第42話 侯爵夫人の推し活②
密かにフォーサイス領名物アレックス様クッキーとしてお土産品販売したいと狙っているアイシングクッキーを手に、アレックス様本体のいらっしゃる執務室へと歩を進める。
なんだかんだと料理長が(結構楽しそうだったけど)手伝ってくれた事もあって、思ったより手早く作ることが出来た。
推し活をしたいだけとも言う私は、アレックス様クッキーだけで良いと思ってたんだけど、ミアもオリビアも、何なら料理長までもが、私の似姿クッキーも作るべきと言うものだから、何故だか当初の予定とは違う『領主夫妻クッキー』になってしまった。
うーむ、正直自分がデザインされたクッキー見ても気分は上がらないのだけども。
因みに、他の人たち向けのクッキーは、普通に星だとか花だとか動物(コウモリ多し)クッキーとなっているし、殆ど料理長作と言っても過言ではない。
強いて言うなら、クッキー生地を混ぜたのは私なので、私が作ったと言っても嘘ではないかな、レベル。
クッキーを手に廊下を歩いていると、アレックス様の執務室の扉から、以前護衛してくれた騎士隊のエイダン・ヘイワード副隊長が丁度出てきた。
「おっと、若奥様。アレックス様にご用ですか?」
「ごきげんよう、ヘイワード副隊長様。
クッキーを焼いたのでアレックス様にどうかしらと思って。
沢山焼いたので、騎士隊の皆様の分もあるのです。
ヘイワード副隊長様は、今から部隊詰め所の方へ戻られるのですか?」
「ええ、戻る所でしたが。」
「では、良かったら皆さんでどうぞ。
ミア、騎士隊の皆様の分をお渡ししてくれる?」
「はい、ソレイユ様。
では、こちらをどうぞ、お持ちください。」
「これは、ありがとうございます。
まだ温かいな…焼きたてですか?
ひょっとしてこれ、若奥様が…。」
「ええ。私が作りました。
と言っても料理長が手伝ってくれたので、全部私、と言うわけではないですけれど。」
「いや、それでも凄いですよ、これだけ作るのは大変だったでしょう。
それにしても、良い匂いがします。美味そうだな…。
騎士は良く体を動かすので、すぐ腹が減るというか…。
甘いもの好きな奴は多いので、皆喜ぶと思います。」
「まぁ、それならまた今度何か作る時も、差し入れしますね。」
「それは有難いお話です。いつでもお待ちしております。」
妙に恭しくクッキーを受け取った副隊長が去った時、ノックをする前の扉から、なぜか家令がひょこりと出てきた。
「どうぞ、若奥様。
声が聞こえました故、坊ちゃ—…、旦那様がすでに書類を片付け始めてお待ちしておりますぞ。」
声がけする前に聞こえていたらしい。
すでに休憩に入るためにアレックス様が待ってくださっていると聞くと、嬉しくてソワソワとする。
ところで今、アレックス様のこと坊ちゃんって言った??
*****
「お疲れ様です、アレックス様。
お仕事中に来てしまって、お邪魔ではありませんか?」
「ソレイユ、貴女が邪魔な事などない。
それに丁度疲れが出始めていたから、そろそろ休憩しないといけないとは思っていたのだ。
俺の休憩に付き合ってくれると助かるのだが。」
「それなら良かったです。
クッキーが焼けた所でしたから、アレックス様に食べていただけたらと思い、早速持ってきたのです。」
ソファーに座ったアレックス様が、私を見上げておられる。
パチパチと二度、瞬きをしていて、とても可愛い。
「貴女が焼いたのか?
つまり、手作りのクッキーを、俺に…?」
「はい。料理長にも手伝って貰いましたから、味の方は保証できますよ。」
にっこり笑ってテーブルの上に籠に入れたクッキーを置く。
これはアレックス様用だから、夫婦クッキーとコウモリクッキーの詰め合わせになっている。
コウモリの存在がそこはかとなくハロウィンの様相を呈している。
この世界ハロウィンはないからきっとセーフ。
因みに、ミアにはアレックス様=コウモリ、みたいに私=の何か象徴する物も作れば良いのにと言われたけれど、ソレイユって太陽の意味だから…なんかこう…自身を形容するのに太陽ってちょっとアレじゃない?そんな気は無いのに自惚が過ぎるような感じがしない?
私がアレックス様の隣に座ると、執事のマックスがお茶を淹れてくれた。
とても良い香り。匂いからすると、どうやらセイロンティーのよう。
私としてはクッキーの時はミルクを入れる派だったりするので、我が強くなくて飲みやすいセイロンティーは丁度良かったかも知れない。
ところでフと思ったのだけど、セイロンティーは普通にセイロンなのよね。
この世界には前世の世界での名前をもじったようなものが時々ある。
でも、この紅茶のようにそのままの名前の物もあったりする。
ゲーム中に登場する物しない物で分かれているのか、それとも私のように転生なり転移なりをした人間が他にもいて、あちらの文化を伝えてきた結果が今なのか。
「浪漫だわ…。」
「ん?何か言ったか?」
「ふふふっ、とても良い香りのお茶だと思って。」
「ふむ、そうだな。
確かにマックスは茶を淹れるのが上手い。」
アレックス様のお言葉に、部屋の隅に控えていたマックスがニコリと微笑む。
「ありがとうございます。」
お礼を言われて少し照れてらっしゃる様子のアレックス様を眺めつつ。
持ってきたクッキーを小皿に出した。
「では、お嫌いでなければどうぞ。」
「ああ。妻の手作りとなると楽しみだ。
この俺が妻の手料理を口に出来る日が訪れるなど思った事もなかったな…。」
…おっと、思ったより感動してくださっている。
これは例の、不遇だった故の弊害…。
知っていたからこそ、物悲しい気持ちになってしまった…。もっともっと幸せにして差し上げねば…。
にしても不憫すら可愛い…。素晴らしい旦那様だわ。
「!!」
アレックス様が何かびっくりしておられる。
「これはひょっとして、俺を模してくれたのだろうか。
こちらはソレイユの似姿だな…とても愛らしい…。」
「折角作るのだからとアレックス様クッキーにしてみたのです。
とっても可愛くできたでしょう?
ちょっと自信作なのです。」
えへへと笑うと、釣られたようにアレックス様が私に向かってはにかんで下さった。
とてもとてもキュートかわいい…ヤバい、脳が溶け始めているわ…。
「思ったのだが…、」
「はい、アレックス様。」
「…俺がソレイユ(クッキー)を全部食べるので、俺(クッキー)はソレイユが食べてくれるか?」
思わず目を瞬いた。
えっ…ちょっと待って、クッキーの話だって分かっているのに、なんだか意味深に聞こえてしまった。
えっ…。
吸血侯爵と転生捨てら令嬢のアレソレ 猫宮 秋 @popunyanko
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