羽根飾りの意味と旅人の強さ

季都英司

カミノトリのいる村と、旅人の強さ

 ここはとある雪に覆われた街の外れの森にある洋館。

 今この洋館では、ちぐはぐな二人がティータイムを楽しんでいた。

 一人は、パステル調のかわいらしい服を着た少女ミライ。普通の中学生。

 そしてもう一人は、濃い紫のニットに薄紫のロングスカートをはいた中年よりあと老年手前の気品ある女性。魔女とだけ呼ばれている。

 異世界よりの来訪者で旅の魔女を自称する。

 見た目だけではない。旅の魔法と呼ぶ異世界を渡り歩く魔法と、窓の向こうに訪れたことのある世界を映し出す『魔女の窓』の魔法を使う本物の魔法使いだ。


 こんな不思議な組み合わせの二人が、どういうわけかこの冬毎日のようにティータイムを繰り広げていた。

 行われるのはいたって普通のティータイム。

 テーブルには、少女は美味しい紅茶で魔女はコーヒーという違いはあるが温かい飲み物の入ったセンスのいいカップと、焼きたての美味しいお菓子の乗ったプレート、そして交わされるのは窓の向こうの景色を眺めながらのたわいも無い雑談。

 どこにでもある何の変哲も無いお茶会だ。


 そんなティータイムで、今日はこんな会話が繰り広げられていた。

「ねえ、魔女は最強の人って会ったことある?」

 紅茶のカップを置いたミライが、ふとそんなことを傍らの魔女に問いかけた。

「なんだいやぶからぼうに。最強だって?」

「そうそう。最強の人。伝説に残るくらい強いとか、戦えば負けなしとかそういうやつ」

 魔女がミライの唐突な話題に眉をひそめる。

「わかったよ、あんたまたヘンテコな物語でも読んできたね」

「ぎくっ、あたりー。最近読んでる小説がそんな感じのキャラが出てくるんだよね。異世界に転生していろんなスキルでのしあがる、みたいなやつ」

「この世界は、ずいぶんいろんな物語が書かれてるんだねえ。あたしもいろんな世界を巡ったけど、ここまで多彩な物語がある世界は初めてだよ」

 魔女がため息をつく。感服かあきれか。


「で、どうなの? 会ったことあるかな?」

 ミライの再度の問いかけ、魔女が少し考え込む。このやりとりもいつものことになってきたなと魔女は思う。

「そうだねえ。最強かどうかは知らないけれど『天下無双』だって言い張る奴になら何人か会ったことがあるよ」

「わ! やっぱりあるんだね。どんな世界でどんな人? 見せて見せて」

「仕方ないねえ」

 ミライがせかす。魔女はもう一度ため息をついて立ち上がると、窓の前に立ち紫のビロードのーテンを閉める。そしていくつかミライには聞き取れない言葉をつぶやく。窓の世界を切り替える儀式らしい。

