『偶然から出た真』
ピンポーン。
インターフォンを押す。
用事で一途の家の近くまで来たのでふらりと立ち寄ってみたが、果たして一途は家にいるんだろうか?
僕としてはアポ無しでいきなり家を訪問するのは気が引けるのだけれど、前にそれで家に寄らずに帰った時に一途に拗ねられてしまったので、今日は顔を出しておく事にしたのだ。
僕もせっかく一途に会えるのなら会っていきたいというのもあるしね。
インターフォンを押してしばらく待ってみたが反応がなく、今日は留守だったかと歩き出そうとした瞬間、玄関の扉が開いた。
あれ、いたのかと目を向けて、僕は思わず目を瞠った。
そこには、男の子になった一途が立っていた……と錯覚するくらいよく似た雰囲気の人がいた。
「どちら様です?」
不機嫌を隠そうともしない声が飛んで来るが、僕は驚き過ぎて反応出来なかった。
「どちら様?」
「……一途さんに用があり伺ったのですが、彼女は今ご在宅ですか?」
もう一度問われて、ようやく返事を返す事が出来た。
すると、一途は留守だが中で待つかと誘われたので、混乱した頭のまま、ひとまず中で待たせてもらうことにした。
「はい、じゃあお邪魔しますね」
─────────────────
部屋まで案内されてソファに座るよう促される。
もうすっかり見慣れた部屋に通されたことで、少し落ち着いて頭が回るようになってくる。
一度冷静になると、途端に目の前の男性の事が気になってくる。
この人は誰なんだろう、何度かこの家に来たことがあるが、この人は初めて見た。
一途とあまりにも雰囲気が似ているところを見るに、親族の方だとは思うけれど……。
なんて事を考えていると、突然声をかけられる。
「コーヒーの1つも出せなくて申し訳ないけど、ごゆっくりどうぞ」
「いえ、お構いなく」
しまった、見過ぎた。
初対面でジロジロ観察するなんて失礼にも程がある。
1人で反省していると、
「それじゃあ失礼しますね」
そう言って立ち上がると部屋を出て行こうとする。
僕はその背中に、思わず声をかける。
「あの」
「まだ何か?」
顔だけでこちらを振り返る。
「大したことではないんですけど、一途さんのご家族の方ですか?」
不躾な質問だ。
初対面でいきなりするにはあまりにも失礼な質問。
でも、聞かずにはいられなかった。
だって……。
「えぇ、それがなにか?」
あぁ、良かった。
やっぱり一途の家族の方だった。
「いえ、以前にこちらにお邪魔した時にはお見かけしなかったもので」
一途の家に、知らない男の人がいるのを見て、ちょっとだけ心がもやりとした。
一途の事を信じているけれど、やはり少し、ほんの少しだけ不安になったのだ。
「普段は寮暮らしをしていましてね。今日家にいたのはたまたまなんですよ」
僕は何を心配していたんだろう。
あの一途が、僕以外の人に目移りするなんて絶対にあり得ないって信じているっていうのにね。
「あぁそうなんですか。お二人はご姉弟なんですか?」
ほんの僅かの不安も晴れたし、あとは一途の顔され見られたら今日は満足だ。
「えぇまぁ、双子ですよ。いとちゃんが姉で僕が弟で」
ん?今なんて……。
「いとちゃん……ですか」
相手がしまった!という顔をするのを見て、僕の心が再びざわめく。
いとちゃん……?
そんな呼び方をするくらい、仲の良い姉弟なのだろうか。
それなら、僕に紹介してくれたって良いのに……。
「そちらは姉のご友人ですか?」
もやもやと考えていたところに、突然相手から質問が飛んできて思わず口ごもってしまった。
「えっと……その……」
何を口ごもる必要がある。
はっきり答えろ!!僕!!!
