第24話 ずっと一緒だから
「タケルが元の世界に戻った後、ぼくの魂は、力を使い果たして、消えかけていたんぬ」
イトーヌは、かすかな記憶を辿るように、静かに語り始めた。
「温かい光に包まれて、意識が薄れていく中で……まるで、冷たい暗闇の中を彷徨っているような感覚だったんぬ」
イトーヌはその時の感覚を思い出したのか、ぶるるっと身震いする。
「でも、その暗闇の中で、目の前にかすかな光が見えた気がしたんぬ」
イトーヌがそのかすかな光の方へ、引き寄せられるように意識を向けると……目の前に、小さなホワイトライオンのぬいぐるみ、ライの姿があった。
「タケルのために、最後までよく頑張ったね」
突然のライの登場に驚きを隠せないイトーヌ。イトーヌは、ライの姿が以前サーカスで見た威厳にあふれたホワイトライオンの姿ではなく、父親がタケルにプレゼントした時のぬいぐるみの姿になっていることに怪訝な表情を浮かべる。
「どうして、君がここにいるんぬ……? 体がすごく小さくなったようんぬけど……」
イトーヌは、思いがけない再会にわずかに声を震わせながら、不安げにライに問いかけた。
ライは、温かい目でイトーヌを見つめ、優しい声で答えた。
「ぼくは、記憶の倉庫番なのさ」
ライは、イトーヌを見つめながら、静かに説明した。
「タケルたちがこの異世界に来てから、あのサーカスでの試練も、その後も、ぼくはずっとこの空間で、そっとみんなのことを見守っていたんだ」
そして、イトーヌが勇気を振り絞って、大好きなタケルのために犠牲になるという決断をした時、ライもまた、心の奥底で一つの決断をしていたのだと言う。
「ぼくはね、あの暗いサーカスの中で、タケルたちみんなの勇気や、温かい友情、そして辛い決断を見てきたんだ。ずっと、ず〜っとね」
そう言って、ライはそっとイトーヌの側に来て、その小さな前足を、同じく小さな前足で優しく握った。
「タケルはすごいよ。温かい心を持った、強い子だ。でもね、イトーヌ。タケルには、これからも助けが必要だと思うんだ。それこそ、イトーヌ。君のような、昔からの信頼できる親友が」
そう言うと、ライの体がかすかに光を帯び始めた。
「ぼくにはね、記憶の倉庫から、記憶の持つ力を引き出す能力があるんだ。温かい思い出や、固い決意の記憶の力を、ぼくの体に取り込むことで、色んな力を使うことができるんだ」
光が激しくなると、ライの姿は、サーカスの試練で会った時のように、威厳のある大きなホワイトライオンの姿へと変化した。
「この力でイトーヌ、君を元の世界に送り出すよ」
そう言ってライは、大きなライオンの姿でニコッと笑いかけた。
「記憶の力で元の世界に行けるんなら、ライちゃんも一緒に行けばいいんぬ!」
良いことを閃いたとばかりに、イトーヌが目を輝かせて言った。
「それは……残念だけど無理なんだ」
少し悲しそうにライが俯く。
「記憶の力を使ってしまうと、ぼくの記憶も一緒に消費されてしまうんだ……。だから、多分君を元の世界に送り出せば、ぼくは君やタケルや元の世界のことを忘れてしまうと思う……でもね、それでもぼくはタケルの助けになりたいんだ。タケルは、ぼくにたくさんの思い出をくれたから。これがぼくにできる、タケルへの最後の贈り物なんだ!」
ライは決意に満ちた目でイトーヌを見た。イトーヌはそんなライを悲しそうに見返したが、ライの瞳から、決意の強さを感じたイトーヌには、その行為を否定することはできなかった。
「ライちゃん……ありがとう!」
イトーヌが、目に涙を浮かべながら、感謝の思いを込めてライにそう伝えると、ライの体から激しく放たれる光は明るさを増し、イトーヌの視界は真っ白に染め上げられた。
「イトーヌ、タケルをよろしくね。さようなら……」
ライの呟きを最後に、イトーヌの意識は光の中に溶けていった。
「それで、気が付いたら、ここにいたんぬ……」
経緯を語り終え、イトーヌがタケルにそう言うと、タケルの心は、自分のために犠牲を払ってくれた、ライへの感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
「タケル! お父さんやお母さん、それからスナちゃんやライちゃんやシパラ。みんなの分まで、いっぱいいっぱい幸せにならなきゃダメんぬ! 困ったことがあったら、ぼくがタケルを助けるから!」
イトーヌの純粋な瞳は、かすかに涙で濡れているように見えた。タケルは、固い決意を込めて強く頷き、そっとイトーヌの小さな体を、再びしっかりと抱きしめた。
次の日の朝、タケルは朝早く目を覚ますと、温かい朝の光が差し込む台所にいる祖父母に、以前の悲しさなど微塵も感じさせない、元気な声で挨拶した。
「おはよう!」
祖父母は、父親を失って以来、陰鬱な影を背負っていたタケルの以前の様子と、今の活き活きとした輝きを帯びた姿があまりにも違うので、驚きを隠せない。それでも、孫の元気な様子に、二人はそっと胸を撫で下ろすのだった。
朝食をしっかりと食べ終えたタケルは、仏壇の前に座り、目をつぶって手を合わせた。
「父さん、母さん。頑張るから、ずっと見守っててね」
目を開け、仏壇の父親と母親の写真を見ると、二人の顔がタケルに微笑みかけているように見えた。
「行ってきます!」
使い慣れたランドセルを背負い、温かい陽の光の中へと元気よく家を飛び出すタケル。玄関を出るとふと庭の隅に目を遣るタケル。その視線の先には、あのおもちゃ箱がある物置小屋が見える。
「スナ、ライ、シパラ。行ってくるね!」
そう言って学校へ走り出すタケル。タケルが背負うランドセルの隙間から、真っ白な小さな耳が、ピョコンとかすかに顔を覗かせているのが見えた――。
(完)
さよなら、僕の白い友達 西東キリム @kirim9
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