 そしてカーテンを再び開ける。そこには今まで映っていたのとは違う景色が広がっていた。映す世界が切り替わったようだ。


「なにこれ!? 大きい……鳥の巣?」

 そこに映っていたのは、塔のように細長く高い岩山。

 そしてその頂上にはおそらくとてつもない大きさの鳥の巣がかかっていた。

「そう、鳥の巣さ。なんでもカミノトリとかいう火をまとう巨鳥をあがめる世界でね。この岩山を中心に集落ができあがってるんさ」

「へえ、すごいね。そのカミノトリ?は残念ながらいないみたいだけど」

 窓の向こうの巣の中には鳥らしき姿は見えなかった。

「で、これがさっきの『天下無双』さんとどうつながるの?」

 そうだねえ。じゃあ、話をしようか。



 この世界はどれくらい前に行ったんだったかねえ。まあ、だいぶ昔だ。

 祭りが近いってんで、旅人のあたしもずいぶん歓迎されたもんさ。

 やたらと屈強な男どもが多い村だったねえ。

 で、なんでも祭りでは村での天下無双を決める大会が開かれるのが習わしみたいでね。みな自分を鍛えるのに余念が無かったみたいだ。

 旅人のあたしが珍しいのかなんだか知らないけど、その男どもがやたらもじもじしながら代わる代わるあたしんとこに来て、俺こそが天下無双だ!なんていってくるんだよ。


「へえ、なんか変な人たちだね」


 あたしもそう思ったよ。で、どいつもこいつも大会ではぜひ俺を見てくれ、俺がいちばん強いから、なんていってくるのさ。正直ちょいとうっとうしかったね。


「旅しにきてるのに、そんなこと言われてもね」


 まったくさ。あたしも面倒くさくて聞き流してた。

 祭りがいつ開かれるのかって長老みたいな人に聞いたら、あるものを待っていますっていわれて数日待ったかねえ。


「何を待っていたの?」


 それがね……ってちょうどいい。窓を見てごらん。

 

「え? あれ、なんだか鳥の巣の周りに人が集まってきた……、ってうわ! 鳥!鳥が来た!」


 そうあれがカミノトリさ。炎をまとった燃えるような羽を持つ巨大な鳥だ。


「ひょっとして大会って、あの鳥を狩る、とか……?」


 いや、あの世界じゃ鳥はあがめられてるからね。そんな野蛮なことはしないさ。

 みてごらん、鳥が巣の上で羽を広げたろう。


「あ! 羽まき散らしてる!」


 そうあれが祭りの開始の合図さ。村中がカミノトリの降臨だ! 準備しろ! なんて言ってわらわら集まってくるんだ。要はあの羽を集めて祭りに使うんだね」


「何に使うの?」


 それがね……祭りの衣装なのさ。大会に使うね。


「えっと……なんの大会なの? 武闘大会とかじゃ無いの?」


 ダンスさ。


「ダンス?」


 そう、ダンス。要はダンスの披露会なんだよ、この祭りは。


「最強は……」


 まあ、強さにもいろんな強さがあるってことなんだろうさ。あたしも納得はしてないけどね。結局みんな天下無双なんて言いながらいちばんダンスがうまいっていいたかったんだねえ。


