ショートストーリー「またね、大好き」

あめの みかな

ショートストーリー「またね、大好き」

 桜の花びらが舞い落ちる公園のベンチ。俺はそこで、いつものように彼女を待っていた。


「ごめん、ごめん! 遅くなっちゃった!」


 息を切らせながら駆け寄ってくる彼女は、いつもと変わらず笑顔だった。俺はそれを見て、自然と口元を緩める。


「また寝坊でもしたのか?」


「違うよ! ちょっと、準備に時間かかっちゃって……」


 彼女はそう言いながら、小さな紙袋を俺に差し出した。


「はい、これ。プレゼント!」


「なんだよ、急に」


「いいから、開けてみて」


 俺は紙袋を受け取り、中を覗く。そこには手編みのマフラーが入っていた。


「……これ、手作り?」


「うん。ちょっと季節外れかもだけど、冬になったら使ってね」


 彼女の指先には、小さな絆創膏が貼られていた。慣れない編み物で苦労したのが伝わる。


「ありがとう。大事にするよ」


「よかった!」


 彼女は満足げに微笑んだ。俺もその笑顔に応えるように、少しだけ照れながら頷いた。


 だけど、俺は知っている。

 彼女と過ごす時間が、もう長くはないことを。


「なあ、今日はどこか行きたい場所ある?」


 そう尋ねると、彼女は少し考えてから、静かに口を開いた。


「ううん。このままでいい」


 彼女の言葉に、俺は頷く。静かに流れる時間。桜の花びらが風に乗って、ふわりと舞った。


 やがて、夕暮れが訪れる。空が茜色に染まり、影が長く伸びていく。


「そろそろ行かなくちゃ」


 彼女がぽつりと言った。


「ああ……」


 本当は、もっと一緒にいたかった。だけど、わかっていた。引き止めることはできない。


 彼女は俺をじっと見つめて、ふわりと微笑む。


「またね」


「……ああ」


「大好き」


 最後にそう言って、彼女はそっと消えていった。


 残されたのは、俺の手の中のマフラーと、舞い落ちる桜の花びらだけ。


 春の風が、少しだけ冷たく感じた。


 彼女は、俺にとって光だった。どんなに暗い日も、彼女と話すだけで心が軽くなった。馬鹿みたいに笑って、くだらないことで喧嘩して、それでも最後には「ごめんね」と言い合えた。


 彼女がいたから、俺は俺でいられた。


 そんな大切な人が、もういない。


 彼女は付喪神(つくもがみ)だった。

 この国では長く大切に使われた物には魂が宿り、神になると言われている。

 彼女は多くのユーザーに長年愛され続けたケータイ小説投稿サイトに宿った魂であり、神だった。デジタルなプログラムやサービス、テキストにも、この国では魂が宿るのだ。

 だが、昨日サービスが終了してしまったため、彼女はこの世界を離れ、神々が住まう世界に行かなければいけなくなってしまった。


 俺もまたネット小説投稿サイトに魂が宿った付喪神だった。

 彼女が司っていたサービスは、俺の中に統合されることになっていた。


 だから、俺の心の中には彼女がいる。これからもずっと。


「またね」


 俺は呟いた。


 桜の花びらが、彼女の笑顔のように、ふわりと風に乗って消えていった。


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