第20話 「大丈夫だから、俺の言う事聞きなさい」







 クリュスランツェは国土の多くが森林地帯か山岳だ。

 そのため、各地に小さな村や集落は点在しているが、あまり開けた大きな街はない。アイリスとヴァルがやっと比較的大きな街にたどり着いたのも、あと一泊すれば王都につく……といった所だった。


「うわ、なんだか急に賑やかな感じがするね」


 ヴァルが街に入った途端そういったのも無理はない。

 今まで散々雪と木々しか目にしてこなかったのに、街の門をくぐった途端、家の軒先にはペナントやきらきらと光るオーナメントが下がり、まるで冬至祭のような様相だったからだ。アイリスは苦笑しながらこの辺の風習を語った。


「クリュスランツェは冬が厳しいですから、観光客は夏季に来ることが多いんですけど、王都付近にはやっぱり氷の都を見たいということで、冬にめがけて観光に来る方も一定数いるんです。そういう人は長期滞在になりますから……王都付近の街は観光客用にお祭りみたいな雰囲気にはなっちゃいますね」


 国の西側の山岳地帯はもっと雪が深いため、観光客は夏しか来ないらしいが、王都のメインは冬だ。


「しかも今はオーロラが観られる時期ですから、王都では『夜光祭』っていうお祭りが開かれるんですよ」

「へぇ」

「夜光祭でオーロラを見ながら大切な人と流れ星を三回目撃すると、その人とずっといられるっていうジンクスなんかもあったりして……」

「ねぇ! アイリス! 向こうに屋台が出てるよ!」


 行ってみようよ! とヴァルがまるで子どものように広場を指さして目を輝かせた。

 見た目はもう立派な成人男性だと言うのに、中身はまるで少年のようだ。アイリスは「ハイハイ」と笑ってヴァルの後をついて行った。




 通りには温かいスープを提供する店や、肉を焼く屋台、ホットチョコレートなどを観光客向けに売る店などが出ていた。アイリスとヴァル以外にも旅行者と思われる人が屋台で暖を取っている。

 空気は冷たいけれど、人々の表情は穏やかで温かい。


「今までの宿には全然お客さんがいなかったけど、この街には沢山いるね」


 ヴァルの素朴な疑問にアイリスが答える。


「この時期に国境を超えてまで来る人はなかなかいませんけど、国内から王都に向かって夜光祭を見に来る人はいるんですよ」


 雪花亭はアルカーナの国境よりだから、冬季は旅客はほとんど来ないが。

 ヴァルはアイリスの説明に感心して、屋台からホットチョコレートを一杯買った。

 広場の真ん中には大きなガゼボのようなものがあり、真ん中に火が焚かれていて休めるようになっている。二人はベンチの端に腰掛けてヴァルはホットチョコレートをすすった。


「冬にお祭りがあるなんて珍しいよね」


 ヴァルの飲むホットチョコレートの甘い香りが鼻腔をくすぐって、口の周りに付いたチョコが彼を幼く見せてアイリスは密かに笑ってしまった。


「……そうですね。クリュスランツェの民は精霊や自然への感謝の気持を大切にしますから、四季折々の祭り事に力を入れるんだと思います。……アルカーナでは大きなお祭りはないんですか?」


 アイリスに問われて「そうだなぁ……」とヴァルが思い返す。


「春に中央で創世祭っていう大きなお祭りがあるよ。まぁ、建国祭みたいなものだね。あとは……秋の収穫祭かな。俺の北の故郷での祭りはどちらかと言うと『儀式』って感じ。創世祭には俺達も中央に駆り出されるんだけど……人がひしめくし、窮屈な服を着せられるし、俺はあんまり好きじゃないかなぁ……」


 ああ、でも子どもの頃に親戚と屋敷を抜け出して、街の出店で飼い食いしたりしたのは楽しかったなぁ。


 あとで滅茶苦茶怒られたけれど、と嬉しそうに笑うヴァルがなんだか眩しくて。眺めていたら、持っていたホットチョコレートをハイ、と渡された。


「え」

「あったかくて美味しいよ。アイリスも飲んでみて」


 欲しかったんでしょう? と渡されたカップは確かに温かかったけれど。……そんなに物欲しそうに見えただろうか。

 それでも、今更いらないと突き返すのもなんだかおかしい気がして、有難うございますと甘い香りのするカップに口をつけた。


(え、でもこれって……間接キ――)