「私が思ってたのと違う……」


 そういうもんさ異世界の文化なんて。

 まあ、そんなこんなで大会が始まった。あたしに話しかけてきた連中がみんなカミノトリの羽で派手に着飾って楽器にあわせてダンスを踊るんだ。不思議な光景だったねえ。


「羽燃えてるんでしょ? 熱くないの?」


 まあ、それに耐えられるかどうかも天下無双の証明なんだろうさ。

 で、事前に言ってきたからかなんだか、ステージ上からみんなあたしを見てくるんだよ。落ち着かないったらありゃしない。


「で、大会はどうなったの?」


 よくわからんうちに終わったよ。なんだか審査員的なこともさせられたから、適当にやっつけた気がするよ。


「いいの、それ……?」


 そんなこといったってあたしはダンスなんてわからないからね。

 そして、その優勝者があたしのところにまっすぐ来てね。

 羽根飾りをあたしに贈り物だからって渡してくるんだ。あたりで歓声が上がってたねえ。なにをアピールしたいんだか。

 まあ、貴重なもんだしありがたくもらったけどね。


「それで、その後どうしたの?」


 どうもしないさ、羽根飾りをもらって。簡単な礼を言ってそれで終わりさ。なんか変な空気になったけどあれは何だったんだろうね。


「うーん……」


 まあ、この話はそれだけのことさ。



 魔女は話し終えると、コーヒーを口に運ぶ。

「どうだい、この天下無双の話は」

 魔女がニヤリとする。

「もっと、違う話が聞きたかったよー。剣と魔法で魔物を倒すとかさ」

 ミライはあからさまにがっかりしている。

「今度そう言う話もしてやるよ」

「え? そういう話もあるの!? そっち話してよ。私は心躍るような最強の話が聞きたかったんだから!」

「踊るだろある意味ね。まあ、強さにもいろいろあるってことを、ひよっこのあんたに教えてやろうと思ってね」

「もう!」

 ミライは憤慨しながら今日のお菓子のベリーのパイを食べる。甘さと酸味のバランスがとてもよく。ミライの機嫌は少し収まったようだ。

 そして紅茶を飲むと少し考え込んでいるようだった。


「どうしたんだい? パイはいまいちかい?」

 ミライが首を振る。

「ううん、今日も最高。そうじゃなくてね。少し思いついたことがあって」

「なんだい」

「いや、勘違いかもだし」

「気持ち悪いね。続けな」

 ミライは考えを整理しながらパイを食べきり、紅茶で流す。

「あのね。その世界の人たちが、魔女を見てた理由とかなんだけどね」

「理由?」

「この世界にはクジャクって言う鳥がいてね」

「何の話だい?」

 魔女にはピンときていないようだ。

「ちょっと聞いて。そのクジャクは雄だけが綺麗な羽を持ってるんだって。そして気に入った雌の前で大きく羽を開いて求愛のダンスを踊るらしいんだ」

「……求愛だって?」

「うん、それで羽が綺麗だとかダンスがうまいとかが雌の気に入れば~みたいなことになるらしいんだけど」

 魔女が顔をしかめる。

「あんた、まさか……」

「うん、ひょっとして魔女って、その祭りで結婚とか交際とか申し込まれてたんじゃないの? きっとその祭りってお見合いパーティーみたいな感じなんだよ。その世界に行ったのはかなり前って言ってたでしょ。まだ若いときだったんじゃないのかなって、魔女美人だし」

「なっ、よしとくれよ!」

 魔女がそっぽを向く。ミライはその様子を見てクスクスと笑う。

「笑うんじゃないよ、おかわりあげないよ!」

 どことなく気恥ずかしそうな魔女の声。

「はーい」

「……ったく、考えもしなかったよそんなこと。ほんと変な世界だよ」


 しばらく二人は窓の向こうを眺めて、ティータイムを楽しんだ。

 ふとミライが何かを思いついたようで魔女に尋ねる。

「ねえ、そういえばその羽根飾りってどうしたの?」

 きょとんとした顔の魔女が、言われていることを理解したという感じに手をポンとたたく。

「ああ、それかい。まだあるよ」

「あるの? みせて!」

「見せるのは難しいねえ。だって、布団にしちまったからさ」

「布団!? どうして!? 贈り物でしょ!」

「もらって気づいたんだが、カミノトリの羽はあったかいけど別に燃えないんだよね。旅の間の布団にちょうどいいって思ってね。加工しちまったさ」

「情緒無いなあ」

「旅暮らしにそんな情緒なんてあるもんかい。あったかくて重宝してるよ」

「なんだかなあ」

 ミライがため息をついた。


 魔女がまたニヤリとする。

「あんたの話題に一つ答えをやるとするよ。いろんな強さがあるけどね。旅人の強さってなね、自分に得になることはなんでもありがたく利用する図太ささ。覚えときな」

「はいはい、わかりましたよーだ」

 ミライが頬を膨らませる。

 魔女はその様子を見て、微笑んでミライに二杯目の紅茶を注ぐ。ティーコージーで覆われたポットの紅茶はまだ暖かかった。


 ミライは紅茶を飲みながら窓の向こうを眺める。

 その景色の中ではカミノトリが大きく羽を広げ羽をまき散らしていた。

 一見、とても幻想的な光景。

 だけど、これから起こるのはヘンテコな祭りなんだよなあ、とミライは嘆息する。   

 旅の難しさと面白さをミライは同時に思い知らされた気になっていた。

 次は、私の思う最強の話をしてくれますように。

 そんなことを考えながらかじるパイは、少しだけ酸っぱかった。

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羽根飾りの意味と旅人の強さ 季都英司 @kitoeiji

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