妖精とお買い物【KAC20255】

孤兎葉野 あや

妖精とお買い物

「ルル、そろそろ出発するよ。忘れ物はないかな?」

「シオリ・・・? 私が持っていくものなんて、そもそも無いでしょうに。」

休日の朝をゆっくりと過ごした後、お出掛けの準備をして、ルルに声をかければ・・・ジト目が返ってきて、やらしかしたことに気付く。


「あ、あはは・・・そうだったね。今の言い方は、人間の習性みたいなものかな。」

「ああ、シオリは油断すると、確かによく忘れそうよね。」

「うぐっ・・・否定できない。」

もう一年以上、一緒に過ごしているルルには、私のそんなところも、他の弱いところも、すっかりバレているよね。


「本当は、人間が複数名で出掛ける時に、こういう言い方をよくするんだ。ルルが普段の姿なら、あまり意識しなかっただろうけど、今は・・・」

「なるほど、そういうことね。」

いつもは手の平サイズの、妖精であるルルが、今日は昼間から力を使って、私と同じ大きさになっている。


「ふふ、シオリがそんな風に思ってくれるのは、悪くないわね。」

「ひゃっ・・・!?」

そして微笑んだルルから、本日1回目の不意打ちを受ける・・・人間サイズだと、これも破壊力が高いなあ・・・


「そういえば、あの夢。今朝でもう12回目だよ・・・」

「あら、シオリが先に眠った後、しっかりと抱き締めている効果が、よく出ているようね。」

「ルルさん・・・まさかエスカレートしてる?」


「ふふ、今日は買い物じゃなくて、そちらの予定に変えても良いのよ。」

「あ、あの・・・それもいいんだけど・・・今日はルルと、ショッピングデートしたいなって、思ってたから・・・・」

そのまま自然に抱き締めてくる、ルルの言葉に強い意志で・・・本当は、あと一押しで倒れて、ルルにたくさん可愛がられてしまいそうな気持ちだけど、自分の主張を通す。

いや、どっちでも私は嬉しいけど、ルルのほうは結局、夜も同じことになるんだよね?



「今日は、バスに乗って、少し大きいショッピングセンターまで行くよ。前は案内のお仕事だったし、ルルは外に出られなかったからね。」

「ああ、あの時の・・・私も、シオリの中から見てはいたけどね。」


「そ、それはそうなんだけど・・・大きいところだから色々揃うし、見るだけでも楽しいし。」

「そうね・・・私もこちらの姿でいるのだから、人間らしい行動というものを、楽しんでみるとしましょうか。」

うん、ルルも乗り気のようで、良かった・・・! もちろん、ルルが妖精だと気付かれたり、私達の行動が怪しまれないように、認識阻害のほうは、しっかりとして行くけれど。


そうして、手を繋いだり、ちょっと腕を組んだりして、主にルル主導で、人間のデートらしい行動を楽しみつつ、一度乗り換えたバスは、大きめのショッピングセンターに到着した。



「それで、あれがバッファローの群れを防ぐための、砦だったかしら。」

「止めて!? 同じような言葉を少し前に聞いた気がするけど、こんなところに野生のバッファローはいないからね!?」

バスを降りて、目の前にある大きな建物を見たところで、ルルが私のトラウマを呼び起こす。


「まあ、あの二人が言うバッファローも、シオリが思っているより、大きくて危険なのでしょうね。」

「うう・・・想像したくない・・・いせかい、きけん・・・」


「はいはい、冗談よ。悪かったわね、シオリ。」

「あっ、今日はデコピンじゃない・・・ルルがあったかい・・・」

優しく抱き締めて、頭を撫でてくれる、ルルの包容力が尋常ではない。種族の違いもあって、本当はずっと年上らしいことは、知っているけれど。


「そういえば、また来たいと言ってたわね、あの二人。」

「あはは・・・大変だけど楽しくはあったから、たまになら良いかなあ・・・」

ヒカさんとミカさん、向こうでは忙しい・・・というか、偉い人らしいけど、元気にしてるかな。

あんなに自由で、お互いを大切にしていそうな二人には、少しあこがれてしまう・・・いや、ヒカさんは自由すぎるかもしれないけど。



「ところで、シオリ。これから向かう先から、何か音が聞こえないかしら?」

「うん、確かに・・・休日だし、何かイベントでもやってるのかな。」

私達がいるのは、そこそこ大きめのショッピングセンターだし、ちょっとした何かが開催されていても、不思議ではない。買い物ついでということで、まずは音のするほうへと向かってみる。


