大学入試について
島尾
入試問題
私と大学入試の関係を書くと、1年の浪人期間を経て某大学工学部に受かった者であり、その8年後に退学した者である。なので、この私を僅かでも不審者だと感じた受験者は今すぐこの文章から離れなければならない。
あれから11年が経とうとしている。書けばかなり昔である。しかしあの経験は昨日のことのように思い出せる。それだけ強烈な、衝撃の強い、人生を良くも悪くもかき乱す、大きな事柄である。
さっき、私は東大数学(2006年)の
x^3 + y^3 + z^3 = xyz
を満たす正の実数x,y,zは存在しないことを示せ
という問題を、座椅子にダラダラ座りながら、因数分解やmod2で場合分けやその他ごちゃごちゃとやっていて、結局は解けなかった。まず背理法を使うという作法に従うことだけは分かったが、私の脳髄はそれまでということだった。解答を見れば、上の式を満たす実数が仮に有るとして、その3つの数の大小関係が必ずあるわけだからそれを設定して、馬鹿馬鹿しいほど当たり前の事実を使って容易に解けるということであった。具体的には、a ≦ b ≦ c (3つとも正の実数)という大小関係を己の脳味噌で設定することから始まる。2 、3、 8 などという感じだ。無論のこと2×3×8は8×8×8より小さい。これを言葉にすると、3つの数のうちの最大のものを3回かけた数の値は、最小と真ん中と最大をかけたものの値より大きい。記号にすると
abc ≦ c^3
である。そして問題文の式に代入するとa^3 + b^3 + c^3 = abcなわけだから、
a^3 + b^3 + c^3 = abc ≦ c^3
a^3 + b^3 ≦ 0 …①
a,bは正なので①は不成立。
と、矛盾を導けたということだった。
私が言いたいのは、「だからどうした」ということだ。そのことを考えつくことは良いことである。しかしそのことを考えつかなければ人生が掻き乱されるというのは、いかがなものか。たかが、「2はマイナスじゃないから」的なことをつらつら書いただけではないか。
入試問題で全問正解したとして、その人が天皇のように祀りあげられて、その人の人生が超ハッピーになるだろうか。現実にフッと目をやると、ただ何も変わらない部屋の風景が有るだけだ。机、椅子、布団、床、壁、羽虫だらけの電灯。入試問題が解けたとき、まわりに誰もいない。もしそうだとするならば、これは、ひとえに虚無だと思う。
そういうことをぜひとも高校生や浪人生には頭に入れておいて頂きたい。それを忘れてしまった私は、8年を棒に振った(厳密にはそうではない。その長期間で経験した様々な事柄はきわめて貴重である。詳細は別の私の作品をご一読願います)。しかも11年を経た今でさえ、上のような、一回分かれば本当につまらない問題に対して抑うつ気分を抱きながら、糞みたいに悔しがっていたのである。
ここで、入試なんか本当にやっている場合かと問いたい。食料自給率、所得格差、精神病など、私たちの身を滅ぼしうる事柄がたくさん存在している。入試問題にばかり目を向けて、やっとこさ首痛のために顔を上げたら、荒れ果てた世界が広がっている。オアシスもあるが、そこには権力者と富豪がたむろしていて近づくこともできない。入試問題に明け暮れて、人参一本作る術も材料も土地もない。いつしか安い賃金でこき使われるバイト君になっていて、本当にやりたいことが何なのか考える暇もない。それどころか安眠することすらままならない。など……
私たちは少なくとも人間である。では、人間らしいこととは何だろうか。ここですぐに思い至る当たり前すぎる事実とは、人それぞれ違うということだ。よって先ほどの命題は即座に、私らしいこととは何だろうか、とか、内田さんらしいこととは何だろう、とか、しょうご君らしいこととは何だろう、とか…… すなわち自他を認識して、その双方に対して意味を考えることだ。そこから始まる。決して入試問題から始まる有意味なことは無い。意味があると感じても、それは天空の城のようなものだ。地盤、すなわち人間らしいこととは何か考えることを抜きにして、どんな高尚な思想も、逆に果てしなく腐ったタコ踊りも、有意味になるものか。10代の時期に、本来入試勉強などやっている場合ではない。無意味な一人旅から意味を見いだすような経験を積むのが良いのではないかと個人的に思っている。
昨日タリーズで、小学生がプリントに対峙していた。その前方にいた母親は、自己啓発本を読んでいた。この光景に私は目をつぶりたくなった。今、入試で育った高所得者が父親・母親の役割を担っている。そういった親たちが、自分の子供をどんな方法で人間の道へ導くのだろうか。
大学入試について 島尾 @shimaoshimao
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