座敷荒子
酒井 吉廣(よしひろ)
生きて地を踏む
「今月までに家賃を払ってもらわないと、部屋を出てってもらうよ!」
セミがミンミン鳴いている8月上旬。村田 透は大家に問い詰められていた。
「いやー待ってくださいよー。お金が無くてですね・・・。」
「あんた、前もそう言って誤魔化そうとしたじゃないか!もう待てないよ!!」
蝉よりも大きな声が響き渡る。鳴いていた蝉もおとなしくなった。ご近所さんが、チラチラとこちらのほうを見ている。やめてくれよ・・・。俺はこんな屈辱、味わいたくないよ・・・。
「ちょっとどこ見てるんだい!全く最近の中年はッ!」
透はこう見えて、30代前半。いい年をした中年となっていた。(30代で中年というと多方面に怒られそうだが、ここでは中年と呼ぶ。)
金のあてはなく、パチンコと競馬に明け暮れていた。生活保護も打ち切られ、八方ふさがり・・・。唯一、親からの仕送りがある。雀の涙ほどだが、最低限の生活ができる。はずだった。前途の通り、ギャンブルに明け暮れて、金はほとんど残っていない。いつも、自販機の下に手を入れて漁る日々を過ごしていた。周りの目なんて気にしなかった。
仕事は転々としており、最後にやった仕事はケーキを作る仕事だった。しかも工場で。腰痛になり、すぐに辞めた。なので、今は無職だ。本当に何もない30代前半の男だ。これといった趣味もなく、パソコンでネットサーフィンしてるくらいだ。しかし、ネットの通信費も払えず、今月からパソコンも使えない。
なんの為に生きているんだろう・・・。少なからずそう思うのが普通だが、彼は違った。
「まー、しゃあない。飯にしよう。」
強靭な精神力が持ち味で、どんな苦境も乗り越えてきた。自堕落だが、決して悲観はしなかった。どんなに暑かろうが、扇風機も付けずに過ごし、どんなに寒かろうが、決してストーブを着けなかった。単に金がないだけだが・・・。
だが、現実は厳しい。家賃の滞納に加え、借金もしている。しかも、2、3社とサラ金に借りていて、それはブラックリストに載っているほど。そのため闇金に手を出している状態だ。毎日、ちょっと怖いお兄さんが家に訪ねて来ることもある。
「村田さーん!いるんだろぉ?さっさと開けねーか?」
ドンドンとドアを叩く音。それで彼は目覚める。目覚まし代わりだ。そして、窓から逃げて、どこかに出かけるのだ。
(あー、うるせ。近所迷惑だろーが。)
彼は逃げるように、窓からアパートを出た。
森に囲まれた家。今住んでいる家からとっても遠い山の中に大好きなおじいちゃんの家がある。僕は、おじいちゃんが大好きだ。いつも面白い話をしてくれるからだ。
ある日の夕方、おじいちゃんが僕に話をしてくれた。
「お前、座敷荒子(あらし)て知ってるか。」
「え?座敷童?」
「違う。座敷荒子。座敷童はその家を繁栄させるが、奴はその逆だ。その家を衰退させる・・・つまり貧乏になったり、嫌なことが起こったりすることだ。親父が、お前の曾爺ちゃんが子供のこと見たことあるって言っていたな。」
「ふーん、曾爺ちゃんはなんて言ってたの?」
「どうだったかな、忘れたな・・・。俺も小さい頃に聞いた話だから覚えてないけど、とにかくやっかいな霊なんだ。座敷童は子供の霊だが、座敷荒子もそうらしい。座敷童はおもちゃとかお供えするといいと聞くが、座敷荒子は除霊師に頼んで、追い出すんだよ。」
僕は、じっと下を向いた。
「・・・・なんか可愛そうだ。」
「あ?そんなわけないだろ。だって家が貧乏になっちまうんだ。俺なら嫌だね。曾爺ちゃんに感謝だな。」
買って与えられたおもちゃに囲まれて、孫は寂しそうだった。
「おいおい、そんな顔するなよ。こんどベイなんとか、ベーゴマに似たアレ!アレを買って来てやるから。」
「僕は座敷童じゃない」
夏の夕暮れ。ひぐらしが鳴いていた。どこか寂しそうに・・・。
丸メガネのノビこと、野茂 洋介が部屋を訪ねてきた。
「おーノビ!ちょうどよかった。ビールあるけど飲む?」
透が嬉しそうに、冷蔵庫からビールを取り出した。
「ありがとう。でも、今日車で来てるからいいよ。それより・・・。」
「それより?」
「就職先見つかった?まだなら、さっきハロワによって、色々と合いそうな仕事をいくつか持ってきたんだけど。」
「んだよ、職安の人間か?お前。ビール飲まないなら、帰れ。」
透はキンキンに冷やしたビールをしまった。
「透、今そんなこと言ってる場合じゃないだろ?なんでも仕事して、食わないと。大きくなれないぞ?」
「俺はもう30代だ。」
「冗談だよ。本当に、やばいんだろ?光熱費もギリギリだし、家賃も滞納してるんだろ?どうするんだ?今後の生活。」
「海賊王でも不動産王にでもなって払ってやるさ。」
「お前なぁ・・・。」
透は少し酔っている様子だった。
すると、こんな状況の透に、ノビは相談をし始めた。
「まあいいや。それよりさ、透。生きてるってなんだと思う?」
「えっ?!何?突然・・・。怖ッ!?」
ノビは精神科医をやっている。そのような職業をしていると、心が辛い人が頼ってくることが多いのだ。明日にも人を殺しそうな人から、突然泣き崩れる人。嫌というほど、心が苦しい人を観てきた。ノビもその影響をもろに受けて、最近ぐっすりと寝れていないと話した。
「そういや、顔が疲れてるもんな。大変だな。」
「働くのも大変、暇も大変。嫌な時代だよ。」
透はそんなことないよと言わんばかりに、
「別に辛くねぇけどなぁ・・・、俺。」
といった。ノビは口を開けて驚いた。
「そっか・・・。こういう仕事してるとさ、死にてぇだのもう駄目だだの、皆言うんだ。口をそろえて。別に悪くはない。でも、こっちは疲れるんだよね。あなたは、僕の治療で救われていますか?って聞いてみたいよ・・・。」
「ちゃんと寝たほうがいいぞ。なんならちょっと寝るか?」
「えぇ?透の家きたねーもん。車で寝たほうが遥にマシだよ。」
失礼だな。掃除くらいしてるわ!思わず言いそうになったが、言われてみればものすごく汚かった。飲みかけのビールの缶やクシャクシャのティッシュ。弁当の空き容器にどこの店の割引チケットか忘れた紙が、夜の繁華街みたいに汚く散らかっていた。
ノビはよろよろと部屋を出て行った。
「おい!求人票持って帰れよッ!要らねーよ、こんなの!」
「バカ、忙しい中、わざわざハロワに行って持ってきたんだぞ。意味もなく通う身にもなれよ。あと、部屋片付けといてよ。」
バタンッ!