「友人ではなくて……恋人なんです」
「は?」
思わずゾクッとしてしまう程、冷たい声が返ってくる。
「あの……」
予想外の反応に、少しだけ怯んでしまった。
「失礼、ちょっとびっくりしてしまって」
弟さんは先ほどとは打って変わって普通のトーンで話し出す。
「ゴホン!!貴女、まだお名前をうかがっていませんでしたね」
しかしながら、たった1言に怯んでしまうなんて、僕には覚悟が足りていなかった。
「はい、花織と言います。植物の花に織姫の織で花織です」
大切な家族である一途に寄って来た変な虫。
そんな風に見られる覚悟が、僕には全く足りていなかった。
「そう、花織さんね。
ちょっと話を聞かせてもらえる?」
ここが僕の正念場だ。
─────────────────
弟さんからの質問に一方的に答える形での会話ではあったけれど、そんな中にも節々から一途を大切に想う気持ちが感じ取れた。
この人は本当に、一途の事を大切にしてくれているのだと、心から確信することが出来た。
こんな人がよもや浮気相手かもしれないなんて、下卑た疑いを向けてしまった事を恥じる。
この人が今まで、一途を大切にしてきてくれたというのなら、私はこの人にその恩を返したい。
そう思って、意を決して声をかける。
「あの……」
「はい?」
実は、家の中に入った時から気になってはいたのだ。
「もしかしてお料理されてました?」
─────────────────
「もしかしてお料理されてました?」
予想通り、その返事は「はい」であった。
やはり……。
であれば、
「ぜひお手伝いさせてください!!」
若干食い気味に提案する。
弟さんが快く?承諾してくれたので、一緒にキッチンに向かう。
「これは……」
キッチンに広がる惨状を見て、二の句が継げなかった。
なんとなく、予想していることではあったのだけれど。
弟さんの服についた調味料の汚れや、家の中に薄っすらと漂う焦げたような匂いから、なんとな〜くこの展開を予想していたのだ。
どうしたものかと考えていると、
普段であれば、別に料理は不得手なわけではないこと。
しかしながら、使い慣れないキッチンで、調味料も調理器具も場所を把握しておらず、そんな状態で料理を開始した結果の惨状であること。
久しぶりに実家に帰って来たから、サプライズで料理でも作って家族を驚かせようと思っていたのに、この有様では別の意味で驚かせることになってしまうと途方に暮れていたこと。
そんな時にちょうどやって来た僕の提案を受けて、渡りに船とばかりに提案を受けたこと。
上記のような事情を説明してくれた。
ふむ、話を聞いて俄然やる気が出てきた。
弟さんも、一途に似てとても優しい人だ。
この人の優しい気持ちを、僕はなかったことにはしたくない。
「それでは早速始めましょうか」
─────────────────
弟さんからやんわりお手伝いを断るような事を言われたが、「早くしないとご家族が帰ってきてしまいますよ」と、ここは強い意志でスルーする。
袖を捲りながらキッチンの中に入る。
さて、このキッチンに立つのは、一途が風邪をひいてお見舞いに来た時以来だろうか。
2人で一緒に星を見に行って、一途を寝込ませてしまったのも、かなり前の事な気がする。
なんて事を考えながら、テキパキと手を動かす。
調理器具や調味料、食材などを取り出して並べ、料理の準備も整える。
さぁ、これで用意は完了だ。
「花織さん、ありがとう。おかげでなんとかなりそうだ!!」
弟さんが嬉しそうな顔でお礼を言ってくれる。
喜びが表にしっかり出るところも、一途によく似ている。
「いいえ。貴方が家族の為を思ったその優しさを残念な気持ちで塗りつぶしたくなかったので。さぁ、張り切って作りましょう」
肝心のお料理はこれからですからね。
─────────────────
2人で作り上げた料理達をテーブルの上に並べた後、椅子に座って弟さんと2人で談笑する。
話題は主に一途の話で、弟さんからは昔の一途の話を、僕からは最近の一途の話をお互いに話し合った。
僕の知らない一途の話はとても新鮮で、本人はきっと恥ずかしがって教えてくれないんだろうなぁって内容まで聞くことが出来て実に充実した時間だった。
数時間ほど一途の話に花を咲かせたところで、一途が帰ってきた。
玄関で僕の靴を見つけたのかな?
一途は大慌てで部屋に飛び込んでくる。
「花織ちゃん来てたの!?ごめんなさい帰るのが遅くなって……え!?いっくん!?なんで!?」
一途がわたわたと大暴れしているのが微笑ましい。
「おかえり一途。寒くなかった?」
「た、ただいま……平気だったよ」
「やぁ、おかえりいとちゃん。今花織さんといとちゃんの話をしてたんだ」
「え?え?へぇ〜そうなんだぁ……え?」
何が何だか分かりません!を全身で表現している一途の姿があまりにも愛らしくて、つい笑いが溢れてしまう。
一途がいると本当に場が華やかになる。
あの子がいるだけで、空気がパッと明るくなるのは、彼女の1番の魅力と言って良いかもしれない。
「呆けた顔してないで、いとちゃんも着替えておいでよ。今日の晩御飯は僕と花織さんで作ったんだ。花織さんも食べていくってさ」
「あ、う、うん」
弟さんに声をかけられて、一途が部屋を出ていく。
弟さんもその後を追って部屋を出て行った。
2人が会うのは久しぶりのことらしいし、2人で話したい事もあるのだろう。
それにしても……いっくんかぁ。
本当に仲が良いんだね。
姉弟の仲良しと僕達の仲良しが別物なのは分かっているけど、それでもちょっと妬いちゃうなぁ。
だっていっくんだよ?いっくん。
僕なんて一途にあだ名で呼ばれたことないってのにさ。
いっくんねぇ……。
ん?あれ?そう言えば僕、弟さんの名前、まだ聞いてなかったなぁ。
いろいろあって、なんとなくタイミングを逃してしまった。
ちゃんと後で聞いておかなくちゃ。
また会えると良いな。
嘘から出た出逢い しゆ @see_you
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