布団無双ダンスマスター
千歳ミチル
第1話
天下無双なんて、退屈だ。
だって、僕が天下無双だったから。
「というわけで、踊ってください」
「え?」
「踊ってくださいって言ってるんですよ、先輩。天下無双のあなたに」
教室の隅っこに引きこもり、布団のようにぐるぐる巻きにくるまって昼寝を楽しんでいた僕に向かって、あろうことか後輩の江奈が、ダンスを要求してきた。
なぜ? どうして? まったく理解できない。というか、理解したくもない。踊るのは苦手だし、踊る必要もない。僕に与えられた才能は、天下無双の「眠る」能力だけなのだから。
「天下無双の人間は、普通、なんでもできるんじゃないですか?」
「普通はそうかもね。でも僕が無双なのは、睡眠というただ一つのフィールド限定だよ。他はからっきしだめ」
「布団の中では天下無双……って、冗談みたいな肩書きですね」
「冗談ではありません。僕は真剣に寝てるんですよ、江奈。睡眠は芸術です」
僕は言いながら、布団を肩まで引き上げて身を包む。この、ふわふわと全身を包む感触。身体が眠りに滑り落ちる寸前の心地よい溶解。これが僕の天下無双。完全無欠の至福だ。
「踊ってくれないと困りますよ、先輩。だって、ダンスコンテスト、先輩の名前で勝手にエントリーしちゃったんですから」
「……どうして僕にそんなことを?」
「だって先輩、天下無双でしょ。無双の先輩なら何だってできるって信じてますから」
「あのね。僕が唯一、真に天下無双なのは、この布団の中にいる間だけだ。ここから出れば、僕はただの無双以下。並み以下。平均未満のダメ人間です」
「じゃあ、ダンスだって、布団の中で踊ればいいじゃないですか」
「……布団の中で?」
「そう。布団の中で踊ることができる人なんて、世界に先輩だけ。先輩の布団ダンス、略して『フトンダンス』。これなら、天下無双の名にふさわしいパフォーマンスになると思いません?」
「フトンダンス……」
江奈の言葉が耳に引っかかったまま、僕は寝返りを打った。確かに、布団の中で踊る。これなら僕にだって、できるかもしれない。
天下無双、フトンダンス。
あまりにくだらない。あまりに無意味で、完璧だ。
やはり、天下無双なんて退屈だ。
でも、その退屈が案外、癖になる。
布団無双ダンスマスター 千歳ミチル @hutuunohitoninaritai
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