ペンギンの生き方
あばらいと
ペンギンの生き方
動物園飼育員はアイドルプロデューサーと言っていい。
館内自由散策の時間になり五分もしない内に班員とはぐれて一人。まともな群れ行動もできない連中のために動物園はうってつけだろうと、自身を棚に上げて独り言ちる。おそらくして意図的に撒かれた、とは思いたくなかった。
ぼくは昼食予定地の広場から一番近い海洋生物コーナーで、時間をつぶすことにした。歩くことも億劫になり、数列置かれた⾧椅子のすみっこに座りながら、ただ昼になるのを待つ。
「なんと! 全世界の約一割のペンギンちゃんが日本に棲んでいるんですよ!」
もう一時間ほど経つ。同じ雑学を新発見のように語る、館内アナウンスのお姉さんのアニメ声が脳にハウリングを起こし、催眠にでもかけられたかのような変な気分になる。ここが動物園か水族館かさえ、怪しく思えてきた。ホッキョクグマと南極のペンギンが一枚絵に描かれた壁画も、どこか現実味を薄れさせる。
「ただいまより海のアイドル、アデリーペンギンちゃんたちのご飯タイムが始まります!」
スピーカーから新しい音が響いて、ぼくの意識は現実に引き戻される。気が付くとあんなにがら空きだった⾧椅子は満員になっていて、隣には他の班員たちが座っていた。どうしてだろう? 彼らは僕に話しかけるそぶりも、謝るそぶりも見せず、ペンギンを心待ちにしているようだった。いやもしかすると、初めからはぐれてなどなく、ずっと皆でこのペンギンの登場を待ち望んでいたのかもしれない。そう思うことにした。
飼育員のお姉さんが魚の死骸が無数に入ったバケツを片手で軽々と持ち、展示場へと入場すると、ペンギンは各々の活動をピタリと止めて、一目散に彼女のもとに群がった。とはいっても、ペンギンらしいあのふざけた歩き方で、左右に身体を揺らしながら。
「ジニー君はひとりが好きなタイプの子で、フリッパーと呼ばれる羽をたたむと白い毛と黒い毛が一直線になるのがとってもかわいいんです。そしてあっちにいるのが……」
直線はかわいいらしい。ピンマイクからとびきり快活な声でペンギンの部位の名称やら特徴やらをこと細かに暗唱し、各個体を遠目から指をさして言い当てていた。ペンギンの魅力を伝えるためにあらゆる語彙と見識を駆使している姿勢に感心する。飼育員はペンギンがどう美しく、かわいらしく、すばらしいのかを熟知していた。そして、その魅せ方も。
指をさされたジニーは羽をパタパタと鳴らし、一芸をしてみせる。客席からおーだかうーだか分からない歓声が沸く。飼育員はそれを確認すると、イワシらしき小魚をジニーの頭部めがけて正確に投げ込んだ。胸びれを重心に綺麗な放物線を描いて。銀色の鱗が光を吸い、その光ごとジニーは嚥下した。くちばしで挟むことなく一口で、するりと。一連の動作は非常に洗練されており、各々がアピールタイム、食事を悠々と済ませていく。観客たちはもうすぐ昼頃だというのに、自分の食事を投げ打ってまで食い入るようにそれを眺めた。
満腹になった一羽から、水面へ流麗なジャンプを披露して、サンプリングされた野生を再開する。そんな様子を見ながらふと、自分の一生が見世物であったら、と考え込んだ。ペンギンは、自らの生がコンテンツとして消費されていることをどこまでわかっているのだろうか。飛び込むパフォーマンスは観客に向けたものではなく、食事を満足に得るための生存戦略的な機能にすぎないのか。もしもぼくが、自らの生活のために周囲へ愛嬌をばらまいて生活しなければならないのなら、僕はそうできるか。皆の前で羽を鳴らして、水面に飛び込んで。
そうこう思い悩む末に結論がでないままペンギンの食事は終わった。今度はぼくらの昼食の時間だ。すぐそばにある広場には生徒がビニールシートと弁当を広げていて、自分たちの班以外は全員そろっているようだった。ぼくはできるだけ班員の邪魔にならないように、数cmだけビニールシートの隙間を作って展開した。
「じゃあ、委員⾧の早瀬さん挨拶して」「はい。それでは、手を合わせてください」「「合わせました」」「いたーだきます」「「いたーだきます」」
いただきます。皆とは一呼吸遅れて一人で言った。気合の入ったお母さんの弁当には定番の、からあげ、たまご焼き、キャラ物のふりかけが入っている。すこし緩む頬にそのままご飯を詰め込むと、まだ鼻の奥で生臭い魚の匂いがした。ぼくはペンギンになりたいと思った。そして、なれないと思った。
広場を見渡すとはしゃぎながら団らんするクラスメート姿があった。だんだんと輪郭があいまいになり、やがて皆ペンギンになった。そして、それを満足そうに眺める飼育員の姿も目に映る。学級という名のサンプリングされた野生を、コンテンツ化された生を、ぼくは見つけてしまった。わけもわからず泣きそうになった。
