出雲阿国の舞い枕
宇佐美ナナ
阿国艶伝~布団の乱舞~
太閤秀吉が天下を治め、戦乱の傷跡もようやく癒え始めた頃、京の四条河原は出雲の阿国が披露する艶やかな「かぶき踊り」で華やぎを取り戻していた。舞台の上で阿国は鮮やかな衣装をまとい、しなやかな肢体を優美にくねらせる。その舞は、わずかな指先の仕草一つにも色香を宿し、見つめる者たちを瞬く間に虜にしていた。
「阿国さまの舞いは何度見ても飽きん!」「まことに天下無双じゃ!」と、観衆は大いに盛り上がった。その評判は遠く南蛮商人の耳にも届いていた。
ある夜、舞いの興行を終えて宿に戻った阿国は、疲れを癒すために布団へ潜り込んだ。だが、ふとした気配に目を覚ますと、そこには若い侍が夜這いに忍び込んでいた。侍は屋敷を守る厳重な警備や護衛の目を巧みに欺き、まるで影のように滑らかな足取りで阿国の寝所まで潜り込んだ凄腕の男であった。
「悪いようにはせぬ、阿国殿。一晩、我が相手をしてはくれぬか」
侍は卑しい笑みを浮かべてじりじりと近づき、手を伸ばしたその瞬間、阿国は目を鋭く光らせて息を飲んだ。次の刹那、布団が雷鳴のごとく舞い上がり、部屋の明かりを遮った。侍は突然の目くらましに驚き、一瞬身構える。その隙を逃さず、阿国は稲妻のような身のこなしで布団の陰から飛び出し、滑るような足運びで侍の懐に入り込んだ。
「これでも食らいな!」
舞台で培った華麗な舞踊の動きがそのまま格闘術となり、侍の腕を捉えた阿国は流れるような旋回とともに鮮やかな投げ技を決めた。空中を回転した侍の体は、轟音を立てて床に激突した。
「あんたみたいな無粋者が、うちを口説けると思うてか?」
呻く侍を踏みつけ、阿国は冷ややかに言い放った。
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけて飛び込んできた宿の者たちの後ろから、同じ宿に泊まっていたひとりの南蛮商人が感嘆の声を上げた。
「素晴らしい! オクニ殿、あなたの『ダンス』はまさしく天下無双!」
阿国は初めて耳にする言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに口元を緩め、楽しげに笑った。
「『だんす』? 面白い響きやなぁ。気に入ったで」
翌日、この話は瞬く間に都中に広まり、阿国の舞は「布団で敵を退けた天下無双のダンス」として、一層の人気を博したのだった。
出雲阿国の舞い枕 宇佐美ナナ @UsamiNana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます