私は恋を諦めない

黒中光

第1話 私は恋を諦めない

「また明日」と綺華先輩に言われた時、無性に淋しくなった。

 日曜日、先輩と買い物デートに行った帰りのことだ。

 綺華先輩は美術部の先輩。いつも優しくてハキハキしている。清廉な輝きというのを纏っている。大げさに聞こえるかもしれないけれど、私にはそう感じるのだから仕方がない。

 先輩がどこにいても、知らない内に目を惹かれてしまう。そして感動で胸がいっぱいになる。

 私は綺華先輩に恋している。女同士で口に出すのは怖いけれど、どうしょうもなく自覚している。

 先輩と別れてからも、さっきまでのやり取りを忘れられない。手には紙袋。先輩に選んでもらった口紅や服が入っている。今度二人で出かける時に必ず身につけていこう。どんな物と合わせれば良いだろう?

 そんなことを考えながら歩いていると「おーい」と手を振る影。頭から水でもかけられたように現実に戻される。嫌な気持ち。

「えっと、こんちは。今、帰り?」

 サッカー部の琢磨先輩だ。背が高くて顔が整っているから、友達にも先輩のファンは多いけれど、話してみるとへどもどして私は正直好きじゃない。鬱陶しい。それでも彼は綺華先輩の幼なじみだから、笑顔を作る。変な噂を先輩の耳に入れられたら大変。

「休みの日とか何してるの?」「好きなスポーツは?」なんてことを聞いてくる。大して仲も良くないのに何故そんなことを話さないといけないのかとも思うが、話題を振るだけ振って結局自分で話し続けるので、相槌だけ打っておくと満足して去っていった。

 変な人だ。でも毎回疲れるから、琢磨先輩と話すのは苦手。

 家に帰るとため息をつく。せっかく楽しかった一日が、なんだか急につまらなくなる。

 そんな気分が変わったのは、二日後のこと。綺華先輩からメッセージが届いた。

『明日、一緒にカラオケに行かない? わたしと、琢磨と三人で』

 見た瞬間OKした。

 狭いカラオケなら、綺華先輩の直ぐ側にいられる。それに先輩は声がすごく綺麗で、聞き惚れてしまうくらいに歌が美味い。琢磨先輩が邪魔でしかないけれど、これは絶対に逃せない。

 翌日学校から帰ると、早速綺華先輩に選んでもらったカーディガンに袖を通す。コーディネートを考えていた一昨日の自分に手を合わせて拝みたくなる。おかげでバッチリ服装が決まった。

 先輩と選んだ口紅を着け、そのまま出かけようとして危うく踏み止まる。カラオケは暗い。服や化粧なんてよく見えないんじゃないか。

 少し考えてから、お姉ちゃんの部屋に忍び込む。勝手に入ったのがバレたら喧嘩になるけど、運の良いことに部屋は空だった。化粧品箱から香水を拝借。これでよし。

 カラオケのあるショッピングセンターに向かって歩くと、自分でもびっくりするぐらいに足が軽い。綺華先輩はなんて言ってくれるかな。オシャレな先輩に褒められたらそれだけで舞い上がってしまいそう。

 駅前という好立地から、平日でも人でごった返している。それでも、すぐに綺華先輩の場所は分かった。自然と早足になる。

 なのに、半分も行かない内に、世界はカチッと音を立てて停止する。

 綺華先輩と琢磨先輩がキスしていた。

 抱き合って、見ている私の方が火照ってしまうくらいに熱い。

 理由がわからなかった。気づいたらその場を走り去っていた。

 二人はただの友達。幼なじみ。それだけの仲だ。距離が近いのだって、当たり前。恋人? そんなこと……。

千聖ちさとちゃん」

 声をかけられて振り向くと、息を切らせた琢磨先輩がいた。その唇には滲んだピンク色――先輩と私で一緒に選んだ色。

「違うんだ。これは――」

 それ以上聞きたくなくて、ハンカチを琢磨先輩の口に押し当てる。震える手で、口紅を拭い去る。その色を残したくなかった。

 泣きたくなる。

 離れると琢磨先輩は、奇妙に弱々しい顔をしていた。子どもみたいに情けなくて、見ていると腹が立ってきた。

 どうしてこんな冴えない男が。綺華先輩と。

 これでまだ先輩に一途な、誠実な人なら納得もできるのに。恋人を放っておいて、大して仲が良くもないこっちを追いかけてくるなんて、クズだ。

 どうして綺華先輩はこんな男を選んだのか。男だから? 幼なじみだから? それだけで、こんな粗雑な扱いを許せてしまうの?

 悲しいやら、悔しいやら。

 手にしているハンカチには映った色を見て、反射的にゴミ箱に叩き込んだ。琢磨先輩が顔を引き攣らせる。

 私はその顔に指を突きつけた。

「絶対に渡さないから!」

 この男といたら、きっと綺華先輩は駄目になる。弄ばれ、不幸になる。今の溌剌とした光を失ってしまう。それが脳裏にまざまざと描かれて、胸が詰まる。

 そんなのは耐えられない。それなら私が――。

「待ってくれ、千聖ちゃん。俺は、千聖ちゃんが好きなんだ。綺華のことは何でもないんだ!」

「――綺華先輩をなんとも思ってない?」

「そう、そうなんだ!」

 私が理解したと思ったのか、琢磨先輩は嬉しそうに頷いている。つまり、この男にとって綺華先輩はどうでも良い――。

 感情を殺して、目の前の男に縋り付く。

「本当ですか? 信じますよ? 信じて、付合っても良いんですか?」

「もちろん、絶対幸せにするよ!」

 薄らバカはまだ分かっていないらしい。無邪気に笑っている顔をひっかいてやりたい。

 先輩を傷つけた男を誰が許すか。

 一回付合って、この男から酷い仕打ちを受けて捨てられたことにしよう。そうすれば、潔癖な綺華先輩はきっとこの男への未練を捨てる。私に同情してくれる。綺華先輩が側にいてくれる――。

 私は恋を諦めない。

「よろしくお願いします」

 だから、琢磨先輩。私のために生贄になってください。

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