第99回お布団ダンスバトル

嬉野K

第99回お布団ダンスバトル

『さぁ始まりました! 第99回、お布団ダンスバトル! 実況はワタクシ、スリーピング高橋。そして解説は……第57回お布団ダンスバトルの優勝者、煮土音にどね酢器余すきよさんんにお越しいただきました!』

 

 に、煮土音にどね酢器余すきよ……! その名前を聞いて、俺はテレビの前で飛び跳ねるように喜んだ。


 煮土音にどね酢器余すきよ……あの煮土音にどね酢器余すきよ? お布団ダンスバトル伝説の王者と言われた、あの……?


 実況のスリーピング高橋が言う。


煮土音にどね酢器余すきよさんと言えば、第57回お布団ダンスバトルに突如として現れ、圧倒的な強さで優勝をさらっていった伝説の人物ですよね』

『伝説だなんて、そんなことはありませんよ』想像していたよりも柔和な口調だった。『私がこの伝統ある大会で優勝できたのは、すべて周囲のサポート、そして円滑な大会運営。さらに最高の寝具に支えられたからです。決して私一人の力で優勝したのではありません』


 なんて謙虚な人だ……! この有名なお布団ダンスバトルで優勝した英雄だというのに。お布団ダンスバトルで優勝すれば、それだけで未来が確約されるというのに。


 しばらく世間話が続いて、実況が声を張り上げる。


『もはや説明不要でしょうが、ここでお布団ダンスバトルについて解説をさせていただきます!』


 おいおい……この世界にお布団ダンスバトルを知らない人間なんていないだろう? ルール説明なんて飛ばせばいいんだ。お布団のように。


 しかしテレビ的には説明はカットできないのだろう。つまらないが説明を聞くしかない。

 いないとは思うが……お布団ダンスバトルという言葉を聞いたことがない人は説明を聞けばいい。いないと思うが。


『お布団ダンスバトルとは、朝に目覚めた瞬間に始まるダンスバトル。みなさんも経験があるでしょう? アラームが鳴って目が覚めて、でもまだ布団の中にいたい。そんなときに布団の中をモゾモゾと動き回る。そんな経験があるのではないでしょうか!』


 特に冬の寒い日。目は覚めているのだが起きたくなくて、ずっと布団の中にいる。でも起きないといけないから、体を目覚めさせるためにと布団の中で動き回る。


『そんな日常動作に競技性を取り入れたのが。お布団の中で眠気と格闘する様子をダンスに見立て、それらを採点していきます。要するにを競う大会となっております!』


 子供でも知っている基本ルールだ。

 フィギュアスケートや通常のダンスバトルと同じ。磨いた技をどれだけ美しく魅せるか。そして採点されるか。それらを競うだけの単純な競技。


 その単純さ。そして起床ができれば誰でも競技に参加することができるというハードルの低さ。それらから競技人口はとても多いのだ。


『今回の注目選手は、やはりこの人でしょう。天下無双の絶対王者! エントリーナンバー3湯眼未ゆめみルルビー!』


 湯眼未ゆめみルルビー。若い世代の憧れの人物であり、この大会の絶対王者。


『ルルビー選手は現在、大会を9連覇中です。今大会でも優勝すれば、前人未到の10連覇を達成することになります!』


 10連覇。煮土音にどね酢器余すきよでさえ成し遂げられなかった10連覇。

 湯眼未ゆめみルルビーなら、と思ってしまう。プレッシャーをかけているのは承知の上だが、彼女ならやってくれると思ってしまう。


 実況のセリフが続く。それらに観客が大きく盛り上がって、ボルテージが上がっていく。


 テレビで見ているだけの俺の心音も速くなってきた。体が熱くなって、つい握りこぶしを作ってしまった。


 ついにお布団ダンスバトルの開幕だ……! 世界中を熱狂させる最高の大会の開幕だ!