 はたと気がついた時にはもうその茶色い液体をこくんとひと口嚥下したあとで。


「ね、美味しいでしょ」


 そう言って笑うヴァルの唇に、やけに目がいってしまう。急に顔に熱が集まって、甘い香りにくらりとした。




「え? 部屋が一部屋しかない?」


 今までの村とは違い、賑わっていたのは街の通りだけではなかった。宿の亭主が申し訳なさそうな顔をする。


「今は夜光祭の前だからねぇ、宿泊者がいっぱいで……申し訳ないけど大きめの寝台の一部屋しかもう空いてなくてね……」


 アンタ達新婚さんだろ? 問題ないだろう、と亭主が言うのにアイリスが「違います!」と顔を赤くして言ったが、兄妹ですと言ったらよけいに問題ないだろうと言われてしまった。

 極寒の雪深いクリュスランツェで野宿などできるわけもなく、二人は渋々一部屋分の鍵を受け取った。


 部屋は今までの宿に比べたら広い作りで、夫婦向けか、それこそ新婚向けの部屋なのか女性が好きそうな雰囲気の部屋になっており、そこに関しては好感度が高かった。

 ……が、部屋の真ん中に鎮座している大きな寝台が、なんとも気まずい雰囲気を醸し出している。


「「……」」


 二人は荷物を手に持ったまま、なんとも言えない目で寝台を見つめた。


「……俺はこっちのソファで寝るから。アイリスは寝台を使いなよ」

「えっ」


 荷物、貸して、とアイリスの手から荷物を受け取って部屋の隅に置きにいったヴァルに、呪縛の解けたアイリスが慌てて反論する。


「そんな! ヴァルさんの方が大きいんですから、ヴァルさんがこっちを使って下さい!」


 力いっぱいそう言うアイリスに、ヴァルは荷物を整理しながらアイリスの顔を見ずに答えた。


「ダメダメ、アイリスをこっちで寝かせるわけにはいかないよ。いくら暖気があったって、夜は冷えるんだから。風邪でもひかせたら、女将さんになんて言えばいいかわからないし」

「そんなの、ヴァルさんだっていっしょ――」

「俺は絶対風邪ひいたりはしないから」


 大丈夫だから、俺の言う事聞きなさい。と珍しく年上の顔をして、有無を言わさずにアイリスに言い聞かせた。


「……っ」


 この宿も温泉があるらしいよと促されて、アイリスはまだ納得がいかない顔をしたが、「雪の中に埋もれてても大丈夫だったでしょ、俺」と言われてしまっては渋々言うことを聞くしかなかった。




「……」


 アイリスが浴場に言っている間、ヴァルはソファに座りながらぼんやりと寝台を見つめていた。

 薄桃色で揃えられた部屋のカーテンと寝具。寝台の脇には品よく花などが飾られていて、これが本当に新婚であったなら、お誂え向きな部屋だっただろう。


「……俺の理性を試してるのかな」


 勘弁して欲しい、と思わずぼやく。とりあえずアイリスが戻ってきたら、もう視界に寝台を入れるのはやめよう。

 流石に上掛けがないのは寒いから、部屋に備え付けてあった追加の毛布を一枚拝借した。寝る前にこっそり外で頭を冷やしてくるのもアリかもしれない。

 そんな事を一人で考えていると、外から窓をコツコツと叩く音がした。


 音のした出窓の方に近づくと、そこには金色の小さな鳥が、夜だと言うのに窓辺にやってきて硝子の窓を控えめに叩いていた。


「!」


 ヴァルは窓を薄く開けると、小鳥は隙間からちょんちょんと入ってきて、ヴァルの手に乗り、その金の身体を燻らせて手紙になった。


「……」


 ヴァルは少し考えるような顔をすると、ペンを取ってその手紙の開いている場所に返信を書く。そして器用にそれを複雑に折ると、手紙はたちまち元の金の小鳥に姿を変え、開けた窓から夜の空へ飛んでいった。



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2025年12月27日 06:30
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春待つ宿の居候 🐉東雲 晴加🏔️ @shinonome-h

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