終:魅影の迷宮
真澄は、変わった。
前みたいに、暗い顔をすることはなくなった。
口数は多くないけど、笑顔が増えたような気がする。
——それは、良いことなのかもしれない。
俺とは、なんとなく話さなくなった。
いや、「話さなくなった」というよりは、俺が話しかける理由を失った だけかもしれない。
もう、いじることはない。
ちょっかいを出すこともない。
それなのに——。
あの時の冷たい目が、どうしても忘れられない。
たった一瞬だったのに。
何かの間違いだったのかもしれないのに。
それでも、脳裏に焼き付いて離れなかった。
何を思っていたんだ?
あの時、「好き」と言ったのは本当だったのか?
考えても、考えても、答えは出ない。
俺は、ずっとそれを抱えたまま、過ごしていた。
——そして、ある日。
真澄から、声をかけられた。
「ありがと、私を守ってくれてるんだよね。」
何気ない調子で、微笑みながら。
けれど、それだけで頭の中が真っ白になる。
久しぶりの会話。
それだけなのに、心臓が妙にうるさい。
動揺を誤魔化すように、言葉を絞り出す。
「は? 何言ってんだよ。」
軽い悪態。
それだけで、少しだけ“昔の自分”に戻れた気がした。
真澄が、くすっと笑う。
「そっか、ふーん。」
それだけ。
本当に、それだけ。
それなのに、心臓が鳴る。
何なんだよ、この感じ。
何かを言わなきゃいけない気がする。
何かを、確かめなきゃいけない気がする。
だから——意を決して、聞いた。
「……好きって言ってたじゃん。あれ、ほんと?」
言った瞬間、後悔した。
こんなの、ダサすぎる。
でも、もう取り消せなかった。
真澄は、少し驚いたように目を丸くして——。
それから、ゆっくりと考えるようなポーズを取った。
……考える必要なんて、あるのか?
期待と、不安と、焦燥が絡みつく。
数秒が、永遠みたいに感じられた。
そして、彼女は小さく微笑んで、たった一言。
「内緒。」
—— 心臓が止まった気がした。
(……は?)
言葉が詰まる。
そんなの、答えになってない。
YESでもNOでもない。
俺が知りたかったのは、それじゃない。
「な……にそれ……?」
かすれた声が、勝手に漏れた。
自分でも、情けないと思った。
でも、真澄はただ、肩をすくめて、ふわりと微笑む。
「ふふっ、まっ、そういうこと」
それだけ。
軽い。
あまりにも軽すぎる。
まるで、俺が抱えていたものが、最初から何の意味もないかのように。
—— カッと、頭の中が熱くなる。
俺が、どれだけ悩んだと思ってる?
ずっと、ずっと、考えて、答えが出なくて——。
なのに、こいつは。
「ふ……ッざけんなッ!!!」
気づいた時には、声が荒げていた。
真澄の方を睨みつける。
けれど——
真澄は、変わらず微笑んでいた。
驚きもしない。
戸惑いもしない。
まるで、最初からこうなることが分かっていたかのように。
「怒んないでよ。怖いなぁ」
軽く目を細めながら、からかうように言う。
「だって、ほんとのこと言ったら、つまんないでしょ?」
言葉が、詰まる。
何だよ、それ。
つまんない……?
「……は……ァ……?」
俺は、そんなもののために、ずっと……。
でも、もう、それ以上言葉が出なかった。
真澄は、ただ優雅に微笑んだまま、背を向けた。
「じゃ、またね」
そう言って、軽やかに去っていく。
残されたのは、俺だけだった。
——とある恋の物語は、すでに終わりを告げられていた。
けれど。
「………ハハ………ハハハ………ッ!」
俺の中では、何も終わっていなかった。
どれだけ考えても、どれだけ苦しんでも、真澄はもう振り向かない。
それなのに、俺はきっと、この言葉の意味を探し続ける。
それは、まるで魅影の迷宮。
内緒、それだけの言葉が、俺の人生を支配する。
白燐の毒深に手を出して 完
白燐の毒深に手を出して 夢真 @yuma_sin
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