ノビが出て行った。カツカツと靴音が小さくなっていく。そして、1階で車のドアが開く音がした。あぁ、本当に車で来たんだな・・・・。透は、同い年でこんなに違うのかと、改めて実感した。寝る間もなく忙しいノビと自分、どこでそうなったんだろう。とりあえず、机の上の空き缶などを掃除した。
別に生きることに悲観はしたことない。ノビみたいに弱くはない。ただ、周りと自分。それを比べてしまうことは多々あった。なんだろうな、この気持ち。劣等感という奴だろうか・・・。まっいっか。深くは考えない。とりあえず透は、気分転換にラジオをつけた。ちょうど、『かつて天才だった俺たちへ』がかかっていた。何気なく口ずさみながら掃除を始める。
「うるせぇーぞ!静かにしろッ!」
となりのおじさんに怒られ、歌うのを止めた。はぁ、やる気が一気に落ちた。掃除も人生もやることが中途半端だ。このまま、どうなるんだろうか。漠然とした不安が襲ってきた。が、すぐに眠気がきて、昼寝をした。
夕暮れ。ムクリと起きた。中途半端に掃除した部屋の隅をボーッと眺めていた。狭い6畳の部屋。酒臭く、嫌な空気に包まれた部屋。透は堪らず窓を開けた。夕焼けがビルの間から見えていた。
(実家は頼れないし、どうしたものか・・・。ホームレスになるか?何てな・・・。)なんて呟いていたら、ふと部屋の隅を見た。なんと隅にけん玉が落ちていた。
(あれ?こんなの持ってたっけ?)
それを手に取ると、しばらくけん玉を見つめていた。
おじいちゃんが亡くなった。とても悲しかった。お葬式には山奥の家だけど、いっぱい知らない人がきた。
「この度は・・・・・。」
何人かお父さんやお母さんに何かを話していた。でも、思ったのが、おじいちゃんはすごい人だと改めて知った。
「いっぱいきて疲れたねぇ。向こうで休んできなさい。」
お母さんが声をかけてくれた。確かに体が疲れた。
おじいちゃんのことでいっぱい泣いたからだ。せめて、おじいちゃんの部屋で休もうと思い、2階に上がった。部屋の扉をㇲーと開けると、知らない女の子が立っていた。え?!誰?もしかして、座敷童!?とてもパニックになった。お母さんを呼ぼう!
でも、僕はすぐ落ち着いた。そんな訳ないか。きっと僕の知らない親戚の子だろう。お葬式がつまらなくてここに来たんだろうと思った。
「お葬式楽しくないの?」
おかっぱの女の子が誰なのか気になって、声をかけた。
「お前、私が見えるのか?ここの家の人間か?久しぶりだ。この家で私を見えるのは久しぶりだ。」
女の子は、なんだか子供っぽくない話し方をした。
「君だーれ?」
「誰?聞きたいか?死んだボウズ、つまりおまえのじいさんから聞いたことはないか?座敷荒子だよ。」
(じいさんが言っていた。もしかしたら、お前は不幸な人生を送るんじゃないかと。なんてことを孫に言うんだ。あのジジイ。しかし、予言は見事に的中した。ロクな人生じゃなかった。居酒屋のバイトでは理不尽に苛められるし、倉庫業に就職したときはパワハラで辞めた。そして、あちこち転々として、無職に落ち着いた。一時期ホストもやったっけ、キモいだのノリが悪いだのいうブスどもの相手や、大してかっこ良くないNo.1から説教も受けたな。あーあ、鬱陶しい。)
出きることなら、こんな生活から逃げたいと思っていた透。珍しく、落ち込んでいた。
(あーあ、チャップリンみたいに人を笑わす芸人とかやりたかったなー。)
片手には、ボロボロのけん玉が握られていた。
「生きてるのが辛いのか?透よ」
「んー。別に。」
透は気だるそうに返事をした。
「・・・ん?」
「あほ、呆けとる場合か。きちんと我の姿をみよ。」
すると、窓から差し込む夕日に照らされた女の子が立っていた。女の子はおかっぱに赤い着物を着ていた。その着物は、薄汚れており、今の時代とは不釣り合いの格好だった。
「あ、レイちゃん。久しぶり。」
「いや、同郷の友達に久しぶりにあったようなリアクション取るなよ。」
「リアクションて言葉よく知ってるな。」
「それは色々と勉強したの・・・ッて!そんなのどうでもいいッ!もっと驚けッ!ビビれッ!怯えろッ!!」
レイと呼ばれるその存在は、透の態度が気に入らないようで、とても怒っていた。あまりにビビらないので、面白くなかったようだ。
「普通さー、もっと驚くだろ?お前はどうしてそうなんだ?」
レイは呆れた様子だった。
「だって、お前だろうなって思ってたんだよ。このけん玉、俺のだし。」
「だけど、もっとリアクションとかあるでしょ?えッ?なんだこれ・・・。とかさ。なんで昔っからそんな人間なんだよ・・・。」
レイは不満を漏らしていた。
座敷童。家に住む神と言われ、いたずらを家人にし、見たものは幸福が訪れると言われている。一方、座敷荒子は真逆だ。見たものには不幸が訪れると言われている。地域によっては、荒神様ともいわれている。透の田舎では、除霊師を呼んで、除霊するのが一般的だ。そうしなければ、家に不幸が訪れるのだ。一番厄介なのはイタズラ。しかもタチが悪い。家にいるものが怪我したり、病気になったり、最悪死ぬこともある。レイも座敷荒子の一人だが、この家では、曾祖父が子供の頃にしか見たことないと言われていた。
曾祖父は、結婚し子供が出来たが、若くして亡くなった。そして、ひ孫の透が、幼少期見えることがわかった。父や母に話しても、誰も信じなかった。唯一、祖父だけが、そのことを信じたが、おまえ好かれたんだよ、運が悪いヤツだ。とバカにされたことを、透は覚えている。
「なんで今もいるんだよ。」
透はレイに話しかけた。
「ふん、決まっておろう。我は荒神。この100年で溜まりに溜まった怨念を人間どもに与えてやろうと思うてな。」
「そんな、溜まった貯金を散財する感覚で人を呪うの?」
「あほ!当たり前じゃ!やっと力が戻ったんじゃ。手始めにお前から呪い殺してやろうか?」
「力が戻ったってあほらし、魔王かよ。」
レイの発言に興味がない透。友達と話すように、レイと会話している。「見るがいい!」というと、透の足元に飲みかけのビールが入った缶がこぼれた。
「アッ!何すんだ!」
ビショビショになったズボン。酒の匂いが部屋に充満していった。
「ヒッヒッヒー、ほぉれ見たか!アッハッハッハー・・・はぁ。」
なにやってんだ私、みたいな表情になったレイ。どうも思った呪いの力がでてないようだった。
「お前、昔からしょうもないイタズラしか出来ないのに、何が怨念だよ。無理だろ?座敷荒子なんだから。」
「・・・・・。」
レイは黙った。
「なんだ、お前。変なの。」
「ずいぶんと口が悪いガキじゃな。前の小僧は怯えてたもんだというのに。」
背丈も同じくらいの女の子に、僕は変だと言った。だって着物なんかきてるんだ。おかっぱ頭で、少し暗い顔をしていた。でも、話し方はなんだか、生意気だ。
「小僧。余が見えるのか?なのに怖くはないのか?」
「なんだい、怖いって。お化けじゃあるまいし。」
「その、お化けっていったらどうする?」
なんだこいつ。変なの。もっとお化けなら怖いはずさ。頭が取れたり、首が伸びたり、半透明だったり・・・。半透明?そういえばこの子、半透明だ!
