俺とユカリと乾燥わかめ
水城透時
俺とユカリと乾燥わかめ
窓の外を流れる街灯の明かりが、夏の夜にちらちらと揺れていた。遠くに山の輪郭がくっきりと浮かぶ。窓を少しだけ開けると、涼しげな夜風が車内に流れ込んできた。エアコンの空気と混ざって心地いい。
車内にはお気に入りのポップス。俺のプレイリストだ。助手席のユカリは、曲に合わせて足先でリズムをとりながら、窓の外をのぞいている。
「なんか、ちょっとドキドキしてきたかも」
ユカリが笑う。黒い山のシルエットが、ヘッドライトの先でぬるりと浮かび上がっていた。
「ねえ、ちょっとスピード落ちてない? 道、見えてる?」
ユカリが助手席からのぞき込んでくる。俺の腕をチョンと指先でつついたあと、すぐに引っ込めた。
「見えてるって。夜の山道はこんなもんだよ。ホラーっぽくていい雰囲気だろ?」
冗談めかして返すと、ユカリはふっと笑った。視線が重なって、ちょっとドキッとする。俺はすぐに前を向いた。運転に集中しなければ。
後部座席では、リョウとナツミがくっついてふざけ合ってる。ほぼカップル状態だ。
「おーい、ナビ合ってる? 旧○○小、そろそろでしょー?」
リョウが窓から顔を出して、暗い道を指差す。
「マジで出るのかな、赤い服の女。出てくれなきゃ、今日のメインイベント台無しだぞ」
「てか、昼の海で思い出作りすぎて、もう満足しちゃったんだけど?」
「いやいや、これがメインイベントだっての」
夏の夜、友達とドライブ。夢のような時間だった。
この車は、2年かけてバイト代を貯めて買った中古の軽。小さくても、俺たち4人には十分だった。昼は海で遊び倒し、夜はSNSで話題の心霊スポットで肝試し。数日おきに誰かが忍び込んだと報告している人気スポット。それが今日の旅の締めくくりだ。
でも、俺にはもうひとつ目的があった。
今日一日で、ユカリとの距離を縮めたい。
ここまでは順調だった。助手席に、ユカリの方から乗ってきてくれたのだ。これだけでもう、今日の目標の半分は達成したようなもんだ。
車を買ってよかった。本気でそう思った。これまで俺が買った一番の高級品は、大学生協で買ったパソコンだった。でもあれは、親からの入学祝いでもらった金で買ったやつだから、もちろん俺の金ではあるんだけど、自分の買い物とはちょっと言いづらい。もちろん俺の金であることに間違いはないんだけれど、まあ、気持ちの問題だ。
だから、この車は特別だった。バイトを詰めて、ちまちま貯めた金でようやく手に入れた“俺のもの”。俺の金で買った、俺だけのもの。俺の私有財産。国家による保護。
夏休みに間に合わせたかったから、節約は極限まで突き詰めた。最後の方なんて、食事は乾燥わかめだった。水で戻さず、そのまま食べる。これが案外いけるんだ。腹の中で勝手に膨れるし、保存も効く。安売りの時にまとめ買いしておけば災害時にも安心だ。もっとも、分量には注意が必要だ。俺はちゃんとその辺のこと計算してたから大丈夫だけど、真似しないでくれよな。
しかも、食事時間まで浮く。乾燥わかめって噛むだけだし、携帯にも便利だから、いつでもどこでも食える。どこだってレストランなんだよ。小腹が空いたら口に放り込む。なんならその辺のやつに売りつけてもいい。乾燥わかめはいくらあっても困らないからな。
乾燥わかめのおかげで食費も時間も浮いて、シフトもたくさん入れられた。金使ってるはずなのに、逆に金が増える。不思議だよな。これはもう財テクってレベルじゃない。錬金術だ。下手すりゃ、いやいや上手くすりゃ、ノーベル賞まで見えてくる。経済学賞か、化学賞か。わかってる。同時受賞は欲張りすぎって言いたいんだよな。でも、そんなささやかな夢くらい、見たっていいじゃないか。それは俺の自由のはずだ。
ノーベル賞を取ったらスウェーデンの授賞式の場で、ユカリにプロポーズするつもりだった。喋る機会があるのか不安になって念のため調べたら、ちゃんと記念講演の場があるみたいで安心した。