『それでは開始いたしましょう! まずはエントリーナンバー1番の選手!』


 大きなブザーとともに、会場のど真ん中にお布団が映し出される。


 会場が静寂に包まれた。競技者の目覚めを、固唾をのんで見守っていた。


 次の瞬間、


『アラームが鳴りました!』

『マナーモードスタイルですね』煮土音にどねさんの解説。『アラームの音は小さければ小さいほど高評価ですが、それだけ寝過ごしてしまう可能性も高まります』

『はい。実際に寝過ごして失格になった選手も多くいますからね』


 起きるというのが第一関門。アラームの音量を大きくすれば簡単に起きられるが、減点対象にもなってしまう。


 しばらく会場に沈黙が続いて、


『動いた! しかし、やや反応が遅れたか……?』目を覚ますのに時間がかかってしまった。『さぁまずは寝返りから』

『良い寝返りですね。布団から出たくない、という気持ちが伝わってきます。地味ですが高評価ですよ』


 ハデな動きだけがお布団バトルではない。むしろ小さな動きにこそ芸術性が問われるのだ。


 その後も最初の競技者の演技は続き、


『ここで起床! 演技終了です』

『んー……ちょっと手間取りましたね。もう少しコンパクトにまとめたかったでしょう』


 確かに予定の演技時間を少しオーバーしていた。しかしお布団の魔力に吸い込まれてしまって、なかなか起きられなかったのだろう。


『いやぁ……しかし及第点の演技だったでしょう。素晴らしいトップバッターでしたね』

『そうですね。演技力、起床力、表現力、眠力……どれもが素晴らしかったと思います』褒めてから、煮土音にどねさんは言う。『しかし……優勝という一点で語れば厳しいでしょうね。なにせ……今大会には彼女がいますからね』

『ルルビー選手ですね。たしかに彼女とやり合うには、少しばかり力が足りないように思えました』


 湯眼未ゆめみルルビー。お布団バトルの絶対王者にして、天下無敵、天下無双の実力者。


 全世代のあこがれであり最強の王者だ。それとやり合おうとするならば、伝説級の力が必要になってくる。


 そしてしばらく他の競技者の演技が続いて、


『さぁ続いては……満を持しての登場! 湯眼未ゆめみルルビー選手の演技です!』


 その名前がコールされて観客が沸き立つ。そしてこれから始まる伝説の演技を一瞬たりとも見逃すまいと、静寂に切り替わっていく。

 俺もテレビの前で手に汗を握っていた。会場の熱がこちらまで伝わってきて、額に汗が流れた。


 長めの沈黙。


 そして、


『ノーアラームスタイル……!』煮土音にどねさんが驚愕の声をあげた。『ルルビー選手、アラームを鳴らしませんね』

『なんと! アラームを鳴らさないで起床すれば、確かに高得点になります。しかし……そのノーアラームスタイルを成功させたのは、この大会の長い歴史の中でも1人だけ!』


 それこそが煮土音にどね酢器余すきよ選手だ。彼女は前人未到のノーアラームスタイルでの演技を成功させ、伝説の王者になったのだ。


 ……


 ノーアラーム。アラームがない状態で起床を狙う。当然寝過ごしの確率や、早くに目が覚めてしまうというリスクを伴う。


 ……


 起床予定時間になった瞬間だった。


『動き始めました!』実況が言う。『アラームの音がない状態の中、時間ピッタリの演技開始! これが絶対王者の実力か……!』

『素晴らしいですね。この大技を世界最高峰の舞台で決めてくる。彼女の勝負強さが光ります』


 煮土音にどねさんですら少しだけ演技開始が遅れたノーアラームスタイル。それをルルビー選手は、あっさりと時間ピッタリに……!


 やはり彼女は底しれない。これから始まる伝説の演技を見逃してはいけない。


『まずはダンゴムシ』実況が言う。『布団の中で丸まって、眠気との格闘を表現していきます』

『いいですね。起きなければならないけれど布団が恋しい。その想いが伝わってきます』

 

 ルルビー選手の武器は表現力だ。その強みを最大限に活かしてきた。


『おっと……! ここで大技、トリプル寝返り! 布団の中で見事に3回転!』


 その大技に会場がざわめく。俺も驚いて腰を抜かしそうになった。


 煮土音にどねさんがその凄さを解説してくれる。


『トリプル寝返り……ここまで美しく実演できるのは彼女だけでしょうね』

『と、言いますと?』

『見てください。布団の中で寝返りを3度も決めたのに、敷布団からはみ出していない。さらに……


 言われて気がついた。


 なんてことだ! 彼女はトリプル寝返りを成功させただけじゃないのだ! 圧倒的な美しさと実用性を備えた大成功だったのだ!