「うわぁッ!?お化けッ!!」
僕の声にお母さんが駆けつけてきた。
「どうしたのッ!?」
「お化けがッ女の子が・・・。」
その子はお母さんの目の前にいる。だけど、お母さんは見えていない様子だった。
「ゆっくり休みなさい。」
そう言って1階に降りた。
「ヒッヒッヒッー、大人になんか見えるもんか。お前だけしか見えていないよ。」
そう言われた。段々怖くなってきた。あれ?もしかして、お化けが見えるならじいちゃんも見えるんじゃ・・・。
「じいちゃん!」僕は叫んだ。
「あのボウズは死んだんだ。魂は天へと昇っていったよ。」
そんな・・・・。じいちゃん。僕は急にさみしくなった。実は近くにいて、僕を見守ってくれてると思っていたから。
あの日、じいちゃんは苦しんでいた。お父さんたちや、お医者さんもみんな大慌てで声をかけていた。すぐに病院に・・・。しかし、父がここがいいと・・・。そんなこと言ってる場合ですか・・・。大人たちは、ワーワーと言い合っていた。そんなことより、じいちゃんを助けてよ・・・。しばらくして、みんな静かになった。残念です・・・。そんな声が聞こえた。皆悲しくて泣いてました。僕も泣いてました。
「そんなことより、お前。小僧・・・いやジジイから聞いてるだろ?私が見えたってことは不幸になるんだって・・・。」
「うん・・・。」
「なら、話が早い。お主はこれから不幸のどん底に落ちるんだ。アッハッハー!こいつは愉快だ!元々落ちぶれてた家に、さらに見える者が居るとは。出来た話よのぉ。」
なんだか、難しい話で解らなかった。どういうことなんだろう?
「・・・その顔、事の重大性を理解してないな。早く除霊でもしないと大変だぞー?まぁ、我はそんなものでは出ていかんがな。」
「どうして?あ、ここが森に囲われて、怖いんだ!」
バチンッ!
頭を叩かれた。
「馬鹿者!そんなわけなかろう!怖いものなんてあるものか。ここにいるのはなー・・・。」
頭を叩かれて痛かったけど、それと同時に眠くて仕方なかった。もうなんでもいいや・・・。
こぼれたビールを拭いた透は、レイを睨んだ。
「お前、仕事増やすなよな。」
「仕事って、お主何にもしてないではないか。」
マジか、無職だってことも知ってるのか。借金も知ってるんだろうか。透は少し顔がひきつった。
「安心せい。何でも知っとる。お前の借金取りの会社から、大家の浮気相手まで全部な。」
「マジで!?あのババア、そんなことしてんの!?スケベだな。」
レイはため息をついた。
「久しぶりに我を見たと思ったら、驚きもせず、誰かが浮気した話にテンション上げおって。もう少し大人の貫禄が出んもんかねぇ。」
「うるせぇ・・・。」ポツリと呟いた。
久しぶりに見たレイ。少し嬉しかった反面、何で?という疑問が生まれた。子供の時に見えるヤツは見えると、じいさんが言ってるのを思い出した。でも、もう30代だ。世間では、若者とオッサンの間の世代だ。筋力はあるが、体力が落ち、少し太った。油っこい料理は好きだが、体型を気にする。そんな大人になっていた。だから、見えるのが不思議で堪らなかった。
「あれは偶然か?あんなとこにけん玉落ちてるなんて。持ってきた記憶ないんだけど。」
「あぁ。昔、こっそり入れたんじゃ。」
「あのねぇ・・・。荷物になるし、ビビるだろ。辞めて。」
「ほほぉ。お主にもビビるって感情あるんじゃな。」
「あるわ!人をなんだと思ってるんだ!」
また隣から「うるせぇぞ!」と叫び声が聞こえた。
「あーあ、隣のひと、怒っちゃった。」
「あのねぇ。怒っちゃったじゃないんだよ。」
呆れる透。
「・・・のぉ透
「なに?デジャブ?」
「いや、ふと思っただけじゃ。気にするな。」
ノビと同じ空気を感じた。生きてることに疲れて、嫌になった的な。透はこの手の話が苦手だった。だが、なんだか放っておけなかった。
「・・・なぁ、何があったか分からないが、話してもいいんだぜ?」
「お前、なぜ座敷荒子て呼ばれてると思う?」
そういわれても・・・。透は困った。
「お前も知っておるじゃろ?座敷荒子。その始まりは我自身よくわかっておらぬ。ある話では、農夫の息子が童っぱをみかけた。その童っぱはよくイタズラをしてからかったりして遊んでたそうじゃ。そうして一緒に遊んでいるうちに、その子は童っぱを追って、段々森に迷い込む。そしていつの間にか帰る道も忘れ、自分がどこの家の人間だったかすら忘れる。そうこうしてると、一軒の家にたどり着く。家に入って助けを呼ぶも、誰も自分の事に気付いてくれない。そして家の隅で、うずくまって泣くんじゃ。するとその家の子が気付いて、一緒に遊んでたりする。そして、イタズラをしたりして一緒に遊び、森へ一緒に行こうと誘うんじゃ。地方によっては子捕り(ことり)なんて呼ばれておるな・・・。つまり、座敷荒子はそういう経緯があるんじゃ。だから、子供がいる田舎の家は、除霊師をたのみ、祈祷するんじゃ。」
「そうだったな。」
「座敷童は我も見たことある。とても大切にされているのをみた。そういう旅館もあるじゃろ?だが、座敷荒子は違う。厄介者扱いじゃ。昔、座敷童どもに笑われたのを覚えとる・・・。あの目、あの笑み。今でも考えるだけで、震える。まあ、そういう存在なんだけど・・・。」
徹は黙って話を聞いた。
「その話と、俺が今見えてるのって関係ある?」
ダンッ
レイは大きく机を叩きつけた。
「ある!大いにある!お前!我に生きるというものを教えろ!」
「は?」
「レイちゃん、ジュースもって来た。」
