天下無双とかダンスとか布団とか
滝口アルファ
天下無双とかダンスとか布団とか
考えてみれば、
いつも一日の始まりは、
布団だった。
布団の上で、
目覚めることで、
今日も死ななかった、
今日も生きなければ、
そんな安堵感と切迫感の
ジレンマを覚えていた。
はじめに言葉ありき。
いや、
はじめに布団ありき。
もしかしたら、
世界は毎日、
布団から始まっているのかしら。
それから、
コップでうがいをしたり、
雨戸を開けたり、
朝食を食べたり、
トイレに行ったり、
歯磨きをしたり、
つまり、
朝のルーティンをこなしていく。
そして、
勤務先へ出かけるとき、
メークも身だしなみも、
完璧な自分に少し酔いながら、
玄関のドアを開けていた……。
しかし、
それは、
理想の自分だった。
幻想の自分だった。
現実の自分は、
引きこもりの、
生きる価値もない、
若いことだけが、
取り柄のような女だった。
考えてみれば、
大学の友人たちが、
就活しているとき、
私はアパートの部屋に引きこもって、
自己否定感と虚無感の
灰色の渦に呑み込まれて、
もがき苦しんでいたのだ。
あれから、
2年が経って、
私は、
24歳の誕生日を迎えてしまった。
この哀れな女が、
生ける
鏡に映る、
ボサボサの髪の女が、
まるで、
令和のメドゥーサのような女が、
小鳥遊萌々という人間の真の姿だった。
ああ誕生日。
誰からも祝われることもなく、
未来なんて砕け散った、
24歳の年女。
へび年の年女。
いっそ、
毒蛇にでもなって、
ぬるぬるぬるぬる滑っていって、
宙返り。
会場は万雷の拍手。
ついでにブレイクダンス。
会場はスタンディングオベーション。
えっと、
何の話だっけ?
ともあれ、
私の名字は
どう考えても、
名前負けしている。
小鳥のように遊ぶどころか、
独り暮らしのアパートの部屋の片隅で、
魂を抜かれたかのように、
小さく小さく縮まりながら、
ぼんやりしている。
それに
この名前、
子供の時は好きだったなあ。
でも、
これも、
どう考えても、
名前負けしている。
私からは、
何も萌えるものなどなく、
むしろ枯れていくばかりで、
そんな希望の薫る名前からは、
最も懸け離れた存在の女なのに。
ああこれが、
漆黒の海で
溺れているような、
この現実が、
たとえば、
999回くらい見た夢なら、
どんなに救われることだろう。
しかし、
そもそも、
私はどうして、
引きこもっているのだろう。
冒頭のフレーズにある、
「なにか得体の知れない不吉な塊」
みたいなものに、
知らず知らず、
心も体も
それでも、
高校時代は、
楽しかった。
友人たちは、
私のことを、
可愛いとか綺麗だとか、
言ってくれていた。
あれは、
友人たちの
女子高生なりの
リップサービスだったのだろうか。
いずれにしろ、
お調子者の私は、
ある国民的アイドルグループの
オーディションを受けにいった。
そして意外にも、
そこそこ良いところまで、
残ったこともあったのだった。
こんなに生産性のない、
社会のお荷物の私だが、
今だって、
アイドルになりたかった、
あの頃の気持ちだけは、
心の奥底の奥底の奥底で、
静かに
さっき、
何も萌えるものなどなく、
とか言ったのは、
半分本当。
半分嘘。
ひとりごとだからって、
真実を語るとは限らないのだ。
こんな私にも、
まだ人並みの見栄や
残っているということだろう。
それにしても、
令和の、
あのアイドルと私。
同じ年代なのに、
同じ女性なのに、
あっちはキラキラ。
こっちはドロドロ。
なんという
芸術的なコントラストだろう。
眩しくて苦しくて、
苦しくて眩しくて、
過呼吸になりそうだ。
さて、
今日も朝が始まった。
世間様から、
置いてけぼりにされながら、
どこまでも孤独な、
またしても始まったのだ。
どうせ、
こんな投稿なんて、
誰にも読まれないまま、
幽霊船のように、
ネットの世界を漂い続けるのだろう。
しかし、
私が死んだ時、
せめて、
遺書代わりになって、
誰かの心の渚に漂着してくれたら、
萌々は、
そう呟き終えると、
何日ぶりだろう、
シャワーを全身に浴びながら、
大泣きするように、
大笑いするように、
叫んでいた。
「私は、
本当は、
本当は、
天下無双のアイドルになりたかった!」
天下無双とかダンスとか布団とか 滝口アルファ @971475
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