春風とひとかけらの勇気

sui

春風とひとかけらの勇気


玲は、毎日が灰色に見えていた。学校へ行くのも億劫で、家ではベッドにくるまって天井を見つめるだけの時間が増えていた。友達からのメッセージも、既読をつけるのが精一杯だった。


「何をしても意味がない」

そんな気持ちが胸の奥に重く沈んでいた。


ある日、母が部屋のドアをそっと叩いた。


「玲、ちょっとおつかい頼める?」


気が進まなかったけれど、どうしてもと言われ、近所のパン屋まで行くことになった。外の空気は少しひんやりしていたが、春の匂いが混じっていた。


パン屋の店先には、白髪の優しそうなおばあさんが座っていた。玲がパンを選んでいると、おばあさんがふと話しかけてきた。


「春の風って、いいわねぇ。冬の間は寒くて縮こまっていたけれど、この風を感じるとまた頑張ろうって思えるの」


玲は少し驚いた。

頑張ろう、なんて最近考えたこともなかった。でも、ふと顔を上げると、青い空が広がっていた。風が頬を撫で、どこか遠くへ運んでいくような気がした。


パンを買って帰る道すがら、玲は小さく息を吐いた。


「明日は、カーテンを開けてみようかな」


それはほんの小さな変化だった。でも、春風は確かに玲の心を、そっと動かしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春風とひとかけらの勇気 sui @uni003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る