俺は紬が嫌いだ。

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

俺は紬が嫌いだ。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「好きだぞー……愛してる……いつもバカな絡み方してるけどさ。本当はウチさ、わたるのこと好き……」


 放課後、自分の席、突っ伏して寝てる俺の耳元。

 声が聞こえる。腐れ縁のつむぎの声。

 聞き慣れた声の、聞き慣れない言葉。


 嫌いなヤツの語る、愛の言葉。


 そんな、夢。


「いつか、言えるのかなあ……? 起きてるときに、ちゃんと……渉のことが、好きだって……」


 ギリッと、歯噛みする。

 イライラする。うんざりする。こんな夢を見ることに。


 俺は紬が嫌いだ。

 無遠慮で無神経で、因縁がいろいろと。


「ね、渉は、どうかな……? 渉は、ウチのこと、好き――」


 腕を伸ばした。

 払いのけるように。

 その腕は、空を切った。


 顔を上げて、見渡した。

 夕暮れに染まる教室。誰もいない。俺しかいない。

 紬はここに、いやしない。


 そりゃそうだ。夢なんだから。


「……くそっ」


 イラつきながら、立ち上がって、カバンをつかんだ。

 もう十分に時間をつぶせただろう。俺は帰路についた。




 すぐに帰りたくなかったのは、紬と一緒に下校するハメになりたくなかったからだ。

 家がすぐ近所なせいで、つかまったら学校から家まで強制同行ルートになる。


 そう思って時間をつぶして、それで見るのが、あんな夢なんて。


「くそっ、くそっ」


 イラついて、歩く足が速くなった。

 それがよくなかったのか。

 あとほんの少し遅れていれば、最悪のタイミングで追いつくことなんてなかったのに。


「……あ」


 正面。夕焼けの住宅街。

 あの角を曲がれば俺の家と、紬の家がある。

 そんな、十字路。

 紬が彼氏と、キスをしていた。


「……ああ、くそっ」


 紬がどんな表情をしていたのか。向こうがこっちに気づいたのか。俺は知らない。

 知るより先に、きびすを返して、走り出していた。


「くそっ、くそっ、くそっ」


 あの二人が付き合い出したのはつい最近だ。

 彼氏の方も、俺の知ってるヤツだった。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


 俺は紬が嫌いだ。

 無遠慮で無神経で、因縁がいろいろと。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」


 走って、走って、走りながら、俺は気持ちの悪い自分の胸の中をひっくり返すように、力いっぱい叫んだ。


「俺は紬が!! 世界で一番、大っ嫌いだ!!」

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