仏教

山川タロー

第1話

 毎朝南無妙法蓮華経を唱えながらジョギングをすることが日課になっている。母親が生前南無妙法蓮華経を毎朝唱えていた。その姿を思い浮かべながら毎朝走っている。私は仏教を信仰しているわけではない。しかし仏教の開祖であるゴータマ・ブッダの教えに興味があり初期仏教の経典「スッタニパータ」の解説本を読んだ。それによると当時インドではバラモン教が主流であり仏教はその対立軸としてゴータマ・ブッダは説いたのだという。バラモン教は強烈な階級制である「カースト制」を説き、生まれ変わりもその「カースト制」を正当化するために考えられた思想であった。ゴータマ・ブッダはその階級制を否定し人は皆平等であると説いた。生まれ変わりについては否定することも肯定することもない「中道」の姿勢を保ち、過去や未来に対して判断を停止するという姿勢を保っていたと考えられる。ゴータマ・ブッダは、この世でどう生きるべきか、このことに集中すべきであると説いた。仏教はその後広まっていく過程で生まれ変わりの思想が加わって日本の仏教においては生まれ変わり思想が仏教だということになった。このことは日本の中学道徳の教科書にも示されている。

 教育出版の「中学道徳1」27「よく生きること、よくいう死ぬこと」の中で中学一年の女の子に「人生は何回あると思う?」と著者が質問するくだりがある。女の子は案外すぐに返事をせずしばらく悩んでいたという。その部分を抜き出してみよう。

「宗教観によっても考え方はいろいろあります。「今度生まれ変わっても、また結婚しようね」という仏教的な思想もありますから人生は何度も与えられるものと考えることができます。しかし、キリスト教的思想では、人生は一度しかありません。彼女に、「人生は一度だけ」とキリスト教的な考え方で言い切ると、びっくりした顔になりました。そして十三歳の彼女がこう言ったのです。「一回しかないのだったら、もっと大切に生きてくればよかった」と。後悔の念でしょげているその姿を見て、十三歳でも一回勝負の人生の重み、尊さは理解できるのだと思いました。たった一度の人生だからこそ、どう生きることがよい死につながるのかを、考えめぐらすことは、私たちにとってとても大切な課題です」

 この著者はつまり、生まれ変わりの仏教思想を否定し、人生は一度きりというキリスト教的思想を肯定している。ここで思うことは、日本国憲法で信仰の自由が保障されているにもかかわらず特定の宗教(キリスト教)の思想を十三歳の少女に押し付けていいのかという問題があること。もう一つは前述したように、仏教の開祖であるゴータマ・ブッダは「現実、現在」に焦点を絞って生まれ変わりについては肯定も否定もしていないことである。仏教=生まれ変わり思想であるという誤った考えを公立の中学校の教科書に掲載している点ははなはだ問題である。

 生まれ変わりについて、私はこう思うである。間違いのないことは母親のDNAが私ので生き続けている。実際には私の細胞も消滅と生成の繰り返しの中でDNAは生き続けている。その細胞も時が経てば完全に息絶え分子に分解される。しかしその分子はまた形を変え新しい生命として生き返るのである。或いは自然の一部を構成するのである。当然のことながら以前生きていた時の記憶は消滅する。しかし母親は私の体の中にDNAという形で存在する。母親の記憶はない。あるのは私の母親に対する思いだ。母親だけではなく山川家の先祖たちに対する私の思いが存在する。だから私は先祖を敬い山川家の先祖たちを弔いたいと思うのである。

 妙法蓮華経は物語である。毎朝走りながら妙法蓮華経を唱えている。特に意味はない。母親が毎朝唱えていたから母親を偲びながら妙法蓮華経を唱えている。妙法蓮華経と一緒に般若心経も唱えている。

 般若心経ほど有名な経はないだろう。有名な箇所は「色即是空 空即是色」である。色は物質を表し、空は空間を現している。つまり物質は空間であり空間は物質であるといっている。これは量子理論に通じる思想である。量子理論ではなにもない真空で物質が消滅と生成を繰り返しているという。極端な言い方をすれば、ゴータマ・ブッダは二千五百年前に瞑想によって現代物理学の最新理論を理解していたのである。



 

 

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仏教 山川タロー @okochiyuko

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