1-27『2件のメッセージ』

 十数分後。俺は王都クロークワントに引き返していた。

 あれだけハイテンションに冒険に出て、さっそくの敗走とは恥ずかしい限りだが、この十分であっさりMPが枯渇したのだから仕方がなかった。


 原因は明確にある。

 昨日のクエストで覚えた魔術スキル《鬼神下風おにがみおろし》だ。



鬼神下風おにがみおろし

【発動形式:ワロキエ式】

【其は鬼神の再臨。その力を魂に宿す。】



 説明する気ゼロの表示欄に、これは使ってみようと思うのも理解できるだろう。


 詠唱が完了すると黒白の砂嵐スノーノイズを衣として纏うことになる、言ってみれば装備魔術的な見栄えのこのスキルだが、本質としては圧倒的な身体能力ステータスバフである。

 具体的に数値としてどの程度の上昇なのかはわからないが、推奨レベル80カンストのクエストボスに真正面から通用するだけのバフが見込めるのだから凄まじい術だ。

 まあ、あのときのスレイの表示レベルは14だったが、同じ術を使って実際のカンストプレイヤーであるモノシロを圧していたのだから見立ては正しい。

 いずれにせよ、今の俺にとってはまさしく切り札と呼ぶべき魔術になる。


 ――だが問題がひとつあった。

 それは、この魔術のである。


 試しに発動してみた瞬間、俺の残りMP量が一発でゼロになったのだ。


 最初に発動したときは気にしていなかったが、おそらくこの魔術、発動するのに必要なMP量が、残存する全MPに設定されていると思われる。

 マジ大問題だよなんてこった。

 略してマだんて。

 基礎スキルである《スラッシュ》が割合消費だったことからも、消費MP量が固定じゃないスキルの存在は示唆されていたわけだが……。


 おそらく消費したMP量に従ってバフ量、もしくはバフ継続時間などがアップすると期待したいが、逆に言えば発動中にはほかの魔術が一切使えなくなってしまう。

 まさに諸刃の剣だ。

 この魔術ゲーで魔術を使えなくなるバフ魔術を身に着けるとは、もはや何かの逆張りで笑えてくる。かなり強力だが、使いどころは考える必要があるだろう。


 街まで戻った経緯はそんなところである。

 現状、MP回復系のアイテムは何も持っていないし、そもそも入手方法も謎。

 少なくとも、その辺りのショップで買えるのはHP回復アイテムだけだ。

 時間経過以外でMPを回復させるには宿屋に向かうしかない。


 が。


「部屋が取れん!」


 こんなことがゲームで起きていいのかという問題に俺は行き当たっていた。


 宿の数はかなり多いのだが、部屋が空いていない。

 古いゲームなら宿で明かす《ひと晩》は現実時間だと一瞬だし、普段やるひとり用ソロプレイゲームならVRでもそれは変わらない。

 のだが、こいつはMMOだ。

 時間の流れが現実世界とほぼいっしょなため、宿で一夜を明かすということが基本的にない。

 部屋を借りたあと、設置されている回復用オブジェクトを使う必要があるのだ。


 ――その部屋が借りられなかった。


 VRゲーで誰かに部屋を貸すということは、その部屋が埋まるということだ。

 普通のゲームならあり得ない《宿が満室》という事態が、少なくともこのゲームでは発生してしまうわけである。


「……どうすっかな。さすがになんかしら回復の手段はあるはずだけど……」


 あまりきちんと情報を収集していないから、宿以外の回復手段を俺は知らない。

 しばらく考え込んだ俺は、ひとまずログアウトすることを決めた。

 まだゲームを始めてからほとんど時間が経っていないが、こればかりは仕方がないだろう。

 プレイしながらすぐ攻略wikiを参照することができないのは、数少ないVRゲーのデメリットかもしれない。



     ※



「……ふぅ」


 そんな感じで現実世界に戻ってきた俺は、スマホでナザミレのwikiを開く。

 すると調べてみたところ、回復は教会などの一部スポットや、あるいは各広場の中央などで普通に行うことができるらしい。

 ゲーム内で説明してくれ? と普通に思ったが、これは普通なら最初に受注する初心者用クエストなどを何もやっていない俺が悪い気もしたので呑み込んでおく。

 たぶんあるよな、そういうの……。

 何もせず最初の街を飛び出したのは俺なのだから仕方がないかもしれない。


 上級者になれば自宅を買ったり、ギルドに所属してギルドハウスなどを利用することで回復が可能だそうだ。

 この辺りは、俺にはまだまだ手の出せない領域だろう。


 スマホを放り投げ、俺はゲームに再ログインするためヘッドギアを被る。

 そして再びログインするべく電源をつけた瞬間――。


「ん? あ――」


 ベッドの上に放り投げたスマホが、突如として振動し始めた。

 どうやら誰かから何か連絡が来たらしいが、時すでに遅し。

 俺は再びVR世界にダイブしてしまったため、届けられたメッセージを確認することはできなかった。


 ――やべ、なんだったんだろ。



     ※



 一瞬だけのログアウトから再びゲーム内に舞い戻った。

 と、その瞬間だ。今度はゲーム内で個別メッセージが届けられた通知が、視界の端に表示される。


「お?」


 差出人は《モノシロ》。

 昨日このゲームで出会った、俺にとっては初めてのナザミレのフレンドだ。



【モノシロ】

【ちわーす。どっかで合流できませーん?】



「ふむ……」


 これは昨日の話の続きだろうか。

 俺みたいな駆け出しプレイヤーが高レベルのプレイヤーと行動しすぎるのはアレかもしれないが、まあせっかくのMMOだ。交流を重視してもいいだろう。

 普段はひとりプレイのゲームばっかりやっているわけだし。こういう機会は、割と俺にとっては貴重である。


「えーと……返信ってどうやるんだ?」


 少し迷いながら画面を開き、指を振るって文字を打ち込む。



【フギン】

【今は王都にいるけど】



 返事はすぐに来た。



【モノシロ】

【オッケーすぐ行くー】

【モノシロ】

【北広場の噴水で待ってて】

【フギン】

【ういー】



 連絡を終えて、俺は先に回復だけ済ませておくことにした。それから集合場所へと向かって到着を待っておく。

 幸い、モノシロはすぐにやって来た。


「おいーす、フギンせんぱい。お疲れっすー」

「よう、モノシロ。昨日振りだな」

「いえーい」

「ういー」


 気楽な様子で片手を挙げてくるモノシロに、ハイタッチで答える。

 まだ会って二日目なのだが、気安い性格の彼女だからソロ気質の俺でも付き合いやすくてよかった。割と波長が合うのかもしれない。


「今日もさっそくログインとはやりますねー」

「いや、まだ始めたてだしね。そっか、フレンドのログイン状況は確認できるのか」

「そっすよー。ちょうど連絡しようと思ってたトコで入ってきたんで」

「ああいや、実はもっと早くにログインしてたんだけどね。MP切れで回復の方法がわかんなくて調べに戻ってたんだ」

「あー。街中なら結構そこらに回復スポットあるんですけどね。そこの噴水も回復できますし。確かに初心者さんにはちょっとわかりにくいかもっすねー」

「金かかんないし文句ないけどな。そうなると宿を取る意味がない気もするけど」


 首を傾げた俺に、モノシロが指を立てて説明した。


「部屋取る最大のメリットはログインとログアウトを見られないようにするためっすねー」

「あー……そういう?」

「有名なプレイヤーが街中とかでログインしたりすると目立ちますからね。どこに誰がいるかとかも貴重な情報なんで、慣れてきたら人目がつかないとこでやるようになるもんですよ」

「でもフレンドだと見えるんだよな?」

「設定で非通知にできるっすよ。慣れたら切っといてもいいかもしれないっすね」

「なるほど……」


 確かにこの噴水広場などで普通に出現すると「あ、今ログインしたんだな」と見ているだけでわかってしまう。

 このゲームでは、そういう情報もなるべく隠すものらしい。


「まあ今の時代、ゲームのログイン情報も個人情報っつったらそうか……」

「どっちかってーと情報隠匿の意味合いが大きいっすけどね。このゲームの性質上、普通と違って《その人しか持ってない情報》ってのが多いんすよ。重要なクエストや強い武器、スキルなんかが固有ユニークであることばっかなんで」