「シオリ・・・人間の群れが、奇妙な動きをしているわ・・・」

「ルル、言い方・・・! あれは、ダンスのパフォーマンスだね。音に合わせて、みんなで色々な動きをする・・・って、ルルも高校の体育祭で、応援をする人達は見てたでしょ? 曲や動きが違うだけで、やっていることは同じだよ。」


「ああ、なるほどね。あの時は、無理矢理に走らされる人間達を、応援していたようだけど、これは集まっている人間達を、楽しませる目的のもの・・・というところかしら。」

「うん、そういうこと・・・! って、無理矢理に・・・のくだり、私にとっては正解だけど、そうじゃない人も多分いるからね?」

運動が苦手な私が、多少の歪みを含む人間の知識を、ルルに伝えてしまったようだ。

そうこうしているうちに、次のグループが登場して、民族音楽風の曲が流れ始める。


「あら・・・? あれに似たものを、ずっと前に見たことがあるわ。」

「えっ・・・! ルルが言う『ずっと前』って、もしかしなくても、向こうの話・・・」


「ええ。あれは確か、『ギガントリの降臨』のための祈り・・・」

「いきなり、穏やかじゃなさそうな響きだね?」


「まあ、その土地の人間達にとっては、自分にとって危険な生き物を、食べてくれる存在だったはずよ。私は、もう見たくないけれど。」

「遭遇してたんだ・・・!? ルルが無事で、本当に良かった・・・!」

「あ、ありがとうね、シオリ・・・」

思わずルルをぎゅっと抱き締めたら、少し照れたような声が聞こえた。



「さて、そろそろお買い物に行こうか・・・ルル、どうしたの?」

そうして、イベントステージを後にして、お店のほうに向かおうとしたところで、ルルが足を止めて、振り返る。


「いえ・・・耳慣れない言葉が聞こえたからね。テンカムソウハイの応援・・・?」

「ああ・・・多分だけど、あんな風にダンスをする人達が、踊りの上手さとか、曲によく合った動きができているか・・・とかを競う、お祭りみたいなものだよ。

 今日ここで、あの人達のダンスを好きになったのなら、そっちも見に来てほしいって、言ってるんだと思う。」

ステージの上には、マイクを持った人。どうやら、希望すれば宣伝の時間ももらえるらしい。


「それで、ルルが耳慣れないのは、『テンカムソウハイ』だよね。『はい』は、この場合だと、そういうお祭りで優勝した人達がよくもらってる、ちょっと豪華な器みたいなもの。『天下無双てんかむそう』は、私達からすれば昔の言葉で・・・簡単に言えば、世界中の誰も同じことが出来ないくらいに凄い、ってところかな。」

「ああ、なるほどね・・・人間は、競い合うことが好きなのを、思い出したわ。向こうでも、よく武器を打ち合ったり、時には大勢で命を落とすまで・・・」

「こ、後半のほうは、私には少し刺激的かな?」

楽しいお買い物の時間が、メンタルにダメージが出かねない回想になってしまう。『天下無双』というのも、元々はそういう時代だった時の、言葉なのだろうけど・・・



「そうね。シオリは苦手な話でしょうし、お店に行きましょうか。」

「うん! ルルは、行きたいところはある?」

「ええ。少し先に、ちょうど良いものが見えるわ。」

そう言って、私の手を引きながら、ルルが歩いてゆく・・・ひなまつりとは季節が逆だけど、可愛らしい人形が並んだお店や、綺麗な服が飾られたお店の前を通って・・・


「ここは・・・お布団とかベッドのお店かあ・・・確かに、どこかで買い替えたほうが良いのかな。」

「ええ、最近は私達がよく動くせいか、前に破れかけたところが、あったはずよね。」

「う、うん・・・」

確かに、そこまで激しくはないけれど、動いてはいるなあ・・・ここでその話題は、顔が赤くなってしまいそうだけど。


「それに、競い合う人間達の話を聞いたら、シオリとこういう場所で、ゆっくりしたいと思ってね。」

「ああ・・・そうだね。私も・・・!」

そして、お試し用の布団に、ちょっとだけ座らせてもらい、その感触を楽しんでいると、ルルが隣から私を抱き締めてくる。


「なるほど・・・この上でシオリとこうするのも、心地よさそうね。」

「うん・・・本当だね。こんな柔らかいお布団で、ルルがぎゅっとしてくれたら、私もすっごく幸せ・・・」

ちょっとお高いものだから、今すぐにとはいかないけれど、ルルの腕の中で、もっとこうしていたいなと、心から感じられた。

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妖精とお買い物【KAC20255】 孤兎葉野 あや @mizumori_aya

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