わたしのカエルちゃん
もも
わたしのカエルちゃん
たくさんの段ボールが積まれた部屋で、私はリュックの口を開いて中から友達を取り出した。
「今日からふたり暮らしだよ。よろしくね」
両手でお腹の部分を包み込みながら話し掛ける。
長い手足、緑色をしたパイル地のボディ、笑ったような口元、黄色い玉の中に黒い縦のラインが走る瞳。
私の大切な、カエルちゃん。
雑貨屋さんに並ぶたくさんのぬいぐるみたちの中で、吸い込まれるように目が合った。手を伸ばしてそっと掴むと『ありがとう』と言われた気がしてレジへ直行したその時から、カエルちゃんは私の友達になった。
受験勉強中はペンケースのそばに。
入浴中は脱衣所のカゴに寝かせて。
眠る時は私の腕の中に。
仕事のために生まれた街から遠く離れたこの場所へ行くことが決まった時、連れていくものリストの一番最初に書いたのもカエルちゃんだった。
家族の気配もなく、テレビの音も聞こえない部屋はとても静かで全てが自由だったけれど、それを選ぶための勇気が出せない日々の中、カエルちゃんだけは何も変わらず私のそばにいてくれた。
大好きなヒトを初めて部屋に招いた日、カエルちゃんには「ちょっとだけごめんね」と言って後ろを向いてもらった。
彼はうちに来るとご飯を食べ、お酒を呑み、私を手招きする。
だけど、彼は決して泊まることはなかったから、夜になると私はカエルちゃんをいつも以上に強く抱き締めて「ごめんね」と泣いた。
大切だと思っていたのは私だけだったんだとひどい言葉と共に知らされたことも、カエルちゃんは知っている。
それなのにどうしても離れられなくて、私にはこのヒトしかいないんだと
たくさん涙を流して、たくさんカエルちゃんに「ごめんね」と言い続けたある朝。
カーテンの隙間から射した陽の光がカエルちゃんの瞳を照らしていて、私は「キレイだなぁ」と呟いた。
クリアなカエルちゃんの目は初めて出会った時から何も変わっていない。
『どんなきみも、ずっとだいすきだよ』
カエルちゃんがそう言って、笑った気がした。
「そうか。私、あのヒトのこと、本当はもう好きじゃなかったんだな」
どんな私も好きだよと言ったあのヒトは記憶の中にしかいなくて、その想い出だけで未来までも縛ろうとしていたんだと気が付いた。
私は「ありがとう」と言って、カエルちゃんをぎゅうと力いっぱい抱き締めた。
「ごめんね」じゃない言葉をカエルちゃんに掛けたのは、久しぶりだった。
それから何年か経ち、カエルちゃんは私の友達から私の娘の友達になった。
小さな布団の中でカエルちゃんの手を握り締めながら眠る娘を、夫とふたりで見守りながら、私は今日も心の中で呟く。
「カエルちゃん、ありがとう。大好きだよ」
わたしのカエルちゃん もも @momorita1467
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます