Chapter4-5 再び、励起する情熱
第一州、第六都心区域。クライナーシュテルン学園附属の学生寮。ショウはここで一人暮らしをしていた。
部屋を暗くして、ベッドの中でスマホをいじって。それだけの生活がもう三日。
彼の気力はもう、失われていた。原動力である
「さっき彼女にフラレた。この世なんて、もうどうでもいい。さっさと滅んでしまえばいいのに……っと」
ネットに書き込みをする。負の感情の
(僕にとっては、エヌエットが全てだったんだ。生きる意味だったんだ。でも、もう彼女に嫌われているよな。何もかも、終わりだ)
ズキズキと心が痛い。ベルトで締め付けられるように頭が痛い。
死にたくなってきた。僕もう、いいよな。十分頑張ったさ……。
そんな時、一件の通知が鳴った。
「………………エヌエット」
それは、ショウがフォローしていた、エヌエットのSNS公式アカウントからの発信だ。内容は「わたくし今、これだけの書類に埋もれていますわ。色んな意味で、しんどいですわ……それでも! 諦めずにいて……!」 という文章。そして机の上に積まれた書類の画像が添付されていた。
ショウはここに、微かな希望を
(この文章! もしかして、僕の事も悩んでいるのだろうか。いや、もう僕のことなんてどうでもいいって思ってるだろうか……分からない)
……そんな思考の回廊を
彼は何故か立って、部屋を歩いていた。
(なんで動いてんだろ、僕。もう生きていても、なんの意味もないのに)
そうか、お腹が空いたのだ。まずは、欲求の一つ目。腹を満たそう。冷蔵庫を開けた。
買い置きしておいた、お気に入りのコンビニパスタが一個。ショウ曰くベーコン、バター、きざみのりが素晴らしい味のハーモニーを奏でるらしい。
レンジでチンして、テレビをつけ、動画を見ながら食べる。こんな時でも、このパスタは美味しい。
次に欲求の二つ目、がっつりと二度寝。これを一時間。
そしてついに欲求の三つ目。風呂に入り、部屋のカーテンを開けて、煌めく夕日を浴びる。なんと気持ちの良いことか。
「……よし」
決意を胸に、リュックに荷物をまとめる。
どれだけ絶望に叩き落されても。それでも抗って欲求を満たしながら、希望向かって走る。それが、人間というものなのだろう。
「もう一度、公園に行こう。そしてエヌエットと仲直りするんだ……!」
玄関の扉を開ける。誰もいないが、「いってきます」と言葉を残して。
ついでに「今行くよ!」とSNSに投稿を残して。
◇◇◇
夕暮れ時。再び、彼にとって思い出深い海沿いの公園についたショウ。ここなら、絶対にもう一度会えるはず。早速エヌエットを探して全力で走り回る。
「エヌエット! いるなら、返事してくれー! エヌエットー!」
(どうしても、すぐに謝りたいんだ! 僕は彼女の身を案じているようで、本当はただ自分の我儘を通したかったんだって、気づけたから)
いったん立ち止まって、息継ぎ。汗が止まらない。己の必死さに「馬鹿だなぁ」と笑いながら、顔を上げた。すると、海がよく見えるベンチに、人影が一つ。
――ほーら、ウトウトしてないで起きなさい。わたくしの
初めて彼女と出逢った後の、缶ジュースの冷たさをを思い出す。
「ああ、やっぱり僕らは運命的なんだ……!」
そう確信したショウは思わず口元がほころんでしまう。
過去を振り返らず、未来を考えて。「エヌエットより元気に」を意識して声を掛ける。
「ねぇ! エヌエッ――」
「おっ、ショウじゃん。君もこういう所でふらふらしたりするんだ。気が合うね」
ショウの顔がたちまち歪み、深い、深い溜息が出た。
その人影は、銀髪の少年だった。着崩された白い制服。両の手から繰り出されるのはヨーヨーの
――其ノ二、
優秀者とは、セイハ・ライオット。最も他の
「よし帰ろう」
「おい待てって。ちょっとだけでいいから……そう、三十分くらい俺とお話しよう。なっ」
「
「そうか、じゃあ俺のパフォーマンスを見ていけ。だるかったけど、頑張って練習したんだよ。かなり自信ある」
「僕の話は聞いてたのか? キザ銀髪」
セイハは芝生に向かって歩いてゆく。仕方なしにショウはそれについていった。「勝手な奴だなぁ」と
「どうせヨーヨーの自慢だろ? もう見飽きたよ。お前の天才的な
「まぁまぁ。
「ふーん」
芝生の真ん中で、銀髪の少年は振り返る。そして独特な構えをとって……瞳を蛇のように鋭くした。雰囲気が一変。
「刮目して見よ」
手始めに、基本的な技を披露していく。ループ・ザ・ループやロケット。そして徐々に難易度を上げ、ムーンサルトやサイドワインダーへ。一個一個を丁寧に。
「ま、まぁまぁ凄いじゃん。もっと凄い技できないのかよ」
