Chapter4‐4 高架下、陰るあの想い出
第一州・未来都市ルクス・ルインズ。
この日は、どんよりとした
第一都心区域、海沿いの公園。人の気配はなく、
「あぁ……疲れたなぁ。もう人の前に出たくないよ。何回同じことを言えばいいんだ。質問にもアドリブで答えるなんて緊張して無理だったし」
まともな精神状態ではないというのに、連日のヒーローインタビューを受けたショウ。見るからに疲れ切っていた。
彼にはもう専属のマネージャーがつき、表での行動を制限されている。それが更にストレスを
「それよりも今日は、どうだろう。いるかなぁ……もう一週間も
願望実現機構の予選の日から彼は毎日、『あの時の公園』に訪れていた。その理由は
会いたい。会いたい。会って、これまでの話をしたい。他愛のない話をしたい。あの太陽のような暖かさに包まれたい。
「…………違う、僕はそんなつもりじゃないんだ」
立ち止まってしまう、黒髪の少年。孤独に負けそうになり……涙が
目の前に、見覚えのある黒髪の女性が。ショウは彼女を見間違えない。確信をもって声をかける。
「え、エヌエット…………エヌエット!」
ようやく会えた。思わず笑顔が溢れる。駆け寄り、あの事を報告した。
「僕、願望実現機構の予選を突破したんだよ! 大変だった! めっちゃ考えて作戦練って、やっと勝ったんだ!」
どんな風に喜んでくれるだろう。楽しみで仕方なかった。この日を待ちわびていた。
偽装髪を取る女性。そこから情熱的な
髪を耳にかける大人びた仕草で振り向いた彼女の返答は――。
「ええ、お久しぶりですわ、ショウ。わたくしのために、本当にありがとう。慣れないインタビューもさぞ辛かったでしょう。お疲れ様」
素っ気なかった。顔には疲れが浮かび、精一杯の微笑みがたたえられている。いつもの快活な雰囲気は感じられない。
ショウは一瞬、戸惑ってしまった。
「あ……う、うん! ありがとう!」
(あれ、どうしたんだろう……もっと褒めてくれるのかと思ったのに)
……いけない。エヌエットにだって仕事があったり。辛い事だってあるんだ。うんうん。そう思った少年は頭を振り、気を取り直した。
「話したいこと、いっぱいあるんだ。あ、あのベンチに座ってさ……あれっ」
そう言いかけた時。ポツ、ポツと。雨が降り出した。たちまち豪雨に。
慌ててエヌエットは「こっちですわ!」と近くの高架下を指さす。二人はそこへ向かった。
◇◇◇
公園近くの高架下、雨宿りする男女。
だがそこには純粋に幸せな空気……ではなく、重い沈黙が流れていた。このままではまずいと、なんとか会話を切り出したのはショウ。
「あ、その……まず、今日の朝に
「ええ、ありがとう。でも、大変見苦しいところを見せてしまいましたわ。
「そんな事ないよ! だって……だってちゃんと頑張ってたじゃん!」
「……ふふ、ありがとう。その言葉を聞けただけでも頑張った
ショウの励ましに、ほんの少しにこやかになるエヌエット。
昨夜の緊急招集による会議の様子は全国に放送されていた。
どうやら……というか当然なのだが、願望実現機構に出場している彼らは世界から存在が消失しているが
ネットには「どうせあの画像は作り物だろう」や「最下位女英傑候補が話してる時点で信じられない」。エヌエットに対し否定的な意見が多い。だが、「流石ジークネス! 私たちの未来を正しい方向に導いてくれる! 」など、ジークネスに対しては肯定的な意見ばかり。
また「ジークネスとエヌエットの距離近くない? もしかして付き合ってるんじゃないか」という熱愛の噂なども。
エヌエットにとっては致命的。あらぬ噂は
「まぁ、わたくしはなんとでもなります」と言いながら、エヌエットは心配そうにショウを見つめた。
「それよりショウ、あの報道を観たなら知っているでしょう? あなたはいま命……そして存在を賭けて戦っているのよ。自覚はあるの?」
願望実現機構が、
少年はほんの少し
「……実は僕も、あの光景を直接見たんだ」
「えっ、そうなんですの!?」
「うん。予選の後、転送されたのがあの部屋に続く廊下でさ」
黒髪の少年は、薄暗い記憶にガタガタと震える。腕を抑えても止まらない。
「……あそこには、自分が奪ったであろう命の山があった。だから」
言葉を吐く口も震える。そこから、形容し難い感情が一言で漏れた。
「怖い」
このヘドロのような恐怖、不安が気持ち悪い。怖い、怖い、怖い。残酷な景色が脳裏にへばりついて、離れてくれない。
「夢の中でもさ、自分が奪った命が手を伸ばしてくるんだ。『人殺し』って」
寝ても覚めても、心は休まらなかった。どこまで行っても、
「いや人殺しだなんて、そんなことは」
「ねぇ」
エヌエットの言葉を
「ねぇエヌエット、僕はそんなことないよね? こんなのって、仕方ないよね?」
「……え、ええ。確かにアナタは悪くはないと思いますわ。アクドウの悪意に巻き込まれた被害者ですもの」
「…………うん。そう、だよね」
紅蓮の竜姫からの、肯定の言葉。しかし、どこか声のトーンがズレている。自立する彼女は
(なんでしょう、この違和感は……。いいえ、ここまで支えてもらったんですもの。わたくしが疲れている場合じゃないですわ)
深呼吸して、心を落ち着かせたようにみせかける。そこにまた、少年から言葉が投げかけられる。
「あとさ。その……ジークネスとは、そういう関係じゃないんだよね?」
「はい? それはどういう意味ですの」
「いや、熱愛報道とかあったから。もしかしたらそうなのかなって」
ショウにとって本当は、本当は一番気になっていたのがこの下世話な噂だった。毎日
それを聞いたエヌエットは心の中で…………何かがプツリ、と切れてしまった。彼女なりの言葉で表すなら、竜の逆鱗に触れる。
「はぁ? いまその話!? 当然でしょう、あんなキザ男になんて
エヌエットがショウを指差して、断言する。それは彼にとって、辛い事実だった。
「アナタねぇ、ただわたくしに褒めてほしかっただけなのでしょう?」
「…………あ」
好きな人に核心を突かれ、ショウの呼吸が乱れる。目が泳ぎ、焦点が合わない。
「いや、違——」
「違わないですわ。わたくしは貴方の母親ではない」
キッパリと言い放った紅蓮の竜姫。
「そういうの、もううんざりよ」
そして黒髪の少年に背を向けて——。
「さよなら、ショウ」
「またね」ではない。まるで
「ご、ごめん! 謝るよ! 待って! ねぇ、ねぇってば!」
息を切らしながら走り、遠ざかる背中に追いつこうとするショウ。すっ転んで受け身をとれず、全身を
もう身体も、心も痛くて立ち上がれない。何より。
「……僕たち、誕生日が同じだねって……運命的だねって、ずっと言いたかったのに!」
言いたいことを言えなかった後悔が痛い。
黒髪の少年は立つのを諦めて、
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