でも、そのためには、まずはユカリにプロポーズできる関係にならないといけない。順序って大事だろ? いくらノーベル賞受賞者とはいえ、単なる男友達からいきなりプロポーズされても困るよな。ノーベル財団から、「コングラッチュレーション!」なんて電話がかかってきてもさ、時差もあるし、多分夜中だよ日本は。起こしちゃ悪いし、ユカリの寝起きが悪かったら――寝起きが悪いかは知らないし、知れるような関係には是非なりたいところだが――とにかく寝起きが悪かったら怒って振られてしまうかもしれない。そのためには、授賞式どころかその後の記念講演の様子までリアルタイムで見守ってくれるような間柄になる必要がある。だから、まず車を買った。あれ? 順序合ってるか? とにかく、何事も一歩ずつだ。
で、今こうして、ユカリが隣にいて、笑ってくれてる。その笑顔を見た瞬間に思った。100万ドルの笑顔って、きっとこういうのを言うんだろうなって。諸経費込みで59万9000円出した甲斐があったものだ。
「お、あれ……見えてきたかも」
リョウがフロントガラスを指差す。道の先、ハイビームの光に、歪んだ鉄の門と校舎らしき影が浮かび上がった。
「……本当に、あるんだね」
ユカリが小さく呟いた。どこか、息をのむような声だった。
校門横の空きスペースに車を停める。エンジンを切った途端、虫の声が車内にじんわりと染み込んできた。まるで夜そのものが鳴いているみたいに、音が耳の奥で振動する。
「……すごい音。夏って、こんなに騒がしかったっけ」
ユカリがぽつりとつぶやく。
車のドアを開けると、ムワッとした空気が流れ込み、虫の声が一気に鮮やかになる。湿った風が肌を撫でていき、草むらからはカサ……カサッと、遠くで何かが動くような気配。音も匂いも風も、すべてが昼間とは違っていて、どこか浮き立つような感覚だった。
「うへ、虫多すぎ……」
ナツミが顔をしかめて懐中電灯を取り出す。リョウは「やっべー、テンション上がってきた!」と一人で盛り上がっていた。
「ねえ、あの噂覚えてる? 赤い服の女ってさ、音楽室に出るって——SNSで誰か言ってた」
「音楽室って、たしか最上階じゃね?」
「場所わかんの?」
「さあ? とりあえず上に行ってみればあるっしょ」
リョウとナツミはさっさと二人で先へ進んでいく。対照的にユカリの足どりは重かった。
「私、こういうの……ほんとはダメなんだよ。めっちゃ怖がりだから」
その横顔に、少しだけ緊張の色が浮かんでいた。
「俺がついてるだろ」
軽く笑って、そう言ってみせる。
「ほんとに、ちゃんと守ってよね?」
ユカリが、少しだけこちらを向いた。その目に、わずかに期待のような光があった気がした。
「当たり前だろ」
俺はわざとらしく、ちょっとだけ肩をすくめてみせた。
……実を言えば、俺も結構ビビってた。
だけど、それをユカリには見せられなかった。ここで「怖い」とか言ったら、ただの子どもじゃんか。
むしろ、「余裕ある男」って思われたかった。俺はそういう男でいたかった。
心臓が、さっきからほんの少しだけ早い。いや、平気だって。大丈夫。見せかけでもいい。俺は、カッコ悪いとこなんて見せない。そもそも幽霊なんて出るわけがない。
二人に追いつき、俺たちは階段へ向かった。けれど、扉は閉ざされていた。鉄の扉にぶら下がった南京錠が、軽く揺れていた。リョウが冗談まじりに「マジかよ」とぼやくのが聞こえた。ナツミは廊下の逆側を指して、まだ行けるルートがある、と言う。
そのまま方向を変え、別の階段を探す。旧校舎独特の湿った匂いと、埃っぽい空気がじわじわと肺に染み込んでくる。曲がり角の先、防火シャッターが降りていた。金属板が床までぴたりと閉じていて、触れても重くて動かなかった。
また笑い声が漏れる。行き止まり続きに、少しだけテンションが上がっているのがわかる。まるで探検の途中みたいだ、という誰かの声に、皆が軽く笑った。
