Chapter4-3 白と黒

 願望実現機構、六大国予選の決着から一週間後。


 五つの大陸に囲まれた島国。中央州・三権女英傑国レディラック。果てしなく続く土地に、純白の王宮がそびえ立つ。


 現在、中央州の周辺海域には台風が発生している。豪雨、暴風、落雷などの災害は温暖化によって異常に成長し、台風がまともに上陸してしまえば壊滅的な被害を受けるほどになってしまった。凶暴な竜翼種ワイバーンすら、天候が荒れれば住処すみかに帰る。


 しかし、王宮を護る淡く輝く水色の結界。これは凶悪な災害も弾く。人の技術どりょくの賜物だ。


 王宮内部、『星の集う庭園』。ここは会議室として使われている大部屋だが、室内を感じさせない自然豊かな庭を基調としている。実に開放的だ。中央には360度に球型のモニターが設置されている。数百もある席は埋まっていた。


 本日、三権女英傑選挙の重要関係者が一人につき一度だけ、限定的な条件で発動可能な緊急招集がかけられた。女英傑候補、その他大勢の重役が出席。


 議長である女性が、会議の進行を担当する。


「では、これより緊急招集による重要事項会議をり行います。エヌエット様。本日の議題アジェンダをどうぞ」 

「承知いたしましたわ」 


 名を呼ばれたエヌエットは毅然きぜんと返事してから、深呼吸。手元の書類を眺めてもう一度発言の内容を確認すると、「よし」と息を吸い込んで立ち上がる。


「まずは本日、突然の緊急招集の中お集まりいただき、誠にありがとうございます。日程調整に手間をかけてしまい、大変申し訳ございません」 


 緊急招集をかけたのはエヌエットだった。深く頭を下げてから、再び顔を上げて続けた。


「本日の議題アジェンダは、『願望実現機構の運営実態』について。今から見せる画像は刺激が強いですわ。辛いかたは目を伏せて、声だけで会議に参加してくださいまし。……では、こちらをご覧ください」 


 会議室の中心を手差しする。中央のモニターに複数枚の写真がうつった。


 草木が風にざわめくように騒がしくなる会場。あちこちで叫び声も上がっている。その写真は、白目を剥いて倒れた人が積み重なる画像だった。


「こちらは第一州のルクス・ドーム。その地下深層で撮影したものですわ。座標ざひょうと生成画像でない証拠は左下に」 


 写真の左下。生成画像でないことを示す特殊な加工がなされている。


「手荷物から推測するに、願望実現機構の脱落者。気絶……ではありませんわよね。しかも彼らの身元を調べても何も出ない、明らかに異常な状態でしたわ。そこで、どう釈明しゃくめいするおつもりか、お聞きしたいのですが……アクドウ会長?」


エヌエットが目をやったのは、アクドウ・マネイ。彼はこの会議にも当然、出席していた。勿論、全ては信頼のために。


「ではアクドウ様、ご回答をお願いします」

「…………ぐう」 


議長に対してギリギリぐうの音が出たものの、立ったまま、固まるアクドウ。内心、冷や汗が止まらなかった。


(ど、どうやって撮影した!? 警備はワシ直属のプロフェッショナルな人材が配属されたはずだし、監視カメラにも、警報装置にも引っかからなかったのか? 電波妨害ジャミングも張りめぐらせたはずだが……。ま、まずいぞ)


最低の男、これまでにない正念場。どうごまかすか検討もつかない。 集まる視線プレッシャーに、呼吸が荒くなる。ハッと勘づいて、エヌエットを睨んだ。


「そうか、ドラグ家の科学技術部コネがここまで……!」

「さて、なんの事か分からないですわ? ふふん」


男の睨みを、さらりとしたドヤ顔で受け流す、紅蓮の竜姫。


(よし、これならばいける! やっと、やっとこの運営委員会を解体できますわ……!)


リューズベルグ従者あやめ錚々そうそうたる協力者とともに年単位で綿密に練った計画。それがようやく成就じょうじゅされる。


そのはずだった。


 会議室の扉が、爆発が起きたような勢いで開かれる。


「悪いな皆の衆。久方ぶりの中央州で舞い上がってしまい、散歩をたしなんでいたところでな。はは」 


 すがしく、ほがらかな笑顔を見せるのは、スーツ姿をした白髪の麗丈夫。


瑠璃色の瞳は一点の曇りもなく、鍛え上げられた肉体に頼りがいを感じる。民衆を束ねるのに相応しい風格の持ち主。


魔導衆・零王ジークネス・ゾロト・レイだ。


遅刻しているにもかかわらず、悠然ゆうぜんと歩いて着席。渇きを癒すために水を飲む。


「して? 本日の会議の議題アジェンダは……あぁ、これか。感謝する」


隣の女性からおずおずと差し出された資料を受け取る。それに笑顔で返してみせた。わずかに黄色い声が上がる。


(やはり、なんて気に食わない男……! 性格だけではなく、タイミングも最悪ですわ)


場の雰囲気が一変した。そのカリスマ性に、自然と注目が集まる。エヌエットはそれを察知して歯噛み。以前からアクドウとジークネスには関係があると、ドラグ家は推測していたが……やはり間違いなさそうだ。


「遅いぞまったく。危うくこのまま、本当にワシらの運営委員会が潰れるところだったぞ」


アクドウが小声で安堵あんど。深く息を吐いた。


「で、先程の件に関しましてはジークネス殿からお話しして下さるそうですよ、 へへ」


先程の明るい笑顔に対し、こちらは上擦った汚い笑い。手もみゴマすりして、早口で話し、着席。この間わずか三秒未満。


「待って下さ――」

「これは研究科の現場における極秘情報。故に、彼はその件に関して、回答は不可能。こんなところでしょうか? アクドウ会長」


ジークネスが立ち上がる。助け舟に乗り、「ええ、そうですとも」と、首を縦に振る最低の男。


「むしろ、エヌエット女英傑候補が国営の施設に忍び込んで情報を盗んだ事のほうが問題ではないか?」

「ぐっ……!」


次は紅蓮の竜姫が追い込まれた。視線プレッシャーが、のしかかる。


(これが、ジークネス・ゾロト・レイの人心掌握術じんしんしょうあくじゅつ……! 信頼と話術へりくつのなせる業ですわね)