僕はレイちゃんと呼ぶことにした座敷荒子と仲良くなった。レイちゃんは和服と呼ばれる服を着ていた。色んな事があって、今は一番大切な友達になった。
「・・・。お前、ずいぶん肝っ玉が大きいんだな。普通もっと怯えるだろ。」
「なんで?だって、楽しいもん!レイちゃん花瓶割ったり出来るからすごいよ!」
「あほ!もっとビビれッ!大人のほうがビビってたではないか!」
僕はこの田舎に友達がいなかった。もちろん都会に戻ればいる。ノビくんとか。でも、今は独りぼっちだ。レイちゃんはとても不思議な力を持っていた。じいちゃんが、これは価値があると言っていたお皿を何もしないで、割ったのだ。その時は、すごくお父さんに叱られたが、レイちゃんはすごいと思った。
夏休みが青くキラキラと眩しいものになった。どこに行くにも、レイちゃんを連れて行った。川にも行った。じいちゃんの裏山にも行った。とにかく楽しくて仕方なかった。
「透ー。花火するー?」
「うん!レイちゃんとするー!」
こう言うと、大人たちはザワザワする。「誰だ・・・?」「さぁ・・・聞いたこともない・・・。」なんだか、みんな心配している。どうしてかは、わからなかった。
「当たり前じゃ。お前の妄想の友達なんじゃから。」
レイちゃんはそういった。
「どういうこと?」
「あまり、大人を心配させるなと言う意味じゃ。我はお前にしか見えぬ。」
何だか納得がいかなかった。なんで心配するんだろう。妄想じゃなくて、本当にいるのに・・・。
レイちゃんが来てから世界が変わった気がした。僕は段々とレイちゃんに惹かれていった。いつも彼女のことを思っていた。こんな気持ち初めてだ。ずっと居たい。一緒に。
「ねぇ、レイちゃん。レイちゃんって座敷荒子なんでしょ。もっとすごいの?」
まあなっと鼻が高くなったレイちゃん。
「だったら、あの森に連れて行ってよ!綺麗な川の向こう側ッ!いっぱい鹿がいたんだ!もっと見たいんだ!」
「はぁ・・・お主。」
何言っているんだと言う風にレイちゃんは見てた。だけど、僕は引き下がらなかった。
「わかってる、自分がとんでもない事を言っていることを・・・。」
「分かっていないようじゃの。ジジイから聞いてないのか?我がどんな存在か・・・。」
「知ってるよ!でも、見たいんだ!お願いッ!!一緒に遠くへ・・・。」
そういうと、レイちゃんは突然大きな声を出した。
「愚か者ッ!大好きなジジイの言うことをなぜ聞けんッ!!なぜ座敷荒子が危険なのか知らぬはず無かろうッ!!それでも、着いてきたいかッ!?」
僕はビックリした。そして大声で泣いた。
「ふん。」
そういってレイちゃんは、泣き崩れている横を通り、森へと消えていった。それ以降、レイちゃんが現れることはなかった。
生きる。ということを考えたことなかった。なんとなく腹が減ったらご飯を食うし、眠かったら寝るしそんな犬でもわかることが、生きていると思っていた。だから、特別悩まなかったし、考えもしなかった。ノビが来てから、そういうのを意識するようになった。今後の自分。死ぬときどうなっているのか、きちんと死ねるのか・・・。でも、すぐ寝て忘れてしまう。これが自分の性格だったので、悩んでいる人の気持ちが分からなかった。
そんな自分に生きるとは何か?しかも座敷荒子という得体の知れないものが、相談を持ちかけて来た。
「私に生きるということを教えろ。」
「いや、嫌なんだけど・・・」
即答で答えた。
「何故じゃ?」
「当たり前だろ。そんな気味の悪い奴から、いきなりそんな依頼される身にもなってみろ。」
迷惑な話だ。ただでさえ、いい生活していないのに、冗談じゃない。どいつもこいつも恵まれているのに、すぐに死にたいとか言う・・・。腹が立つ。透はそういう人間が大嫌いになっていた。ましてや、小さい頃に裏切られた幽霊に再会したと思ったら、生きるとは何だ?とノビと同じ質問をしてきた。はぁ・・・・。何だってんだ、今日は。
透はいつの間にかなんでも相談員になっていたのにイラつきをも覚えた。自分には、全くできないことだ。むしろ自分を助けて欲しいもんだと思っていた。
「聞いているのか?透ー?というかせっかくの再会もそっけないのぉ・・・。昔は、行かないでー!って泣いてたのにのぉ・・・。」
「なッ!昔のこと思い出させるなよッ!恥ずいだろっ!」
なんていじりもあり、雰囲気もまずまずな状況になってきた。
「で?色々聞きたいことあんだけど、1番大事な、なんで生きるってことを知りたいの?」
透が、質問をした。
「何でじゃろーな。」
「おい。」
「冗談じゃ。うーん。我は今、座敷荒子として活躍しとる。」
「アイドルか。」
「ときどき思うんじゃ。連れ去った子は座敷荒子になる。では、我はどうなる?消えるのか?そうなると、なんの為に存在しとるんじゃろと思うんじゃ。」
レイは淡々と語る。そんな姿を、どこか寂しそうに見る透であった。
「それで、我はあの家を飛び出して旅に出たんじゃ。生きるとは何か。存在理由も含めてな・・・。」
「旅の果てに俺の家に上がりこんできたと・・・。」
「そうじゃ。大変じゃったんじゃぞ?大人になったお主を探すのなんて、どんだけ時間かかったか。」
とても疲れたぞと言わんばかりのレイ。そんなこと言われても、こっちはお前のことすら忘れてたわと言いたくなった透だが、そこはグッとこらえて我慢した。
「うーん、どうしたらいいもんか。俺が答え出せると思うのか?なんでそう思ったの?」
「なんとなく。」
「お前なぁ・・・。」
真剣に考えてるのかわからないレイに、透は困り果てた。どうしてこんな目に合わなきゃならないのだろうか?