次は渡り廊下を越え、旧館のほうへ。足元の板が軋むたびに、ナツミが小さく身をすくめるのが見えた。
どの扉が開いているかもわからないまま、一つずつ覗いていく。ここも違うのかよ、とリョウが大袈裟に嘆くたびに、誰かが笑う。
何度目かの曲がり角を曲がったとき、ユカリが立ち止まった。壁のプレートには、かすれた文字でこう書かれていた。
音楽室。
そのドアだけ、わずかに隙間が空いている。ユカリは俺のそばに寄ってきて、心なしか息を詰めているのがわかった。俺も息を詰めていた。
「お邪魔しまーす……」
リョウがややおどけた調子でドアを押す。ギィ、と音を立てて開いた室内は――
誰もいなかった。
「……なんだよ。ビビらせんなよなー」
リョウが肩をすくめる。ナツミも「なーんだ、つまんない」とあくび混じりに言った。ユカリは、ほっとしたように微笑んでいた。その表情がやけに印象に残った。
「まあ、こんなもんだよな」と、俺もリョウに合わせて言ったけれど、たぶん内心、俺の方が安堵していた。
***
もと来た道を戻りながら、異変に気づいた。一階のある部屋に、灯りがついていた。電気は通ってるわけがない。通っていたとしても、さっきまで真っ暗だったはずだ。
「なあ、来たとき、あれ……ついてた?」
「ううん、真っ暗だった」
ナツミの声が、今までになく小さく聞こえた。ユカリが俺のそばに寄ってきて、肘が少しだけ触れた。
「幽霊チャーンス!」
リョウが半分冗談で叫ぶが、その声は明らかに乾いていた。俺たちは顔を見合わせる。言葉にしなくてもわかる。この空気は、さっきまでのふざけた空気じゃない。
「行こうぜ!」とリョウが言った。
嫌だ。行きたくなかった。でも、ユカリの前で臆病な自分を見せたくなかった。「仕方ないな、ついて行ってやろうぜ」と冷静な自分を演出する。
俺たちは、明かりのついた教室の前に並んで立った。カーテンは閉め切られていて、中はまったく見えない。
「……なんでカーテン閉まってんだよ……」
リョウがぼそりと呟いた。俺がそっとドアを引いてみる。鍵が、かかっていた。
「……誰か、いるの?」
ナツミの声が震えていた。何も返事はない。ただ、廊下の空気が重く、じっとりと肌にまとわりついてくる。
「ねえ、もう帰ろうよ」
ユカリが俺の袖を掴む。ドキリとした。
「大丈夫だよ。ここまで来たらさ、見届けようぜ」と俺は言った。
俺たちは教室の外側にまわりこむ。窓が見える方へ。
月明かりが、古びた校舎の外壁を照らしていた。草が生い茂る通路をそろりそろりと進む。足音が、自分たちの心音と重なって聞こえる。
「……あった。あの窓だ」
俺は懐中電灯の光を絞って、窓ガラスにそっと当てた。
その瞬間、俺の背筋が、凍った。
「……いる」
教室の中。ロッカーの前に、誰かが立っていた。
赤い服の、女だった。
全身が、赤い厚手のコートに包まれている。真夏とは思えないほど重たそうな、生地の厚いロングコート。だが、おかしかったのは、それだけじゃない。
赤い服の女は、顔をロッカーの中に突っ込んでいた。まるで自分の頭を押し込むように。そしてその両腕を――
ぶらぶら、ぶらぶら、ぶらぶらぶらぶらぶら……
前後左右に、信じられないスピードで振っていた。
「ひっ……!」
ユカリが短く悲鳴を上げて、口を押さえた。リョウが「なんだよあれ……」と呟く。ナツミは目を逸らして震えている。
俺は、目が離せなかった。目の奥に、その動きが焼き付いて離れない。あれは、絶対に“人間”の動きじゃない。
「逃げろ!!」
誰かが叫んだ。たぶん、俺だった。俺たちは一斉に踵を返し、校舎を飛び出した。
その瞬間、誰かが、俺の腕を掴んだ。
「うわっ、やめろ!」
反射的に、思いきり振り払った。突き飛ばすような力が入ったのが、自分でもわかった。
