海賊の夢

いおにあ

海賊の夢

 

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 その夢の中で、ぼくはいつも1000年後の世界にいる。


 1000年後の未来。地球の表面のほとんどは海面に覆われてしまい、人類は海の上で生活をしている。


 その結果、地上にいた生物は色々な変化を遂げている。海牛うみうしなんていう紛らわしい名前の、海中で活動する牛。さらには深海牛みうみうしなんていう、深海しんかいに適応した種までいる。


 巨大な国家はすでに崩壊してい久しい。とはいえ、小さな国くらいの規模の共同体は存在していて、秩序はある程度ていどたもたれている。


 でも、そんな“秩序”がしょうに合わない人々もいる。そう。ぼくら、海賊のように。


 ぼくらは出来るだけ、豪華な船団を襲う。その方が単純にお金になるし、富裕層だから多少財産をいただいても、生活に困ることはないだろう。命までは奪わないのだし。


 そんな夢をしょっちゅう見ているわけだが、目覚めたらぼくは2020年代の日本の東京に住んでいる。


 ぼくはとあるメーカーの研究員として働いている。できるだけ長持ちする材料の開発を行っているのだ。


 その日、ついにぼくらの長年の研究の成果が身を結んだ。数千年くらいはびくともしないという、それはそれは頑丈な材質ができた。上手く量産化に成功すれば、我が社はずっと安泰だろう。


 で、そんな新しい材料の利用法の一環として、ぼくらはタイムカプセルを作った。みんなの大切なものを入れて(ぼくは家族との写真を入れた)、3000年後の未来まで保管しておこうという運動だ。カプセルは、会社の保管庫の片隅に置かれた。きちんと誰かが記録をしてくれば、3000年後に誰かが開けてくれるだろう。


 あの夢を見たのは、これで20回目だった。 その日もやはり、1000年後の海に覆われた世界で海賊をしていた。


「船長、島です!島がありました!」


 興奮気味な部下の声で、ぼくは目を覚ます。甲板に出ると、小さな島が見えた。


 陸地なんて、随分ずいぶんと久しぶりに見る。白い砂浜と木々が、なんだかひどくまぶしい。


 ぼくら海賊団は、喜んで島に上陸する。多分、無人島だろう。地球のほとんどが海になってしまったこの時代、ときおり出くわすこういう無人島で羽を伸ばすのは、最高に贅沢なひとときだ。


 こどもみたいに思いっきり遊ぶ部下たちを眺めながら、ぼくは砂浜を歩く。太陽に照らされる砂が、熱くも心地よい。


 ふと、波打ち際でなにかが光った気がした。 近づいてみて、ぼくは驚く。それは現実世界で保管しているはずのタイムカプセルだった。


 ああ、そうか。これは夢だから、こういうのもありなんだな。ぼくは妙に納得してしまう。それに、あのタイムカプセルは理論上3000年はもつはずだ。1000年後の未来にあったとしても、不思議ではない。


 ぼくはパスワードを打ち込み、タイムカプセルを開く。中には、ぼくらが保管したものがきちんと入っている。うん、ぼくらの開発した材料は、少なくとも1000年はちゃんと無事に機能を果たしてくれたみたいだ。夢のなかとはいえ、嬉しくなってしまう。


 あったあった。ぼくの大切な家族の写真。ぼくは、その家族写真をポケットにしまう。1000年後にも、ぼくらの生きた証はきちんと残っていたんだよ。


「船長ー。なにやってんすかー」

「ああ、悪い。今行く」


 ぼくは、部下たちの方に向かう。



 その日からどうしたわけか、夢から覚めなくなってしまった。ぼくはずっと、この1000年後の世界で海賊をしている。


「胡蝶の夢」という有名な話がある。昔、中国の思想家・荘子が蝶になる夢をみた。目覚めて彼は考える。果たして自分が蝶になる夢を見ていたのか、それとも蝶がいま人間である自分になった夢を見ているのか。どちらが本当なのだろうか。

 

 多分、いまのぼくもこれと同じなのだろう。2020年代の日本で働く自分と、その1000年後に海賊として活躍する自分。長い地球の歴史からすると、その二つにはそう大した違いはないのかもしれない。


 でも・・・・・・もう一度、家族には会いたいなあ。肌身離さず持ち歩く家族写真を見ながら、海賊のぼくはそう思う。


 ま、そのうちこの夢も覚めるだろう。そう気楽に考えることにしている。


「船長ー!敵船発見です!!」

「了解、すぐいく」


 ぼくは今日も、海賊として活動する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

海賊の夢 いおにあ @hantarei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