その時、ドンドンッ!!とドアが叩かれた。
「おい、村田ッ!!今日こそ耳そろえて借金返して貰うぞッ!!」
レイはその音にあきれた。
「うるさいのぉ・・・。よくお前、平気じゃの。普通ガタガタ震えてるもんじゃぞ。取り立てってものは。」
「もう慣れたよ。」
アパートに怒号が飛び交う。
「さて、どうする?」
「どうするって?」
「いや、この状況どうするって言ってるんじゃ!うるさくて相談どころじゃないじゃろッ!」
「しゃあない、策がある。」
「お義父さんの家どうする?」
「ほっとくしかないだろ。帰る意味もないし・・・。」
お父さんとお母さんが何か話していた。おじいちゃんの家をどうするかということみたいだ。
ぼくは、小さいながら、それがいいと思った。だって、レイちゃんがもしかしたら、帰ってくるかもしれないから。でも、一つ困ったことがあった。もう、あの家には行かないということだ。じいちゃんは僕が生まれた時から、一人であの家に住んでいた。ばあちゃんは、僕が生まれる前に死んじゃったらしい。帰りたい。でも、お父さんたちは別に変える必要ないと考えている。
「ねぇ、じいちゃんの家、僕が大きくなったら住んでいい?」
「なッ!?お前、まだ起きてたのか?!」
「透。この話は大人の話なの。あなたは関係ないのよ。だから、回れ右して、ベッドに行きなさい。」
「でもッ・・・!」
「早く寝なさいッ!」
お父さんに怒られた。僕だって、会話に入りたかったのに・・・。ぼくは、ベッドに潜った。あぁ、早く大人になりたいな。でも、大人になったら、レイちゃんと会えるんだろうか・・・。僕は泣いて、寝付けなかった。
天井の一部が、開閉するようになっている。これは、透が引っ越したときに、なにもすることもないから、ボーッと天井を見つめていた時に、偶然発見した。
(何だ?なんかズレてるな・・・。)
そう思い、脚立がなかったので、押し入れに足を掛けて上へ上がった。すると、天井裏に出られた。天井裏はアパートの各部屋と繋がっており、隣の部屋に侵入も可能だった。
(・・・もしかしたら、使えるかもしれない。)
そう思い、大家には何も伝えなかった。取り立てががっちりマークしてる今、安易に二階の窓から出られない。最終手段として天井裏に行き、屋根の一部を取って屋根に登り、あとは家づたいで屋根を歩き、外に出る方法があると透は言った。
「何だよ・・・。」
「お主、知らぬまにとんでもない大人になったのぉ。」
レイは呆れていた。
かくして、部屋から脱出する事となった。天井板を外し、天井裏へ。そのまま屋根を外し、外へ出た。さんさんと太陽が照りつけていた。
「暑・・・。」
「お前、猫より凄いな。」
感心しているレイをよそに、トトトっと屋根を歩く透。屋根から屋根へ飛び移り、アパートから脱出できた。
「よしっ、ここまでならもう大丈夫だろう。」
「お主、いつか逮捕されるぞ。」
「心配すんなって、もう二度とヘマはしないさ。」
「捕まったんかいッ!!」
さて、どうしようか。透は考え込んだ。
「まずはさ、生きるって何なのか。その言葉の意味をしろう。」という一言で、いつも涼みに行ってる図書館に向かった。自転車ならすぐだが、アパートに自転車がある。取り立てがマークしていて、取りにいけなかった。だから、歩いて行くことにした。炎天下、殺人的な暑さに、脳がやられそうだと呟く透。
「大変じゃなー。人間は。」
「え?レイちゃん暑くないの?」
「当たり前じゃ。お前ら人間と同じにするでない。妖とはそういうものじや。」
「ふーん。いいなー。俺も幽霊や妖とやらになりたーい!」
透は大声で叫んだ。
「何あのおっさん。怖〜。」
「あいつなんだ?気持ち悪りぃ。」
「いやぁねー。一人で叫んでるなんて。」
周りの人間のヒソヒソ話が聞こえてきた。
「・・・お前、メンタルとやらが強いのぉ。」
「え?レイちゃん、褒めてんの?」
「我が友達なら、絶対に絶縁するな。ノビという男はすごいのぉ・・・。」
哀れな目で見るレイ。そんなことは一切気にしない透であった。
アパートから15分。図書館に着いた。比較的大きな建物で、地下2階から3階まである建物だ。まずは、辞典のコーナーを見た。辞書によると、「人間、あるいは動物などが、生命があり活動できる状態にある。対義語、死ぬ。」と記載されていた。
「当たり前じゃろ。」
「ですよね。」
続いて、人文コーナーを見た。特に、人生訓やスピリチュアルな本が多く並んでいた。「人生楽に生きる方法」「死んじゃダメな理由」「生きてなんぼ」ためになりそうな本が多くあった。
「ここならヒントあるんじゃない?」
「うーん、なんか違うんじゃ・・・。」
「どうして?」
「言い表せないんじゃが、なぜ生きてるのかが知りたいんじゃ。死んじゃダメとかじゃないんじゃよ。」
「難しいなー、やっぱり。」
「あのー、すいません。お静かに・・・。」
どうやら、独り言が大きく聞こえたようで、皆に迷惑かけていた。
「まぁ、そうなるわな・・・。」
図書館では、お静かに。
それはさておき、図書館ではめぼしい情報は手に入らないようだ。帰ろうとした時、特設コーナーに目をやった。100歳のおばあちゃんが書いたエッセイ本だ。パラパラと見てみることにした。明るく過ごすことや、楽しかったという気持ちを持つこと。マイナスをプラスに。という内容が書いてあった。
「ほーん、なるほど・・・。」
「何か分かったのか?」
レイは、詰め寄った。
「いや、まあ・・・。」
「なんじゃ!?なんと書いてあった?!」
「待ってくれ、まだ確認したいんだ。」
透は急かすレイを落ち着かせ、考え込んだ。そして、何か思いついた。
「お寺だ。お寺で聞いてみよう。」
レイは一人ぼっちになった。いや、自ら一人になったと言ってもいい。
「小僧の子供も死に、奴のひ孫も突き放した我は何をやってるんじゃろーな・・・。」