振り返らなかった。ただ走った。全力で、無我夢中で。喉が焼け、視界が滲み、背後で何かが追ってくる気配に追われながら。
「車……! 早く、早く!!」
そのときだった。
「おい!!」
背後から、リョウの怒鳴るような声が響いた。
振り返った先、ナツミが地面に座り込んだユカリを支えていた。リョウが俺を睨みながら、ユカリの反対側から手を貸していた。ユカリは膝を抱えたまま、顔を伏せている。泥が、髪についていた。
俺は、何も言えなかった。喉が、さっきまでの恐怖とは違う理由で痛かった。
3人がゆっくり近づいてきた。ユカリは顔を上げなかった。ナツミは目を合わせようともしなかった。誰も口をきかなかった。俺も動けなかった。ただ、視線を落としたまま、彼らを待った。
「……行こうぜ」とリョウが言った。
俺は頷くしかなかった。歩き出す直前、俺はたまらず、ユカリの方を向いた。
「……ごめん。さっき……ほんとに、悪かった。パニックになってて……」
自分でも情けない声だった。どこか言い訳がましくて、けれど、それでも言わずにはいられなかった。ユカリは立ち止まり、少し間を置いてから、ぽつりと呟いた。
「……もういいよ」
その声は、まっすぐだった。冷たいほどに。そしてそのまま、俺の目を見ようともしないまま、歩き出した。それ以上、何も言えなかった。全員が黙ったまま、車へ向かって歩き出す。そして、ほんの数歩先で――
「な……なんだよこれ……」
リョウの声が震えていた。俺たちは顔を上げ、次の瞬間、同時に息を呑んだ。
フロントガラス。助手席の窓。サイドミラー。リアウィンドウ。
全部に、手の跡。大小さまざまな手形。子どものように小さいものもあれば、指の異様に長いもの、まるで掌だけのようなものまで……不気味なバリエーションが、車を覆っていた。
「……割れてる……窓が割れてる……」と、ユカリが呟いた。見れば、後部座席の窓ガラスが割れていた。
急いで乗り込み、車を発進させる。アクセルを踏む足が震えて、うまく踏めない。早く。早くここを離れないと。
俺たちは、言葉を交わすこともできず、ただ黙って山道を走り続けた。ようやく高速道路に出たとき、誰かが小さく息を吐いた。
そのときだった。
「……ねえっ……!」
ナツミの震える声が、後部座席から響いた。
「なに……これ……っ、髪の毛……髪の毛が……!」
振り返ると、車内のあちこちに、シートの隙間、ドアの内側、天井にまで、長い黒髪がへばりついていた。
乾いているのではない。湿っている。重く、ねばつくように。俺は反射的に手を伸ばして払った。その手の中に、頭皮ごと抜けたような毛根が引っかかっていた。
「なんだよ……これ……」
誰も何も言わなかった。ただ、無言のまま、真夏の深夜を走り続けた。
***
朝。目が覚めたとき、体が重かった。夢じゃない。昨日のことは、全部現実だった。
あの後、みんなをそれぞれの家まで送り届けた。ユカリはナツミの家に泊まるということだった。二人をナツミの家に送り届けた。ナツミは静かにドアを開けて、後部座席から荷物を持ち上げた。
「運転ありがと。おつかれ」ナツミは微かに笑った。
ユカリは、その隣でドアを開けたまま、俺の方を見ずに言った。
「……ありがと」
その声は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。
俺は何も言えなかった。ただ、運転席に座ったまま、彼女たちの背中を見ていた。ユカリは一度も振り返らなかった。
ユカリとナツミを見送ったあと、車内には俺とリョウだけが残った。しばらく、沈黙。
「……ま、ドンマイだべや」
リョウが気安く言った。視線はフロントガラスの先に向いたままだった。
「次はさ、もっと明るいとこ行こうぜ。遊園地とか、夏フェスとかさ。せっかく車買ったんだしよ。俺、掃除も手伝うって。窓、マジでエグかったしな。また乾燥わかめ食って金貯めてさ。リベンジしようぜ」
