アナと雪の女王
すーぴーぱんだ
アナと雪の女王
今日12月24日。私、染谷茜(そめやあかね)は、高3の春から6年間お世話になったアイドル・グループ「月と10セント」を卒業する。
舞台やTVドラマ、映画への出演を通して、興味を持ち始めた演技の仕事に専念する為だ。
1冊だけ出した写真集の売れ行きがさして伸びなかったにも拘わらず… 最後に毎週日曜深夜にテレビ東京で放送中のグループ冠番組で、30分丸々使って取り上げて貰えるのは、望外の喜びと言ってよかった。
だが私は、笑顔の裏でずっとイライラしていた。
―あのバカはこの大事な日に、何で収録に遅れてんだ?
私より5コ下の星乃綺良(ほしのきら)は、新2期生として1昨年の春にグループに加入した、6名の内の1人だった。全国2万人もの応募者の中から選ばれたのである。さぞ優秀なのだろうと思いきや、とんだ喰わせ者だった。
黙ってヴァイオリンを弾いている分には、兵庫県加西市出身のお嬢様にしか見えないのだが。
番組収録の日、綺良はよく私達1期生の楽屋に遊びに来た。同じ2期生の子達と一通り遊んだので、というのが綺良の弁だった。
来るのはまあいい。だが、ソファの上で仮眠を取っている私の上にいきなり乗っかって来るとはどういうことだ? 私は寝てるんだぞ。オマケに私が体を起こそうとしたら、偶然足が綺良の顔に当たる始末で。
綺良は「何も裸足で蹴ることないのに…」と文句を言っていたが。
―だったら来んなよ!
全国ツアーで宮崎に行った時のことだ。たまたま綺良と同じ部屋になった私が「宮崎って九州なんだよ」と言ったら、綺良は真顔で「宮崎は茜さんの出身地、東北です。仙台があって、雪が降ります」と抜かしたのだった。
私は「違うの! 仙台は宮城県でしょ? 宮城が東北なの!」と訂正したのだが。綺良は「まあ、そういうことにしておきましょう」と、すたすたとバスルームへ歩いて行ったのだった。
…ホント疲れる。
私がイラついているのは、番組の後半で綺良とアーム・レスリングをする企画が組まれていたからでもあった。番組に新2期生が初めて登場した時のことだ。綺良は、特技のヴァイオリンとルービック・キューブ、それにアーム・レスリングを披露したのだが。対戦相手として、柔道二段で空手初段の私が指名されたのだ。
もちろん私は綺良を軽く一蹴したのだが。余程悔しかったらしく、最後に再戦を挑んで来たのだった。
にしても、果し状を持って来た方が試合に遅れそうだとはどういうことだ? まさか巌流島の決闘の宮本武蔵よろしく、私をじらしているとか?
番組収録中、新2期生からのビデオ・メッセージが、スタジオ内のスクリーンに流された。
「私が加入して,最初のシングル曲でポジションが隣になった時に、初めてLINEを下さったのが茜さんで… 凄く嬉しかったです。今でも思い出すことがあります」
「何事にも全力投球で… 美意識が高くて。昔のハリウッド映画の女優さんみたいな茜さんは、私の憧れでした。これからも応援しています」
皆、何て良い子なんだろう。私は深く頷いた。綺良とはエラい違いだ。
そんな綺良が,黒髪ロング・ストレートの間抜けな和風美人顔を、スタジオの扉の向こうから覗かせたのは… 番組スタッフの人達が、スタジオの中央にアーム・レスリングの試合のセットを用意し始めた、お昼過ぎだった。
コロナ予防に透明のマウス・ガードを装着する。薄墨色のジャケットと山吹色のワンピースの袖をまとめて捲り、競技台のエルボーパッドに右肱を載せる。左手で赤のグリップバーを握って準備完了。
番組MCのお笑い芸人さんが綺良に、私に何か言うことはないかと促した。綺良は「茜さんは本当は強くなくて、根性だけだと思うんですよ。だから、力でねじ伏せたいと思います」と、澄ました顔で言い放った。
MCの人の言葉を待たずに私は、「今何か凄い言われましたけれど。最後なんで絶対勝ちます♪」と、片手でピースサインをして笑顔で言い返した。
互いの手を組み合わせ、拳一個分だけ顔を離して向かい合う。MCの人の「Ready… Go!」の声で、試合開始。綺良は左手で青のグリップバーを握ると、両足を床から浮かせ、私より7cm低い157cmの身体の全体重を、右腕に掛けて来た。
片足を浮かせる分には構わないのだが、両足は反則である。私は溜め息を吐いて首を振ると、あっさり綺良を捻じ伏せたのだった。
番組収録を終えた後、卒業祝いのポインセチアの花束をMCのお二人から受け取った。花言葉は「聖夜」、「祝福」。そして「幸運を祈る」だ。
スタジオから出ようとした所で、グループ担当の女性マネジャーの人に呼び止められた。
神戸・南京町にある、創業106年の老舗の豚饅頭店「老祥記(ろうしょうき)」の袋を渡された。まだ微かに暖かい。地元では行列が出来る程の、人気の豚饅頭だと聞いたことがあったが。何でまた?
綺良が買って来たのだった。
マネジャーさんの話では、私が卒業する前に一度、小さい頃から食べていて大好きな豚饅頭を、私にも食べて貰いたくて… 今朝、新幹線で神戸まで行って買って来たとのことだった。
通販でのお取り寄せをしていないからだそうだが。
番組収録に遅れて来たのはそれだったのかと、漸く合点がいった。
―だったら言えよ!
中に雑に折り畳まれた紙が入っていた。丁寧に拡げて目を通す。慣れない万年筆の文字がたどたどしく並んでいた。
茜さん
あと何回一緒にステージ立てるかな
あと何回ギューっできるかな
あと何回おそろいの髪型出来るかな
そんなことを考えながら、最近はずっと過ごしてました
無責任に何度も引き止めてしまってすみません
口では突き放した風に言われるけど、
茜さんの近くにいると安心しました
もっと一緒にいたかったです
いろいろと気にかけてくれて、ありがとうございました
何も恩返し出来なくて…
可愛い後輩でなかったと思います
ごめんなさい
綺良
「…あのバカ!」
ポインセチアの花束をマネジャーさんに押し付けるようにして渡すと、私は局内の廊下を駆け出した。どうしても綺良に言ってやらなければ気が済まなかったのだ。
1日10時間以上に及んだ握手会で、もう歩きたくないと駄々をこねた綺良を、楽屋までおんぶして上げたことが思い出された。
「どこの誰が後輩だって?」私は紙を握り締めた。
「妹でしょーが!」
アナと雪の女王 すーぴーぱんだ @kkymsupie
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