第8話 また会おう

 正装というものは、どうにも俺には馴染まない。堅苦しく、窮屈で、息が詰まりそうになる。だが、今日は仕方ない。


 国王陛下の謁見の場で、俺は街を救った勇者として感謝の言葉を受けた。その場には、勇者の力に目覚めたマリナ、そしてフェルミもいた。


 二人は堂々と振る舞っていたが、俺は終始落ち着かなかった。


 グリッドは俺たちによって討伐された後、フェルミの魔道具によって拘束され、王国へと引き渡された。処遇については聞いていないが、重い罰を受けるだろう。


 同じく、街を襲ったゲネルも。


 復讐は、何も生まない。


 会見のあとは、城でささやかな宴が開かれている。だが、にぎやかな場はどうにも苦手で、俺はそっと抜け出して城のバルコニーに立っていた。


 風が心地よい。夜空には無数の星が、宝石のように瞬いている。


 そんな中、静かに声がかかった。


「賑やかなのは、あまりお好きではないのですね? ウィル様。……お隣、よろしいでしょうか?」


 振り向くと、清楚なドレスに身を包んだマリナが立っていた。頷くと、嬉しそうに隣に並んでくる。


「本当に……今日は色々ありましたね」


 マリナがそっと呟く。


 思い返す。


 今日一日で、いくつものことが起こった。


 国王陛下との謁見。マリナとフェルミとの出会い。勇者の洞窟、神獣との対面。ゲネルとの再戦、グリッドとの最終決戦——。


 濃密すぎる一日だった。


「確かに……いろいろ、あったな」


 しみじみと答えると、いきなり胸元に手が伸びた。


「うわっ……!」


 びっくりする俺に、マリナは必死な顔で言った。


「……すみません。傷が気になりまして」


 そうだ。俺は一度、ゲネルの爪で背中を貫かれていた。


「……マリナが助けてくれたおかげで、こうして生きていられる。本当に、ありがとう」


 心から伝えると、マリナは首を振った。


「違うんです。……私が心配で、駆けつけたせいで……ウィル様を危険に晒してしまった。だから、謝らないと……」


 俯いて呟くマリナ。


 だが、俺にも同じ経験がある。


 ルーエンを心配して無茶をしたことが。だから、これはお互い様だ。


「……まぁ、お互い様だな」


 ふっと笑いかけると、マリナも小さく笑った。


 少しの沈黙の後、マリナが尋ねた。


「……ウィル様は、すぐアルハイルブルグへ戻られるのですか?」


 城も悪くないが、やはり俺は、あの街の落ち着いた雰囲気が好きだ。


「そうだな。明日には、戻ろうと思ってる」

「……そう、ですか」


 マリナは寂しそうに、けれどどこか嬉しそうにも見えた。


 そんな時——。


「あらぁ、ウィルくんとマリナちゃん、いい雰囲気じゃないのぉ」


 間延びした声とともに、フェルミがふらりと現れた。顔は赤く上気し、足取りもおぼつかない。どうやら、かなり酔っているらしい。


「こんなところでイチャイチャしないで、国王陛下の前でイチャイチャしなさいよぉ。……陛下、すっごい目で睨んでるわよぉ」


 言われて室内を振り返ると——確かに、国王陛下がこちらを睨みつけていた。


「……戻るか」

「はいっ!」


 マリナは嬉しそうに俺の手を掴み、そのまま引っ張っていった。



 翌朝。


 アルハイルブルグ行きの馬車乗り場で、俺はマリナとフェルミに見送られていた。


「ウィルくん、また来てねぇ。それと、フィオラちゃんにこの手紙を渡しておいてねぇ」


 フェルミから手紙を預かる。フィオラ宛らしいが、中身はわからない。


 マリナは、目を潤ませながら言った。


「……ウィル様、また、来てくれますか?」


 その上目遣いに、胸がぎゅっと締めつけられる。


「あぁ、約束する。手紙もたまには送るよ」

「はいっ!」


 マリナは満面の笑みを浮かべた。


「それじゃあ、元気でな」


 馬車に揺られながら俺は目を瞑った。

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勇者やめました 〜転移したら平和な世界でのんびり暮らします〜 赤松 勇輝 @akamatsuyuki

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