透を叱責し、二度と目の前に現れまいと誓い、一切家に近づかなかった。
(奴は傷ついただろうか・・・。)
そんなことを考えた。何をやっているんだろうか。座敷荒子は忌み嫌われる存在だ。そんな妖は、人を拐うことで有名だ。だから除霊などをされる。だから、自分の存在は、居てはいけない存在だ。何の意味があるのだろうか。生きてることに。
小僧、つまり、透の曽祖父にあたる人物。名は徳次郎。とても臆病であった。
「おい、小僧。我が見えるか?」
「ひぃ!?だッ誰?!」
「そこまで怯えなくともよい。」
「おかぁ・・・。」
「蚊が鳴くような声じゃの。」
からかいのある子供だ、とレイは思った。
「心配せんでええ。取って喰うわけではない。まあ、幽霊や妖の類いではあるが。」
「そ、そうなの・・・?」
徳次郎はまだ怖いが、怖さに徐々に慣れていった。
徳次郎は、この村田家の一人息子として生まれた。可愛がられることもなく、厳しく育てられた。それが裏目に出たか分からないが、臆病な性格に育っていった。友達も出来ず、いつもひとりぼっちだった。座敷荒子の噂は聞いていた。友達からばかにされたときに、
「お前なんか、子捕りに喰われちまえ!」
といつも言われていた。実際に、この子が座敷荒子とは分からないが、とても怖いと思った。しかし、話しかけてくれて嬉しくもあった。初めての友達だったからだ。
「嬉しい・・・。話しかけてくれた人なんて今までいなかったから・・・・。」
「馬鹿者。あまり寂しいこと言うでない。こっちまで辛気臭くなってしまうだろ。」
こうして、徳次郎と仲良くなった。本来なら、森へ誘うべき存在と仲良くなってしまった。こんなことあってはならない。しかし、徳次郎は、かつて自分が人間だったころ、好きだった兄に似ていた。おにいちゃん・・・。
そんな徳次郎だったが、大人になってすっかり変わってしまった。それはお見合い結婚してからだった。徳次郎は見えなくなった訳ではない。大人になっても、レイのことは見えていた。問題は嫁の方だった。ある日、レイの話をした。徳次郎の嫁、梅は幽霊や妖を信じ、そういう類が大嫌いだった。昔、河童に足を取られそうになったと言う。
「お前さん!もし息子たちに座敷荒子の話をするときは、きちんと危ない奴だと言ってくださいな。」
分かったと徳次郎は承諾した。以降、徳次郎はレイを無視し、子供には危険な存在がこの家にいると伝えていた。
「・・・なんじゃ。つまらん。」
所詮は人の子。そう思ったレイは、いつかこの家の子供を拐おうと何年も何年も待った。気が遠くなるほど・・・。
あれから百十数年たった。一人ぼっちは退屈だった。徳次郎のひ孫の顔が見たくなった。果たして会えるだろうか・・・。自分から二度と近づくなと言っておきながら、会いたいなんて、虫が良すぎるか?と思った。どちらにせよ、透がどこに居るか分からない。当てずっぽうの旅になるだろう。
まずは、やつの実家を探そう。そして、生きるとは何なのかを知りたくなったレイは、透に会うことで、何かわかるかもしれない、そう思った。レイは何百年も居着いた家を離れた。
善願寺。それは町の小さなお寺だが、住職さんがゲートキーパーをしていることで、割と有名なお寺だ。図書館から10分。炎天下なのでとても遠く感じた。
「溶けるー。」
「あほ。溶けるか。」
「いや、もう溶けてるね。見て、絶対縮んだから。172cmからー1cm縮んだね、これ。」
「馬鹿なこと言ってないで、早く歩く。」
レイは、早く歩けとハッパをかけた。
善願寺の目印は、大きな楠木があることだ。だから楠さんと言われたりする。
「ノビも楠さんに連れて来ればよかった。」
「まぁ、お主は別に困ってる訳じゃないしな。」
善願寺の扉は閉まっていた。インターフォンを押して見た。
「はーい。」
扉が開き、住職が出てきた。
「この坊さん、なんか真面目そうじゃの。」
レイは感心した。
「どういった御用でしょうか?」
「そうですね、生きるって何ですか?」
そう答えた透に、住職は「はい?」と困惑した。
「おい!いきなり何を聞いている?!びっくりしてるじゃろ!コミュニケーション下手くそか!」
「いや、もうダイレクトに聞こうかなって。」
「直接すぎるわッ!!」
こいつ、こんな人間だったのか。呆れて、何も言えないレイだった。
「・・・話は聞きました。なぜ生きるのかとか。親友はそれを知りたいということですね。」
「まぁ、そんなとこですね。」
こいつ・・・。レイは他人事の透にイラついていた。
「そうですね・・・。正直難しいですね。これという答えがないのです。私も未熟なので分からないものです。逆になぜ生きるのか聞きたいですね。」
と住職はいった。
「まぁ、今のでは答えにならないでしょう。生きるに答えはないと思います。迷って、考え、自然を感じ、善を行い、楽しく生きるということではないでしょうか。つまり、人は悩み、そして踏ん張る生き物だと思います。いい人生でよかったと言えるように過ごす。だから皆、生きているんだと思います。」
「うーん、納得しないなぁ・・・・。だってそれだと答えになってない気がするなぁ・・・。」
「確かに、答えになっていないと思います。しかし、人間は考えすぎもよくないと思いますよ。割り切りが必要な時があります。」
うーん、なんかしっくりこないと思う透。ますますわからなくなる生きるというテーマ。一体だれがこたえれるのだろうか・・・。
「わかりました。ありがとうございました!。」
スッと立ち上がり、お寺を出た。
「え?ちょっと!」
「おいッ!透ッ!」
そそくさとお寺を出ていった透。
「まて!どこへ行く?坊主の話は途中だぞ?」
「違うんだ・・・・。」
「は?」
「生きるということはそういうことじゃない。必ず答えがあるはずだ。こんな皆、苦しんでつらい事に答えがあいまいなんて、何だか納得いかない。」
「ど、どうしたのじゃ?急にやる気になって・・・。」
