであなたはきっと辛いことだったでしょう。私はそれを知っていた。ちゃんと感じていた。それでもあなたに優しくなれなかった。心に余裕がなかったから。もちろんそれもあるけれど、私はあなたに甘えてた。もしかしたら、八つ当たりしてたのかもしれない。ゴメンネ。

 いつもあなたは私に「我慢しなさい」と言われると、唇をかんでうつむいて、その後はじっと自分を押し殺していましたね。知っていたのに、知らんぷりしていいゴメンナサイ。

 ホントは大学行きたかったのに、妹と弟がいたから我慢して、近所の町工場に就職してくれたんだよね。成績が良かったんだから、きっといい大学に入れたのにね。

 あれはあなた30歳の頃だった。お酒を飲み過ぎた晩がありましたね。あなたは悔しそうに、「俺が高卒なばっかりに、大卒の後輩に先に昇進された」ってつぶやいていましたね。

「仕事は俺の方ができるんだ。小さな会社の癖して、『学閥』ってなんだ」

 私は心がえぐられる思いでした。それでもあなたを無視してしまいました。ゴメンナサイ。だって私にはどうしようもないことだったから、あなたから逃げることしかできなかった。

 思えばあなたは苦労ばかり。いわゆる「氷河期世代」だったあなたは、苦労の連続。会社ではいつも、コストカットとかリストラとかそんな話ばかり。人は雇えないけど、仕事の量はこなしたいから、あなたはいつもサービス残業。辛かったんだよね。でも、いつもあなたは我慢していた。わたしはそれをただ見ているばかり。

 口数が少ない、よく働くお嫁さんと結婚して、子供がふたりできて、ふたりの教育費に滅茶苦茶お金がかかって。それでも文句ひとつ言わずに頑張っていましたね。そういえば、わたしはあなたが遊んでいるのを見たことがありません。せいぜいお酒を飲んでテレビを見てと、それくらい。まるで働くために生まれたロボットみたいでした。

 あなたはそれで幸せでしたか、生まれてきてよかったと思っていましたか。もしかしたら、我慢の連続過ぎて、自分が嫌いになっていませんでしたか、人生を呪っていませんでしたか。わたしが我慢することばかり教えてきたから、そんなことになったのです。本当にゴメンナサイ。

 最近テレビで「トー横キッズ」のことが話題になっていました。きっと彼らや彼女たちも我慢ばかり教え込まれて、自分が嫌になっちゃった子供たちなのだろうと思います。

 彼らに人生の楽しさすばらしさ、自分という存在の尊さをもっと教えてあげられなかったのかと思います。私は人にものが言える立場ではないけれど。

 そういえば最近あなたは怒っていましたね。小泉進次郎という政治家に対してです。彼が「労働者の流動性」を高めるとか言って、要は会社が50歳くらいのくたびれた社員たちを簡単に解雇できるようにする制度を提案した時のことです。

 あなたは、「こんな一生政治家でメシが喰える男になにが分かる。俺たちが今までどれだけ苦労して会社に貢献してきたか、そのために身体がボロボロになったら、会社の役に立たないから首にできるようにする。俺たちをゴミ扱いしやがって」と、言っていました。

 結局、小泉の主張は世間の反発をかって通りませんでしたけれど、ホントに酷い話だと私も思いました。

 そしてあの日が来たのです。23歳の若手のサラリーマンと、30歳の女性社員さん。そしてあなたの3人が、出勤途中に歩道を歩いていたら、暴走した乗用車にはねられたのです。

 あなたは駆けつけた救急隊の方たちに何度も何度も、

「自分は後回しでいいから、ほかの人たちを先に診てあげてください」

 そう言っていたそうです。なんでそんな時でさえ、あなたは我慢していたのですか、そんな時くらい自分優先でよかったんじゃないですか。もしかしたら、人生が嫌になっていて、「もう、いいや」と思っていたのでしょうか。

 私は母としてあなたに生きていて欲しかった。

 今こうやって、あなたの墓前に手を合わせ、あなたに話しかけても、私の後悔は消えません。もしかしたらあなたの温もりが感じられるかもと思って、墓石を撫でてみるのだけれど、ただ石は冷たいばかりです。

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お願い、もう自分を殺さないで 嶋田覚蔵 @pukutarou

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