今世紀最大のピンチ
茜さんを救うことができた我々は、もう満身創痍であった。くたくたで疲れ果てて、もう何もできない。
「あぁぁぁ。つ゛か゛れ゛た゛よ゛ぉ゛」
僕と同じく、霞も疲れたようで上着を脱ぐや否や、ソファにドサっと倒れ込んだ。
そしていつの間にか僕らは眠りに落ちた。
* * * * *
ガバッ!
「ハッ!い、今何時!?」
僕はソファに意識と体が沈み込んだ霞を起こした。
「あっ!ヤバい!大学!」
霞もこの状況のヤバさに気がついて焦り始めた。
僕はスマホの画面を見た。
時刻は9時。一限目開始は9時。
「...。」
「やばい!完全に遅刻だ!」
「いや。私なんかもう、どうでも良くなってきた」
「そんなこと言ってる場合か!」
「朝のニュースとか見よっと」
「そんな余裕ないって!」
霞は僕の言葉なんかお構いなし。リモコンを手に取り、テレビの電源をつけた。
『今日が良い1日になりますように。それでは素敵な日曜日を。朝のおNEWっすでした』
朝の情報番組『朝のおNEWっす』のキャスターの一言で、この部屋の時が止まった。
【朗報】今日、日曜日!
「今日、大学ないじゃん」
「ほんとだ。スマホに日曜日って書いてある」
しまった。はやとちりしてもうた。
疲れすぎて曜日感覚が狂っていたみたいだ。
「馨!焦らすんじゃないよ!」
「本当に申し訳ございません」
「さあ、どう落とし前つけてもらおうか?」
「駅前のスイーツはどうでしょうか?」
「たらん」
「では何か一つ願いを叶える券をあげましょう」
「ゆるそう」
* * * * *
「今日何しようか」
「併せしようよ」
併せ(合わせ、あわせ)とは同じアニメやゲームなどの作品のキャラクターに扮した複数のコスプレイヤーが集まって、一緒に撮影したり交流したりすること。
前の雑誌の特集が、井川出版社の漫画雑誌で連載されている、有名な漫画とのコラボで、その漫画のキャラクターのコスプレをして撮影するという仕事があった。その衣装がプライベートでもコスプレしてねということで霞の家に届いたらしい。
「ウィッグとかも全部あるの?」
「あるよ。段ボールの中に詰め込まれてた」
「それっていいのか?」
届いた衣装を広げてみる。
「やっぱり作り込みがすごいなぁ」
僕ら2人はこの漫画が好きで、仕事が決まった時もとてもテンションが上がった。
ピーンポーン
ん?来客?
せっかくこれからってところなのに。
「ちょっと見てくる」
霞はインターホンの画面を見た。
すると急に顔が青ざめた。
「おい!どうしたんだよ!」
「お...」
「お?」
「おや...」
「おや?」
『おや』ってなんだ?
何か疑ってる感じの「おや」か?
僕はおやと言う言葉をつぶやいてみた。
「おや、おや、オヤ、親...」
血の気が引いた。そう、気がついてしまったのだ。霞が青ざめた理由に。
「霞...おやってまさか...親?」
「ああ、新しいの左側に、見ると書いて親だ」
インターホンの画面には霞のお母さんのにこやかな顔が映っていた。
「霞ぃ〜。男連れて歩いてるの見たわヨォ〜」
「こりゃまずい」
「僕には笑ってるようにしか見えないんだけど」
「この口調、この顔!明らかに何か企んでる時の顔だ」
ここで親にバレるとまずい。
我々の活動は意外にも色んな人にバレまくっているが、親にバレるのだけはなんか違う。なぜかバレたくない。
ガチャ。
『え?』
なぜか玄関の扉が開く。
突然開く扉に恐怖を隠しきれない2人。
「お母さん?」
恐る恐る霞が聞く。
するとゆっくり、優しい口調で
「えぇそうよ」
とだけ聞こえてきた。
玄関から今いる部屋に続く廊下を歩く足音がする。ゆっくり、そして確実に僕たちに近づいている。
これは今世紀最大のピンチ。
ヒッソリとした声で作戦会議を行う。
「どうしよう」
「なんかいい言い訳とかないの?」
「そんなのあるわけないでしょ」
「ヒソヒソと話しても無駄よ。私、霞ママにかかれば、ヒソヒソ話の内容を聴き取るなんてお茶の子さいさい」
我々の話すら筒抜けでどうしたらいいかわからない。
母は強しという言葉がある。まさにそれを体験している。なうで。
霞は咄嗟に内開きのドアを押さえた。
「お母さん。ちょっと部屋片付けたいから待っててもらっていい?」
「そのままでも構わないわよ?」
「ちょっとそういうわけにもいかないんだよ」
霞はそう言いながら、僕の方を見て目で合図する。
そして口をぱくぱくさせた。
(押し入れに、衣装を、しまって)
と言っているようだ。
僕は急いで段ボールに、衣装を丁寧に畳んで詰めた。
「ちょっと開けなさい」
そう言いながら霞母は、霞に抑えられたドアを無理やり開こうとしていた。
「なに?私が部屋に入らないようにドアを塞いでるの?」
「違うよお母さん。立て付けが悪いんだよ」
「こんなの立て付けが悪いの範疇を超えてるわよ」
僕が必死で押し入れに衣装を入れる中、一歩も譲らない戦いが始まっていた。
僕は衣装の入った段ボールを、押し入れに詰め込んで霞のところに戻った。
(衣装、しまった)
口パクで霞に言うと、霞も口パクで
(母、入れる)
と返した。
「お母さん。扉から離れた方がいいよ」
「なんでよ」
「今から入れるようにするから」
「はあ?」
すると霞は突然、扉に込めた力をパッと解放した。
その勢いで霞母がとんでもない勢いで入ってくる。
「急に軽い!?」
そう言って倒れそうになる霞母。
僕はそれをギリギリ、体全体で受け止めた。
「きゃ!男じゃないのぉ」
せっかく受け止めてやったのに、霞母に強く押された。
恩を仇で返すとはこう言うことか。
女装男子と男装女子はバレたくない! 雨樋 朔 @sakuamadoi
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