「いや、なんかむかついてきた・・・。」
「はぁ?」
お寺を出た透は、すぐに帰宅・・・・するのだが、アパートにはまだ取り立てが見張っていた。
「オイオイ、まだおるぞ。あいつら。ご苦労じゃのう。」
「ウーム、仕方ない。とりあえず財布はあるし、銭湯でも行こうか?」
と提案した。
「あ?風呂?」
「何?恥ずかしいの?」
「なッ!?愚か者ッ!人の子の裸なんか興味ないわッ!!それより、なぜ風呂屋になんか行く?まだ日は高いぞ?」
「このくらいの時間の銭湯が一番気持ちいいんだよ。考えもまとまるし。」
透はくるりと右回りし、銭湯へとむかった。
「透、元気ないね。」
唯一の友達、ノビが話しかけてきた。
「うん、実は・・・・喧嘩したんだ。」
「誰と?」
「それは・・・・親戚の子。とっても仲良かったんだけど・・・・。」
僕は言うに言えなかった。座敷荒子なんて、そんなお化けと友達なんて口が裂けても言えなかった。でも、喧嘩したことがずっと気になっていた。
「ごめんなさいすればいいんじゃない?」
「違うんだよ、もう会えないというか・・・・。」
すると、ノビは、
「わかんないけど、難しく考えないほうがいいんじゃない?もっと気楽に考えようよ。もう会うことないんでしょ?」
「でも、冷たくない?そんなのって・・・。」
「うーん、そうだね・・・・。でも、時間が経てば、会えるんじゃない?」
「そうかな?」
「そうだよ、きっと会える。そしてごめんなさい、すればいいんじゃない?」
いつか、会える・・・・。本当だろうか・・・。
ボロボロのけん玉は祖父がくれたものだった。実は代々受け継がれて、透の曾祖父、徳次郎が息子の為に買ったものだった。それがなぜか捨てられず、ずっと透の祖父の家にあった。レイもそのけん玉をよく知っていた。そのボロボロのけん玉を見たとき、ちょうどそれで遊んでいた時にレイと出会った。本当に不思議な出来事だと今でも覚えている。
掃除して、けん玉が出たとき、なつかしさを感じた。
(そういや、遊んだな・・・あん時か。レイちゃんと出会ったのは・・・。)
そう思った矢先に、レイが現れた。
正直、頭の整理が追いつかなかった。平静を装ったが、今すぐ抱きつきたくて仕方なかった。そして、ごめんなさい。と謝りたかった。やっと会えた友達。もう会えないと思っていた友達。しかし、その友達が生きるということに苦しんでいる・・・。
透は、だんだんとレイの為に何かできないかと考え始めた。その為に図書館やお寺に行ったが、答えは出なかった。なんということだ・・・。自分の無力さが悔しかった。レイを救えない。それが嫌だった。
おそらく、あの日からずっと独りぼっちだったのだろう・・・。どういうルートを使って自分にたどり着いたかわからない。でも、こうして会いに来てくれた。嬉しいという気持ちもあるが、彼女は彼女で悩んで苦しんでいた。自分は何にもない人間だ。そんな人間に救いを求めてきた。
何かしたい・・・。自堕落で、どうしようもなかった透が、初めて人に役立ちたいという気持ちが芽生えた。
とは言え、何か策があるわけではない。考えても仕方ない時は、いつも近所の銭湯に行くことにしていた。ここなら、何も考えずに済む・・・。そう、いつもそうやって対処してきた。大家さんの家賃のこと、取り立ての借金、就職、全部どうでもよくなり、やがていいアイデアが浮かぶ。大したアイデアではないが・・・。とにかく、銭湯は彼にとって唯一の癒しなのだ。
橋本湯。銭湯にしても、決して大きくない方だ。湯船は二つだけで、熱湯と井戸水が入った水風呂の二種類のみ。サウナもあるが、とても狭い。料金も350円と他の銭湯と比べ、安いほうだ。
「大人一人。」
番台に声をかけ、350円を置く。「ありがとうねぇ。」と番台がいうとそそくさと、貸しタオルを2枚取り、すぐに着替えた。
「お主・・・。貧弱な身体じゃのぉ。ちゃんと喰ってるのか?」
「うるさいなぁ。お母さんか。食べてるよ。」
黙々と着替える透。
「おい!見ろッ!あのおっさん、背中に俱利伽羅悶々いれておるぞ!鯉じゃ!久々に見たのぉ!」
「あぁ、あれ龍魚だよ。」
「龍魚って鯉と違うのか?」
「何でも鯉が滝に登る途中の姿らしいよ。」
「ふーん、詳しいのぉ・・・。」
「そんなことより、行くよ。」
足早に風呂場に向かう二人。
ガラガラ
日が高いので、お客はほとんどいなかった。とりあえず、身体をシャワーで濡らし、貸しタオルで身体をゴシゴシと洗った。
「なんじゃお主。石鹸持っとらんのか?」
「買うともったいないしね。」
「ケチじゃのぉ・・・。お金恵んでやろうか?」
「要らんッ!!」
大声が浴室中に響き渡った。
「お前、独り言じゃからな?我は見えてないからな?気をつけろよ。」
「・・・・・。」
なんだか熱くなった。透は水風呂から入った。
「冷たッ!?」
すぐに出た。
「何じゃ、情けないのぉ。」
「違うんだよ・・・。ここの風呂の設定おかしいんだよ。薪でガンガンに炊くし、水風呂は井戸水だし・・・。」
生まれたての小鹿みたいになって震えていた。
「ふぅ・・・・。」
何度か入るうちに、身体が慣れてきた。気持ちよくなってきた。
「・・・そんなに気持ちいいのか?」
「レイちゃんに、この気持ちよさが分からないのが、残念だ。」
「何だかジジ臭くなったのぉ・・・。お主。」
「うるさい。」
しかし、お風呂に入っても特にアイデアが浮かぶ訳でもなかった。が、ヒントを得た。気持ちいい。これが生きているということ・・・。でも、レイちゃんには感じられない。これをどうしたらいいのか。透は考えぬいた。しかし、答えに辿り着けないもどかしさが、気持ち悪くまとわりつく。
「・・・ありがとうな。」
「え?」
「いや、突然押しかけて、我のわがままに付き合ってくれて。」
いつになく、元気がない。
「いいよ、別に。暇だったし。」
