17 枝の上の子猫
一人暮らしを始めてから三回目の夏が来た。
点けっぱなしになっていたテレビに映っているアニメのエンディングに、知っている名前を見つけて動けなくなった。身を引きちぎられるような焦燥にかられた。会いたい。純粋にそう思った。彼は、あの部屋に今もいるのだろうか。
でも、翔くんが夢を叶えたことに対しては、何の感慨も湧かなかった。私たちはもう、別々の道に立っている。
しばらくして、一度だけ街で見かけた。ショッピングモールに入った大型電器店のゲームソフトコーナーでイヴェントをやっていた。サインをする翔くんの前の行列はあまり長くなかったけれど、馴れない笑顔で丁寧にファンの相手をしていた。
傍で見守る女の人がいた。上品な服を着ている。明るく染めた長い髪が記憶を動かした。見覚えがある。アスナさんだ。夜の店で立番をしながら震えていた子だ。半年ぐらい一緒だったが、ほとんど話したことはない。
いつどこで知り合ったんだろう。翔くんがお店に行った? なんのために。彼はああいう場所を必要としなかった。
関係ない。私にはもう、翔くんを枝から下ろしてあげることはできない。
子猫はいつか、大人になる。
温かい腕の中から飛び出さなければならない。
私にできるのは、木の枝から下ろしてあげることだけだ。
膝の上で抱き締めて土手に座り、川の流れを見つめる。
夜の川は見えないし、そもそも姿を現さない川もある。それでも川は流れている。
もしかしたら、子猫は私の方なのかもしれない。
だとしても、今はまだ、木の枝で震えていようと思う。
枝の上の子猫 宙灯花 @okitouka
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