認めざるを得ない。自分の短所が、彼にとっては大きな長所である事実。


(彼との舌戦ぜっせんは分が悪い。ですが、このタイミングを逃せば、次は……無い)


しかし、この対応は、予期していた。理論ロジックを成立させる回答がある。


「女英傑選挙法第三条、第五項。『女英傑選挙立候補者は選挙において、他者(法人含む)が著しく不利益を被るような行為を禁ずる。しかし、そこに法律に違反するほどの悪意があればその限りではない』。今回の事案ケースはこちらの法文の後半部分に該当するかと」


ここまでは全て想定通り。エヌエットと、その協力者である弁護士が時間をかけて調べ上げた。この法に反論する余地などないはず。ないはず、だった。


ジークネスが高い身長を活かし、エヌエットを見下す。小馬鹿にしたような態度で応じる。


「はっ、確たる証拠など、何処どこにもないではないか」

「はぁ!? 完璧な証拠はそこにあるでしょうに! 貴方、一体どこに目がついているの!?」

「声を荒らげるな。言葉をつつしめ。理髪師は先に石鹼を当てるものだぞ? 全く」 

「この……訳の分からないことを」


またしても形勢けいせいが傾いた。「そうだそうだ! 」などと野次の飛ぶ会議室。紅蓮の竜姫は、法律という絶対の論理。正義で有利になるはずだったのに。


白髪の麗丈夫はニヒルな笑みを浮かべながら、紅蓮の竜姫に歩みよる。


「なぁ、今の人間.....塵芥は本当に憐れだな。そうは思わないか? 紅蓮の」


ジークネスはエヌエットを馴れ馴れしく略称りゃくしょうで呼んだ。やけに距離も近い。


「わたくしはそう思わないですわ。進行のさまたげになるから自分の席に戻りなさい」 


エヌエットの話を聞かず、ジークネスは続ける。


「民意は、時に法律より優先される。遠くから石を投げて満足する愚者ぐしゃ蔓延はびこる、退行した時代性に合致がっちするとは思わないか?」


男は二人にしか聞こえないように、ささやいた。葡萄酒色ワインレッドの髪をした女性は不快感を覚える。


「ええ、貴方とは根本的に相容あいいれないと思いましたわ。く失せてくださる?」 

「.....良い」


これだけの罵倒を浴びてなお、白髪の麗丈夫は退かない。むしろ、一歩前へと進み。


「どうだ? 紅蓮の。我の女にれば、相応の地位、安心を確約してやろうではないか」 


 たくましい手が、柔らかな頬に触れた。そっと顎を持ち上げた後、二人の顔が近づいてゆく。細い腰あたりにも、這うように手が回ろうとした時――。


 磁石が反発するかのごとく、男の手が弾かれた。


「気持ち悪いですわ! 気安く触れないでくださいます!?」

「はは。場をわきまえているのか? なんとしたたかで、愚かしい女。悪くない、今なら特別に我のモノにしてやるぞ」 

「この……言わせておけば。調子に乗らないでくださる?」


琥珀色の瞳と、瑠璃色の瞳の視線が激突。火花が散る。まさに一触即発だ。


……と、エヌエットはここで背後から肩を軽く叩かれる。その感触は静かに咲く花のように繊細で。


「お嬢」 


エヌエットが振り向くと、隣に座っていた菖蒲が立ち上がり「これ以上はまずいです」と首を横に振っていた。確かに会議室はもはやエヌエットへの反対意見だけが飛び交い、炎上していた。


「っく……! こんな、こんな馬鹿馬鹿しい現実、有り得ない。不条理ふじょうりですわ」


長い年月をかけて、夢の実現に王手をかけた。しかし、それがこんな悪人にあっさりと切り捨てられる。彼女はこんな屈辱くつじょくに耐えられるはずもなく、叫ぶ。


「どうして誰も疑問に思わないんですの!? なぜ人に対する賭博が合法化されているのか! 願望実現機構の実態があまりに不透明なのか! こんなのっておかしいですわ!」 

「お嬢、お気持ちは分かりますがダメですってば!」


暴れる紅蓮の竜姫を羽交はがめにする、花の従者。魔導衆・零王は勝利を確信し、自らの席に戻った。


「願望実現機構に関しましては、運営委員会と我が国、第四州・魔導連合衆エルマゴートが総力を挙げて研究を進めています。あれはまだ未知の古代装置。成果が出るまで、いましばらくお時間をいただけると幸いです。そして——」 


 ジークネスが声色を深く落とした。世界をにらむがごとく、鬼の形相ぎょうそうをする。


「よく聞け、皆の衆」


 彼はどこからか手にした書物しょもつを高々と掲げ、固い意志を示すべく声を荒げた。


「『宣誓コール』」


その言葉に、『星の集う庭園』の時が止まったように静まる。


「我は『三権女英傑制度』を撤廃し、『統一王政制度』を復活させよう。我が描く筋書きシナリオが絶対的和平であると証明するのだ」 


 統一王政制度。それはかつて六大国で戦争のきっかけとなった、最低最悪の制度だ。その名の通り、たった一人の王が国の未来を決定する。


 彼の願いは、まさしく時代の逆行。しかしその瞬間、六大国中が歓喜の声を上げる――。

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