『大抵の選手は大技を決めると、布団からはみ出してしまいますからね。しかしルルビー選手は体を残しました! しかし……どうしてそんな事が可能なのでしょう? 3回も回れば、大抵の布団からは出てしまうと思うのですが……』


 ルルビー選手の使っている布団は、別段大きなものではない。むしろ彼女の体に合わせた小さめのサイズだ。

 あんな小さな布団の中で、同じ方向に3回転。さらに布団からはみ出ない? そんな事が可能なのだろうか?


 煮土音にどねさんが言う。


『私もはじめて見ました。あれはですね』

『なんですかそれは?』

『言葉で説明するのは難しいのですが。まず布団の中で小さく体を浮かせるのです。敷布団との接地面積を最小限にし、さらにその状態で

『ほう……』

『敷布団から飛んで離れ、さらに掛け布団とも離れる。結果として一瞬だけが生まれるんです』


 それはおそらく刹那の一瞬。俺では認識することもできなかった。


『な、なんと……! それをあの一瞬で……?』

『はい。しかも3回連続です。これにより彼女は自分と掛け布団の移動を最小限に抑え、布団の中に留まることに成功しました。しかも芸術点も高かった……』

『芸術点、ですか?』

『極端な話、布団の中で大きくジャンプして布団をふっ飛ばしてしまえば、フットンダという技術は誰にでもできます。身体と布団が接触していなければいい話ですからね。しかし彼女は……それを最小限の動きで行った。だからこそ観客にはに見えたんです』


 圧倒的超絶技巧。だからこそ素人の目にはただの寝返りに見えた。技術力が高すぎて、俺には理解ができなかったのだ。


 なんという技術力と表現力。煮土音にどねさんの解説がなければ、それすらも理解できなかった。


 ……


 その後もルルビー選手の圧倒的な演技は続いた。その動作のすべてに観客は息を呑み、圧倒されていた。


 彼女の演技が終わる頃には、もう優勝は彼女で決まり……そんな雰囲気に包まれていた。それどころか未来永劫彼女の絶対王政が続くのだと予感させた。


『え、演技終了!』実況すらも少し呑まれた様子で、『天下無双の絶対王者……その名前に恥じない名演技でした!』


 ルルビー選手が布団から出て立ち上がる。そして観客に向けて優雅な礼をした。


 一瞬遅れて大歓声が巻き起こった。絶対王者の最高の演技に、会場にいる全員が魅了されたようだった。

 

 ……


 その後、


『おや……?』実況が言う。『演技は終わったのですが、ルルビー選手が引き上げませんね。どこかを見つめているようですが……』


 ルルビー選手は強い目線を、とある一点に送っていた。その瞳は少し挑発的で、絶対王者の威圧感を放っていた。


 その目線の送られている場所に気がついた実況が、


『これは……我々を見ていますか? 実況席を見つめているような……』

『ふむ……』煮土音にどねさんが言う。『なるほど。と、そう言っていますか』


 それがルルビー選手の目線の意味。


 10連覇がほぼ確定になった状態……天下無双の実力を持った状態でも、さらに上を目指す。そのために伝説の選手との戦いを熱望する。


 それこそが彼女の向上心だ。


 実況が言う。


『な、なんと……! あの目線は宣戦布告ですか? 伝説の煮土音にどね選手に挑もうと……?』

『挑む立場なのは私だと思いますが……』煮土音にどねさんもやる気になっているようだ。『そうですね。前の大会で優勝したときは、簡単すぎてつまらなかった。だからこそすぐに引退したんですが、彼女がいるのなら復帰しても良さそうですね』


 煮土音にどねさんのその発言に、会場の熱がさらに上がる。


『で、では……まさか次回の100回大会には……』

『出場しましょう。調子に乗った小娘の相手くらいなら、今の私でも務まるでしょうからね』


 伝説VS伝説。

 最強VS最強。


 そんな歴史に名を残す戦いが、次の大会で?


 なんということだ。これは大ニュースだ。今から100回大会が楽しみだ。


 ……


 俺もいつか必ず、あの舞台に立ってみせる。俺はそう決意して、自らを鍛えるために布団に入ったのだった。

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