「まさと君って、かたいグミとやわらかいグミ、どっちが好き?」
いきなり話しかけられたぼくは、今まで自分の名前を忘れていたような、長い夢でも見ていたような感覚に陥り、反応もできず固まってしまった。ペンギンのように思われた生物がふいに人間の姿を取り戻して、こちらに質問をしてきたのだ。驚くよりも脳の処理が追い付かなかった状態に近い。徐々に冴える視界には、端正な女の子の上目遣いが現れる。早瀬さんだった。クラス委員⾧で、万人に好かれるクラスのマドンナ的、アイドル的存在。その瞳を覗くと水鏡のようにぼくをとらえて、⾧いあいだ目を合わせていてはクラっと来てしまいそうになる。
「やわら、かい方、かな」
「やっぱり! わたしもどっちかってったらこっち派。んじゃあ、君にはこのジューシーグミのブドウ味を授けようぞ」
声に音色がつきそうなさわやかな口ぶりで早瀬さんは話す。そしてぼくの左手をやさしく摘まんで、小さなグミ一粒を手のひらの真ん中にちょこんと置いた。彼女の手が離れると、グミから何やらこそばゆい感覚が昇ってきて、ぼくは慌ててグミをほおばった。口いっぱいにブドウの果汁が広がって、他の何の匂いもしなくなった。
「そして~、代わりに何かお菓子をくれないかい? 同じぐらいのちみっこ~いやつでいいから。何でもいいよ~。あ、できればしょっぱい系がいいかも。ある?」
芳醇な香りに包まれながら早瀬さんの言葉を溺れるように聞いた。のどかな木々の揺らめきさえも鮮明に聞こえた。授けようぞ、と言いながら交換だったようだ。それでもまったく構わなかった。ただ人と話すことがこんなにも心地よいことは今までなかったから。
「えっと、せんべいあるよ。のりしお」
「うぇ~。最強じゃん」
早瀬さんが小さく拍手をしながらぼくの動作をそっと見つめる。ぼくは彼女がそうしたように、手のひらにゆっくりと一枚のせんべいを置いた。彼女は丁寧にそれを手に収めると、なんと直径五cm近くあるせんべいを一口で食べてしまった。せんべいの行方を追うように、そういう色の果物にさえ見えるピンクの唇に目を奪われた。
「ふぉいしい」
「うん」
満足そうに言い終えると彼女はすっと立ち上がり、ペンギンたちの方を見て声をあげた。
「わたし、300円のお菓子でグミの袋二つだけ買ったの! みんなわたしとお菓子交換してくれない?」
その声につられて何羽ものペンギンが早瀬さんの周りに寄って来た。ぼくは彼女のすさまじい人望とその活用に心を奪われた。おやつ代300円のルールに対して、その定義範囲で戦うでも、クレーンゲームやくじ引きを用いるでもなく、彼女は自分の魅力一つで、たくさんの種類のお菓子を手に入れていた。彼女と交換するという目的が、グミ一粒の価値をどこまでも吊り上げて、一種の経済に似た何かが生まれていた。皆献上するようにグミを、彼女を求めて、その対価を無邪気に彼女は選び取っていく。
「全員交換するから順番ね」
「できれば次は甘いのが欲しいな」
「え、こんなにくれるの! すっごくうれしい!」
早瀬さんはペンギンでもあるのに、ペンギン飼育員でもあって、クラスのアイドルなのに、自分のプロデュース方法を知っていた。すでに彼女はこの世界での生存戦略というものを確立させていたのだ。誰からでも愛されるのは、彼女がそうさせる力を持っていたからだと思い知らされる。尊敬や好き通り越して、崇めてしまう人間の思考を少し理解した。
そして最後にもう一つ分かったことがあった。それはぼくがみんなの手前では交換会に参加できないことを知っていて、早瀬さんは話しかけに来てくれたということだ。それも、交換会を開くよりも前に。彼女は自分の生存戦略のために、ぼくとグミを交換をしてくれただけかもしれない。それでも彼女の博愛の内に自分が含まれていたことに、とてつもない喜びを感じた。群れで行動できないぼくの生態を尊重して、それに順応した付き合いをしてくれたのだ。ぼくの生き方を理解している人がいた事実だけでも、何事にもかえがたい安らぎがあった。
昼食後も自由散策は続いた。ぼくはまだ見ることができていない様々な生き物の生き方が知りたくなった。ここは動物園だ。まだ見れていない生き物がたくさんいる。この感情を教えてくれた早瀬さんのことも、もっと知りたくなった。いつか彼女のように自分の生き延び方を見つけられるように。
ペンギンの生き方 あばらいと @abara-aisaka
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