軽く笑いながら言ってくれたその声は、優しかった。でも俺は、うまく返せなかった。何か言おうとしたけど、喉がつかえて出てこなかった。ただ黙って頷くだけだった。
励まそうとしてくれてるのに、まともに返事もできない自分が、情けなかった。
リョウを送り届け、家について、風呂にも入らずにベッドに倒れ込んだ。何もかも忘れたかった。そのまま眠った。悪夢を見たのは確かだが、起きた時には思い出せなかった。
起き上がる気になれず、布団の中、ひとり息を潜めながら、胸の奥で後悔が蘇ってきた。
——俺は、ユカリを突き飛ばした。
せっかく距離が縮まったと思っていた。車に乗ったとき、笑ってくれていた。
「ユカリと仲良くなる」ために計画した夜だったのに。
なんでこうなった? 俺は、何をやってるんだ? もう、ユカリとは……元に戻れないかもしれない。後悔と自己嫌悪で頭がおかしくなりそうだった。
気を紛らわせたくなり、テレビをつけた。無音の部屋に、キャスターの声が染み込んでくる。
しばらくして、画面下にニュース速報が流れた。俺は見覚えのある景色に、息を飲んだ。
「昨夜未明、○○県山中の旧○○小学校で火災が発生しました」
映し出されたのは、俺たちが忍び込んだ、あの学校だった。焼け落ちた校舎の映像。火に炙られた鉄筋。黒く焦げた屋根。
「さらに焼け跡からは、一人の遺体が発見されました」
遺体? 幽霊じゃなかったのか……? じゃあ、あれは……。
「遺体の損壊が激しく、年齢や性別などは不明」
もしかして、あれは、死体だったのか。
「警察は現在、身元の割り出しを急いでいます」
あの異常な動き。あれは、仕掛けだったんじゃないか? 分厚いコートの下で、機械か何かで腕を動かされていたとしたら。
「出火原因は不明ですが、放火の可能性も視野に入れて捜査が行われています」
ひょっとして、全て周到な計画だったのではないか?
何者かが、被害者の女性を殺害する計画を立てた。しかし、普通に殺したのでは自分に繋がる恐れがある。
そこで、事前にSNSで噂を流して、あの学校を心霊スポットに仕立てあげたのではないか?
俺たちのような肝試し客が定期的に訪れるように仕掛けたのだとしたら?
「付近の防犯カメラに現場から逃走する不審な車両が映っており」
……そんなバカな話、あるはずない。でも、もし仮に、そうだったとしたら……。
俺たちが廃校舎を探検している間に、車に手形をつけ、窓ガラスを破った誰かがいたのではないか?
音楽室までやたらと遠回りせられたのは、その時間を稼ぐためだったんじゃないのか?
幽霊の仕業に見せかけて、パニックになった俺たちはそいつの思惑通り逃走した。
そいつは、俺たちが逃げ去った後、死体を動かした仕掛けを悠々と回収できたはずだ。
そして、死体ごと校舎を燃やし、自らの犯行の痕跡を跡形もなく消し去ることもできたに違いない。
「警察が何らかの事情を知っていると見て、行方を追っています」
車に残っていたあの毛髪。
あれは真犯人が窓ガラスを壊した時、俺の車にばら撒いたものなのではないか?
被害者の毛髪を。殺人の証拠を。
いや、ありえない。落ち着いて考えろ。この犯行には無理がある。俺たちが廃校に辿り着いてから殺害していては、いくら何でも間に合わない。
しかし、本当にそうか? 学校も休みになり、肝試し客が現れそうな時期だ。現に、SNSでは数日おきに誰かが忍び込んだと報告している。だとすれば先に殺害しても、問題ないんじゃないか? どうせ死体は焼いてしまうのだ。数日のずれは問題にならないかもしれない。正確な死亡日時を割り出すことなどできるのだろうか?
俺は思わず立ち上がった。そのときだった。
「ピンポーン」
インターフォンが鳴った。
(終)
俺とユカリと乾燥わかめ 水城透時 @wondersp
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