全長70mの人骨!?人生で一度は見に行きたいアメイウルス・ラディオデュランス標本(あるいは、存在しない私たちについて)
既知のツンドラ
最終更新日:32025年3月29日
福音合意体東方領域エデン市は、歴史的価値のある古い建造物群と豊かな海産資源が魅力の街。ですが中心街から離れた静かな海岸の傍に、高さ80メートルもある巨大な六角柱型の塔があることはご存知でしょうか?
近づいてみると、その大きさは圧巻です。入り口の手前まで来ると、首が痛くなるほど傾けなければその全容を見ることはできません。この建物は一体何のために造られたのでしょうか?
アメイウルス・ラディオデュランス標本庫は、その名の通りアメイウルス・ラディオデュランスと呼ばれる生物種の骨格標本を保管する目的で造られた建造物です。標本庫としては珍しく、一部のエリアを除いて一般公開されています。今回は管理者であるケルビム博物館から、普段は入ることのできないエリアの撮影許可を頂きました。
まずは一般公開されているエリアから、その魅力を紹介していきましょう!中には一体どんな標本が保管されているのでしょうか?
中に入って一番最初に目につくのは、ガラス越しに見える巨大な足の骨。三本指で、どうやら二足歩行型の生物のようです。上を見上げてみると、そこには真っすぐ伸びた足の骨、骨盤、そして肋骨と続いていきますが、その見た目は足の指の数を除けば我々人類とほとんど同じのようです。そう、この巨大な人骨のような骨格を持った生物こそが、アメイウルス・ラディオデュランスです。
アメイウルス・ラディオデュランス標本は、32009年に発見されたナマズ目イクタルルス科アメイウルス属の魚の骨で、肋骨の骨が一部欠けていたことを除けば、全身の骨格が綺麗に残っています。この標本は、32015年に新しいアメイウルス属の種Ameiurus Radioduransのタイプ標本として登録されました。アメイウルス属の魚としてはあまりにも巨大であるという点、そして魚というよりはむしろ人間のように見える姿をしているという点が大きな特徴で、現状ではこの一個体のみが確認されています。個体としては、"アダム"という俗称で呼ばれることもあります。
この保管庫は建物の内壁に沿うようにしてガラス張りの廊下が設けられており、一周して標本を360°眺めることができるような設計になっています。廊下は地上と、塔の中央、そして天井近くの三カ所に設けられています。階段で行くこともできますが、これだけ高いと流石に大変……、ということで、エレベーターを使ってそれぞれの階層に移動してきます。
塔の真ん中にある廊下に着きました。ここではちょうど肋骨の下の方、お腹のあたりが一番見やすいですね。上を見上げても顎の骨の裏側が見えるばかりで、アメイウルス・ラディオデュランスの頭蓋骨の全容は分かりません。
廊下にはところどころに解説パネルが設置されています。解説によれば、アメイウルス・ラディオデュランスは我々人類の種としての分化に大きな影響を与えた生物であるとされています。何故なら我々人類が持つ放射線抵抗性遺伝子"rrm"が、アメイウルス・ラディオデュランスからも見つかっているからです。アメイウルス・ラディオデュランスは骨組織の分析によって我々の祖先が生きていた時代の生物であることが明らかになっており、何らかの理由でアメイウルス・ラディオデュランスの遺伝子が祖先に水平伝播した結果、私たちホモ・ラディオデュランスが生まれたとされています。
解説パネルを読みつつ、廊下をぐるっと一周してみました。これだけ大きな、しかも人間にしか見えない骨格を持った生き物がかつてこの地球で生きていたのだ……と想像してみます。なんだが現実とは思えないかもしれませんが、この骨は確かにここにあるのです。
エレベーターホールに戻ってきました。次は最上階です。アメイウルス・ラディオデュランスは、一体どんな顔をしているのでしょうか?
エレベーターを降りると、目の前には頭蓋骨。とてつもなく大きな眼窩に視線が吸い寄せられます。ガラスに近づき、じっくり眺めてみましょう。
がっしりとした下顎、大きな歯……。まさしく私たちの祖先、ホモ・サピエンスの特徴を持った顔です。
魚類であるアメイウルス・ラディオデュランスが人間に似た骨格を持つようになった理由は、ほとんど分かっていません。ですがアメイウルス・ラディオデュランスが私たちに新しい遺伝子を与えたように、ホモ・サピエンスもまたアメイウルス・ラディオデュランスの姿に大きな影響を与えたことは確かです。二つの種は、互いに変化をもたらす関係だったのです。
このような大きな骨格標本を見るだけでも価値のある体験ですが、冒頭でもお話したように、今回は特別にお見せしたいものがあります。
それは、塔の地下に保管されているといいます。同行いただいた研究員の方と一緒に、エレベーターで最下層へと向かいます。
地下にある小さな部屋に保管されていたのは、私たちと同じサイズの、ホモ・サピエンスの骨です。通称"エバ"と呼ばれています。エバは不思議なことに、アメイウルス・ラディオデュランスーーアダムとそっくり同じ顔をしているといいます。この骨が見つかったのがアダムの胃がある辺りの場所だったことから、当初エバはアダムに捕食されてしまった人物なのではないかと言われていました。しかし顔の骨格を詳しく調べてみたところ、同じ遺伝子を持った人物としか言えないほどよく似ていることが分かったそうです。現在ではエバはホモ・サピエンスではなく、アダムのーーアメイウルス・ラディオデュランスの胎児であるとする説が有力ですが、胃の周辺で発見された理由など、説明できない謎は多数残されています。
最後に、同行していただいた研究員の方が、興味深い話を教えてくださいました。
生物の種が正式に登録されるためには、まず種の定義の基準となる標本を決定する必要があるそうです。つまり現在私たちが種として認識している生き物には、ホロタイプ標本と呼ばれる種の特徴を定義する一つの標本が存在しているはずです。では私たちホモ・ラディオデュランスのホロタイプ標本は「誰」なのかというと、実は分からないのだそうです。分子分類学が発展する過程で、本来一つだけであるはずのホロタイプが複数指定された結果、定義が曖昧な状態になってしまった……というのです。
全長70メートルもある巨大な人骨は魚のタイプ標本として登録されていて、私たち人間を種として定義づける標本は「誰」なのか分からないまま。人間とは、一体何なのだろう?そんな問いが、ふいに頭をよぎりました。
さて、今回は福音合意体で発見された謎多き骨格標本についてご紹介しました。実物のアメイウルス・ラディオデュランス標本からは、写真では得られない壮大なスケールを感じることができます。福音合意体へ旅行の際は是非、たった一種の標本を保管するためだけに造られた白い塔を訪れてみて下さい。
全長70mの人骨!?人生で一度は見に行きたいアメイウルス・ラディオデュランス標本(あるいは、存在しない私たちについて) 既知のツンドラ @kichino-tundra
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