「あー……」

「誰でも二つ三つはそういう情報持ってるレベルっすね。現に昨日のがまさにそうで、フギンせんぱいとあたししか知ってる人間いないでしょうし」


 鬼の隠れ里のEXクエスト。

 結界――里そのものがなくなってしまった以上、あのクエストはもう二度と請けることができない可能性が高い。

 まあゲームなら一日経ったら当たり前みたいに復活していてもおかしくないという説はあるが、リアリティにこだわりユニーククエストが多いナザミレなら一度きりと見ていいだろう。


「何より、昨日のあたしがたぶんそうだったみたいに、クエストの受注条件を満たしてるプレイヤーに同行できれば、いっしょに受注できる可能性があるっすから」


 ――確かに、モノシロは昨日、ただ居合わせただけだったわけか。

 まあ彼女は彼女で俺より先にスプリゲイトと遭遇し、その行き先を探していたわけだから完全な運ではないけれど。

 同じ状況でイベントが起きたのが俺だけだったということは、彼女の言う通り、昨日は俺だけが条件を満たしていたのだろう。スプリゲイトの前で鬼由来の術を使ったことがフラグのひとつだったっぽいことを思えば可能性は高い。


「てなわけで、そういう情報を持ってる人は狙われますからねー。ただ同行を誘っていっしょにクエストを請けようとするだけならまだしも、強引なプレイヤーならPKで脅してくることもあります。別に御法度ってわけじゃないっすからね、このゲームじゃ」

「なるほど……そういう面倒を避けるために部屋を借りるってわけか」

「最終的には家ごと買ったり、どっかのギルドに所属したりすることが多いっす」

「ほえ~」


 詳しく説明されすぎて、もはやアホのテンションで納得する俺だった。

 もうちょっとだけ早く来てくれていれば、ログアウトするまでもなくモノシロから説明してもらえて楽だったのに。

 まあ、すでに知っているモノシロからなんでもかんでも聞いてしまうのは、それはそれでプレイ体験を損なうので気をつけたいところだが。情報屋を自称しているくらいだし、システム面のことを教わるくらいなら問題はないだろう。


 ……そういえば、再ログイン前に来ていたメッセージは誰からだったのだろう。

 ちょっと気になるが、それを確認するために再ログアウトはさすがに面倒臭いのでひとまず放置する。どうせ大した連絡は来ない。


「んで、モノシロは俺に何か用か?」

「そっすねー。用件はひとつと、あとはお誘いがひとつっす」

「ん?」


 それはどっちも用件じゃないのかと思うのだが。

 首を傾げる俺に、彼女は言った。


「じゃあ先に後者ですけど、昨日せっかくクエストに同行させてもらったんで、もし今日もレベル上げするんならご同行させてもらおうかな、と」

「いいのか? 俺が戦う場所なんて、モノシロにとっては低レベルゾーンだろ」

「大丈夫っすよ。パーティ組んじゃえば、こっちも戦力制限レベルシンクでフギンせんぱいにレベル合わせられますし。やっぱソロは効率悪いんで、まあお礼代わりにレベル上げを手伝いますよー、というお誘いです」

「まあ、それは願ってもないけど」


 初心者と上級者がいっしょに遊べるように、この手のゲームでは基準となるプレイヤーにパーティメンバーがレベルを合わせる機能――レベルシンクが搭載されていることがある。ナザミレでも採用されているようだ。

 それを使えば、現在レベル80のモノシロも俺に合わせてレベル7として行動することができるわけだ。


 と、そこで俺はつけ加える。


「あ。午後からは別のプレイヤー――ゲーム外の知り合いといっしょに遊ばないかって誘われてるんだけど」

「じゃあ、それまでっていうことで」

「わかった。それで、もうひとつの用件ってのは?」


 訊ねた俺に、こくりと頷いて彼女は言った。


「や、実はっすね。――ウチのギルマスが、ぜひフギンせんぱいに会いたいと言ってまして」

「え……?」


 予想していなかった言葉に、俺はきょとんと眼を見開く。

 そんな俺を見上げるように見つめながら、モノシロはこくりと頷いて。


「もし嫌でなければ、ウチのギルド本部まで同行してもらえないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アナザーワン・ミレニアム 涼暮皐 @kuroshira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