「おっ、言うね。じゃあこんなのはどうかな……っと」
煽られた天才。本気を出した。複合技を披露。二つ、三つと重ねていき、みるみる超人じみていく。だかそこに乱雑さはなかった。技は綺麗に重なり、新しい形を成している。
「でも、確かになんかあの時より上手くなった? あの時はなんとなく凄い、だったけど今は芸術に
「良いとこに目つけるじゃん」
「うわ、うざ」
小一時間、パフォーマンスは続いた。芸術の前に、
「まぁ、やるじゃん」
「あの時、君に負けてから試しにヨーヨーで
「『産まれて初めて努力しました』ってパワーワードすぎるだろ、腹立つなぁ」
顔を
「……あ、そういえばようやく話を聞いてくれるようになったみたいだな。嬉しいぞ」
「それ、言わなくて良かったのに。やっぱムカつくなぁ。やっぱ帰ろうかな」
「どうどう」
「僕は馬じゃない!」
セイハの馬を
「今日はさ、願望実現機構について提案があって引き止めたんだ」
「提案?」
黒髪の少年がつけた疑問符に対し、銀髪の少年は無言で
「……君と共闘がしたいな、と思ってさ」
共闘の申し込み、だった。意外な提案にショウは固まり、目を開く。
「俺の、このとめどなく溢れる感情がそう言ってるんだ。なぁ頼むよ」
深く頭を下げたセイハ。その熱意に対する返答は。
「嫌だ」
非常に冷たいものだった。瞳を鋭利にして低くした声音から、彼の意思は強固なものだろうと分かる。
「ええー。ちなみに理由を聞いてもいいかい?」
セイハは顔を上げ、困ったような表情で頭を
「だってお前は、エヌエットに対して『あんな女』とか言ったから。時効とかは無いよ」
ショウは願望実現機構の予選でセイハに言われたことを根に持っていた。
――あー、しょうもないなぁ。なんでそんな
「あ……」と、呆けた様子で声を出す銀髪の天然。申し訳なさそうに口をきゅっとする。
「あれは……本当にごめん。言葉を間違えたんだ。でもさ、その上で言わせてもらうね」
純粋で真っ直ぐな目をして、セイハは言った。
「もっとさ、自分のために願いを使いなよ。それじゃ彼女のためにもならないと思うぞ」
「………………えっ?」
ショウにとって、その思考は理解不能だった。自分のために願いを使わなければ、彼女のためにならない? 彼女のためだけに自分を使い潰すのが、何故いけないのだろう。彼は首を
「例えば今回のヒーローインタビュー。あれ断れただろ?」
「……いや、あんなん断れるわけがないだろ」
「俺はバックれた」
「通りで優秀者のくせにいないと思ったよ、畜生。お陰で質問攻めにあった」
そういえばマネージャーに「優秀者が欠席でインタビューの尺が長くなるけどごめんね」と言われた。そういう事だったのか、と渋い顔になるショウ。
「……で、それと願いの使い方にどんな関係が」
「なんかあっただろ、ショウ」
「は?」
銀髪の少年は、彼の疲れ切った心を覗き込む。そこに一歩踏み込んだ。
「俺は、君を見て学んでいるから分かる。あ、詳細は言わなくていい。まずは最後まで聞いてくれ」
疑問を飛ばしそうなショウに、
「直接的でなかったとしても、君は俺の行動で傷ついた。そして、大切な人さえも傷つけてしまったんじゃないのか?」
「……っ」
その黒髪の少年は、己の思考を再構築する。方程式を解くように。その式が少しずつ、
「それでいいのか? なぁ、ムカつかないのか?」
「……ムカつくよ」
「だったら俺を、とことんまで使い潰せ! それは予選でよく学んだだろ!?」
セイハがショウの肩を掴み、揺さぶる。それは心さえも強く揺さぶった。……ショウは無言で肩に乗ったその手を弾く。そのまま動かない。
……彼女のためだけじゃ、成立しない。いずれ
今の僕の願いは、何だ?
僕は、エヌエットを三権女英傑にするために戦っている。
――願いを叶えるのは、最後まで自分の意志を貫いた者です
ここで、
これはありのままの自分の意思か……?
いや、違う!
…………そうか! 俺は……彼女に依存してたんだ……!
きっとエヌエットも辛かっただろうな。彼女のためにも自立して、行動で示すんだ……!
俺は、やっぱりこいつと!
「やろう、共闘」
「いいね、相棒」
二人はグータッチで契約を交わした。 彼らを照らす夕日はさながら希望。
(人は迷って、進んで、また迷って。分かったようなふりをして、少しずつ身に染みていくんだろうな)
これが夢の実現への『第三歩』、『挑戦による成功と失敗の繰り返し』なんだ、と。
臆病な少年と紅蓮の竜姫の、夢を叶える物語(レヴォリューション) 楪 紬木 @YZRH9
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