「天下無双」「ダンス」「布団」

白川津 中々

◾️

「バカじゃねーの?」


 3年A組の担任である葛城は呆れ果たし尽くしたような表情を作っていた。


「とはいえ、決まったことですから。多数決で」


「そうは言ってもだよ。さすがにこれは……」


「先生。民主主義的方法にて決定された内容に異議を唱えるのですか」


「小賢しい言葉を並べるな」


「学生なのですから、そりゃ小賢しいですよ。勉強してるんですから」


「開き直るな見苦しい」


 葛城は生徒の頭をやんわり叩くと、改めて黒板を睨んだ。文化祭出し物投票とのタイトルに続きゲームセンターとかフリーマーケットとか書かれている中、最も多く正の字を獲得していたのが、お昼寝屋だった。


「教室に布団を並べるだけだろ。いいのかお前ら、三年最後の文化祭がそんな堕落したもんで」


「お言葉ですが先生。近年日本人の睡眠不足は社会問題となっております。当校の関係者も例に漏れず、毎日働いていたり家事をこなす保護者の方々然り、授業の他、部活に書類仕事と激務の先生方ももちろん、受験対策真っ只中でノイローゼ気味の三年、進路について悩む二年、未だ学校に馴染めきれていない一年、全ての人間に、睡眠から分泌されるメラトニンやセロトニンが必要なんですよ。文化祭を通して得られる苦悩、喜び、そして思い出は確かに得難いかもしれません。しかし、僕達はそういったものを犠牲にしてでも、疲れている皆さんに束の間の休息を与えたいのです」


「ご大層な理屈をツラツラと言っているがね。やりたくないだけだろ、面倒な事を」


「その向きもあります」


「その向きしかないだろ」


「いずれにせよ、決まったことです。だいたい先生が全員で決めろと言ったんじゃないですか」


「そりゃ言ったけども……」


「むしろ先生の方こそ放任や自主性といった建前で楽をしたいだけだったんじゃないんですか? 学校行事への介入により生じる責任と義務。それを負うことを、億劫に思ったんじゃあないんですか?」


「……」


 葛城は言い返せなかった。ぐうの音も出なかった。なぜならまったくその通りだったからだ。剣道部の顧問として指導方針の見直しや合宿の計画。他校顧問との付き合い。連盟関連の雑務など、対処、処理しなくてはいけない仕事が山程にもある。しょうみな話、文化祭などに貴重な時間を割きたくはなかった。


「ともかくこれは決定事項です。それでは僕らはお昼寝屋開店に向けての準備がありますので、これで」


 丸め込まれた葛城は一間おき教室を見渡した。漫画を読む者やゲームをする者。既にお昼寝している者など、一様に文化祭の熱を感じない為体。これでいいのかと思いつつも残っている業務について考えると、一歩踏み込めない。


「まぁ、いっか」


 そう呟き教室を出る葛城。廊下を渡る際、マクベスを演じるらしいB組や、朗読劇を開くというC組から目を背けつつ、職員室へと戻っていった。



 その日の夜、葛城は布団の中で考えた。文化祭の出し物が本当にお昼寝屋さんでいいのか。三年間の集大成が、お布団並べて寝てもらうだけの省エネ活動で許されるのかと。


「……許されるわきゃあねーだろ!」


 葛城、覚醒。

 絶叫とともにベッドから飛び起き机に座ってPCを起動。カタカタとキーボードを打ち続け翌日。徹夜で出勤した彼はホームルームにて唸った。


「君達には文化祭でミュージカルをやってもらいます」


 この一言に、生徒一同は騒めく。


「横暴だ!」


「民主政治を打倒するつもりか!」


「暴君!」


 浴びせかけられるブーイング。しかし、葛城は動じない。教師として、威厳ある態度で声をあげる。


「黙らっしゃい! そもそも学校教育は封建制度! 我々教師が絶対的権限を持っているのだ!」


「文化祭は生徒の自主性を重んじるべきでしょう!」


「なるほど自主性か。確かにその通りだが、しかし、それであれば少数派の意見を切り捨てるわけにはいかんなぁ? マイノリティの考えを汲んでこそのクラス決定。この中にミュージカルをやりたい奴がいるかもしれない。そういった人間を排斥するのはそれこそ民主主義に反する愚行。貴様らに大義はなくなるわけだ」


「そんな奴がいるわけ……」


 いるわけがない。そう言い切る前に、生徒の声が淀んだ。


「木村、佐藤、川口。お前ら、ミュージカルやりたいよなぁ?」


 葛城が名を呼んだのはいずれも剣道部である。

 部活における顧問は絶対。「いいえ」と言えるはずもなく、三名は「はい」と短く声を張った。


「はい。いたな。こいつらの気持ちを踏み躙るわけにはいかんし、仲間としてみんなで手を取っていかねばならん。というわけで、ミュージカルをやるぞ」


「ひ、卑怯だそんなの!」


「うるさいぞ。決定は決定だ」


「台本はどうすんだ!」


「任せろ。ちゃんと用意してある」


 配られる分厚いホチキス止めのプリント束。題名。『天下無双宮本武蔵-ダンスインザガンリュウ-』昨晩に徹夜で書き上げた葛城ドヤ顔の自信作である。実は葛城、大学時代は舞台俳優を経験している役者崩れ。台本脚本お手のものであった。


「貴様らの馬鹿な頭でも分かるように書いてきた。時間的には15分程度。お手軽だろう」


「先生。15分じゃ体育館使えないのでは」


「案ずるな。今回はマジョリティの意見も考慮しお昼寝屋も開きつつミュージカルも行う」


「どうやって……」


「ま、それはおいおい説明していく。そんなことより、やると決まったからには早速練習だ。俺は厳しいから覚悟しろよ?」


 溜息の合唱の後、机と椅子が端に寄せられ稽古開始。連日連夜の鬼特訓が始まった。

 言葉通り葛城の指導は厳しかったが適切で、生徒達はみるみるうちに上達。二ヶ月の準備期間内で素人ながらにも見られるまでに至る。


 そしてとうとう文化祭当日を迎えた。


「さぁ皆様、起きる時間です。目覚めのミュージカルをご照覧ください」


 教壇に当たるライト。吊るしたインスタント暗幕から生徒が飛び出してくる。


「武蔵、臆したか!」


「やぁやぁ待たせたな佐々木くん」


「遅いぞ武蔵!」


「何を怒る。むしろ感謝してほしいものなんだがなぁ」


「なんだとぉ? どういう意味だ!?」


「俺が遅れた分、君は寿命が伸びたんだよ。分かるか? 佐々木小次郎は今日、天下無双、宮本武蔵によって打たれるのだ」


「……おのれ武蔵!」


「鞘を捨てたか……! 小次郎、敗れたり!」


 鳴り響くミュージック。ダンスとソングが小さな教室を震わせる。お昼寝30分に目覚まし代わりのミュージカル15分。これが葛城が出した答えであった。


「……いいじゃないか。これだよ、これ!」


 演じる生徒の表情はなんだかんだで豊かな色合いをしていた。青春に刻まれる1ページ。若さが迸り輝く時。葛城の目尻は下がり、潤んでいった。


「我が名は武蔵! 宮本武蔵! 世に鳴り響くは二天一流……」

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