「困っただろ・・・。生きるなんて意味あるのか。そんな答えの出ない問いに、付き合わせて。」
「いや、いいよ。俺の友達も困ってたんだ。なんで生きてるんだろうって。俺、そんなこと考えたことなかったから。いい機会だよ、これも。」
「しかし・・・。」
その時だった。
「そうだ!天啓、舞い降りた!」
風呂場に声が響き渡る。
「だから、独り言が大きいって!」
「レイちゃん!もしかしたら、生きてるって実感できるかもしれない!」
「え?」
河川敷。日がだいぶ落ちて、夕暮れになっていた。だいぶ涼しくなって気持ちがいい。
サァー
風が駆け抜けていった。
「何じゃ、ここ?原っぱじゃないか。」
「うん、原っぱだね・・・。」
「ここに何があるんじゃ?」
「何にもないよ。」
「は?」
レイは何してるんだ?と思った。なぜこんなところに来たのか・・・。
しかし、山より開けていて、風が気持ちいい。どうしてだろう。なぜか、この場所が居心地良いと思うようになってきた。
山ばかりに囲まれての生活も悪くなかったが、都会のこういう原っぱも悪くないとレイは思った。野球している少年たちの声、マラソンを楽しむ夫婦の足音。自転車が風を切る音。家族がただ散歩しながら、笑い合ったりしている。何というか、山では感じたことのないことだらけだった。
「・・・いいのぉ。」
「でしょ?」
「じゃが、生きるということの答えは見つからなかったな。」
「いや、ここだ。」
?何を言ってるんだ。レイは疑問に思った。
「みんな、思い思いに生きている。やりたいことをする。できなければ、支え合う。それでも無理なら、諦めて別のことをする。これこそが生きるってことじゃないか?そして坊さんの意見に納得はしてないが、考えすぎも良くないというのは正しいと思う。お金や将来に不安はあるが、もうそんなもん糞食らえだ。俺なんか、毎日、借金取りと大家の取り立てで、辛いよ。でも、その中でも、小さい喜びや、楽しみを見つけ、俺は俺、と思えばいいと思う。答えになってるかな。」
「・・・・。」
レイは黙って聞いた。
「後は、笑えばいいんだよ。俺見てみろよ。どんだけ惨めか。でも、笑ってもらってもいい。笑顔が一番だよ。」
「・・・・。」
「どうしたの?」
「すまん、お前をどこか馬鹿にしていた。」
「おい。」
「でも、そんなにわがままに真剣に付き合ってくれて嬉しい。本当に。我はいつも一人だった。やっと出会えた小僧も結局、離れていったし。でも、お主は違った。大人になっても、こうして我とこうして話してくれてありがとう。そして、重ねて感謝する。」
「後は、古風な話し方を止めることだな。ババ臭い。」
「うっさい。勝手じゃろ。」
バシッ
頭を叩かれた。
のぉ。徳次郎・・・。お主はあの時、ああするしかなかったんじゃろ?奥さんが怖くて、子供も守るために、あんな事したんじゃろ?わかっておる。お主は、そんな酷いことをするような男じゃなかったもんな。お主のおかげで、色々と悩まされた。でも、安心せい。お前のひ孫が、我を救ってくれた。まぁ、お前とは似ても似つかない存在じゃが。それでも、我のために、一生懸命動いてくれた。
徳次郎よ。お前がもし生きていたら、一緒に生きる意味を探してくれるか?
レイは明るくなった気がした。透はそう思った。彼女が生きる意味を見つけたかはわからない。しかし、とてもいい顔をしていた。自分に何かできてよかったと胸を撫で下ろした。
「のぉ、透。お前は生きることを見つけた。じゃが、我はまだまだじゃったな。長く生きている割に、そういうのは考えないことにしてたんじゃ。お前の曽祖父、奴が無視し出して、初めて生きるってなんだと考えたくらいじゃ。やはり、妖の類は、人の心を理解出来んのかもしれんのぉ・・・。」
「そう?そんなの気にしなくてもいいんじゃない?というか、妖や幽霊だろうが関係ないよ。生きることを考えるのに。」
「お主、変わったの・・・。いつの間にか大きくなったの・・・。ガキかと思ったら。」
「子供扱いしないでほしい。」
レイはさてと、と言い、立ち上がった。
「我は、帰るとしようかのぉ・・・。」
「え?帰るの?せっかく、会えたんだし、ゆっくりしても・・・。」
「いや、よい。もう十分じゃ。お主のことがよーく分かったし、知りたいことも何となく理解できた。後は、自分で探してみる。」
「どうするの?」
「旅に出る。」
「旅?」
「もっと知りたいんじゃ。生きるということ。何で感じて、皆何を思って生きているのか。」
「ひとりぼっちだよ。いいの?」
「構わぬ。一人には慣れておる。」
「そっか。お土産よろしくね。
「あほ、二度と寄らぬわ。」
言葉の通り、レイは旅に出た。生きるということを探す旅。長くなりそうだが、彼女ならきっと答えを見つけられるだろうと、透は確信した。だいぶ日が落ちて真っ暗になった。そろそろ家に戻るか。取り立てももういないだろう。
「いよーし、帰るか。帰ってゲームでもするか。」
明日から、また新しい日が始まる。そのために準備しないと・・・。そうだ、ノビに電話しよう。お前の問いに、今なら答えられるかもしれないと。
「おう、ノビ。元気か?」
「え?元気じゃないよ。それより、求人票は見たか?」
「・・・なぁ、お前に一つアドバイスがあるんだけど・・・。」
「なに?」
「生きるということは何なのかをさ・・・・。」
人は誰しも迷い、生きるのに困ることもあるだろう。ただ、忘れてはいけない。決して諦めないこと。諦めれば曲がり、最悪のことが待っているかもしれない・・・。ただ、頑張らず、身を任せ自然に過ごすことが、大切なのではないだろうか。レイは今も、生きるということは何かを旅をしている。我々も、生きるとは何かを探してみてはいかがだろうか。
座敷荒子 酒井 吉廣(よしひろ) @sunikingK
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