かつて魔王と呼ばれた
稲月 見
第1話 魔王の産声
この世で最も美しい一閃が勝敗を決めた。
『勇者』と『魔王』の長き戦いが終わる。
俺は、独り残してしまう彼女に、何を伝えるべきだろうか。
「……見事だ、勇者」
「貴方らしくない終わり……」
足音が近づき、慣れた温もりに抱かれた。
血で汚してしまうのは嫌だったが、振り払う力さえ残っていない。
「お前らしくない……はぁ……堂々としていろ」
「ねえ、ヴェルレクト」
震えを抑えて、俺の名を呼ぶ声が遠い。
一切の望みを感じさせない目。そんな紅い目に見られて、嫌気を訴えるように息を吐いた。
お前らしくない。笑っていろ。
「勇者でも魔王でもなければ、幸せになれたかな」
まるで、不幸だと言われたようだった。
いつの日か話した幸せを思い出して、答えに迷う。
今生、最後の言葉になるか。息が浅くなる一方で、細まる視界を睨みながら、喉を震わせた。
「……知らんよ」
力が消え失せ、自身の全てが無へ帰ろうとするのを実感する。
「また会おうね」
最後まで、エリシアの温もりが離れない。
叶えられぬ約束を耳に、俺は意識を手放した。
――――――。
――――。
――。
魔王の冠が、新たな魂に擁かれた。
不完全性を強く警告しながらも、魂の色が不釣り合いに混ざり合っていく。
遂に――根を張り巡らせた魔王の記憶が、新たに育まれた意識と接続する。
俺は、転生の完了を自覚した。
人。三歳。男。シレンテス辺境伯の三男。名はイデアル。それが現在の俺だった。
「……」
自分の、小さな手を見つめる。比べるのは、魔王であった時の手。
随分と、小さくなった。そう思って、おかしな話であることに気づく。
本来、魔王の転生に記憶の継承は含まれていないのだ。
しかし、「イデアル・シレンテス」という物心着いたばかりの意識は、魔王の記憶に支配されてしまっている。
そして、無いはずの魔王の記憶を持ちながら、有るはずの魔王の力が、小さな身に感じられない。
あまりにも無力だった。
魔王の証明は記憶ではなく、力である。
不可解な点は残るものの、この無力こそ、魔王でなくなったことを証明するものだ。
これまで感じることのなかった無力感が、実感させる。
記憶が過去だとわかることも自信となっていた。全て過去となって、解放されたのだと思った。
過去か。魔王の死後は、どうなっていったのだろう。
「おはようございます、イデアル様」
狼の耳と尾を持つ人――
笑顔を見せると、丁寧に俺のことを抱き上げた。
セレナの耳や尻尾を見る。
獣人が人の貴族に仕え、三男とはいえ、その子を抱き上げている。
勇者が勝利した世界は、魔王の意志さえ引き継いでいるのかもしれない。
俺は、魔王の死後について知りたくなった。
「おはよう」
「ふえぇ!?」
少女セレナが目を見開いて大きな声で驚いた。
三歳の身体だが、ものがいいのか、発音に問題はなさそうだ。不自由なく話せる。
「セレナ、頼みがある」
「はい、何でしょうか!」
「緊張しないでくれ。本を読みたい」
うむ。この身体、凄く都合がいい。
――――――。
――――。
――。
セレナに運んでもらって、本を保管している部屋にいた。
数多ある本の中から、歴史について記されているものをセレナに取ってもらう。
どれだけ優れた身体であっても、三歳児には限界があった。俺の身体一つでは何もできない。
献身的に動いてくれるセレナの存在は、俺にとって、とても大きかった。
「ふむ」
「可愛い!」
魔王の記憶によって、字は問題なく読めた。
セレナに見守られながら、俺は本を読み進めていく。
魔王が勇者に討たれた後のことについて――。
魔王の後継を称する『
結果的に、七王侵攻は魔王侵攻よりも、人の領域を深く奪い取った。
だが、魔王亡き時代の主役は、七分の一の冠を被る者ではない。
七王は、『英雄』に敗れることとなる。
「英雄……」
「あぁ……可愛い」
七王は、力こそあれど器がなく、器こそあれど力がなかった。
一方で、英雄は全てを揃えていた。
魔王の手段だけを真似た七王と、思想を追究する英雄。
当時『
時代の流れに推された英雄は、魔王の賛同者として異人の旗手となり、七王軍を英雄軍に翻らせた。
魔王勢力は七王によって七つに割かれたが、英雄勢力として一つに帰ったのである。
その後、七王は、英雄の旗の下で討伐された。
「わからないものだな」
「可愛すぎる……」
異人の一人であった英雄が、七王の脅威から救世した過程と結果。その全てが、一つの蔑称を破壊することになる。
それは、魔王が求めたものだった。
「セレナ」
「はい!」
「これは、本当か?」
英雄は、歴史を動かすに足る「機会」と「資格」を持っていたのだろう。
俺が指した一文を、セレナが読み上げる。
「異人は消えた。はい、本当ですよ」
勇者に認められ、権威を確かなものにした英雄は、語った。
獣の耳や尻尾を持っていても。不老に似た長命でも。大木に並ぶ巨体でも。人とは違う、何かがあっても。
それらは決して、人とは異なる者と、蔑まれるべきではない。
魔王の言葉だと。
隻角の
「私たちは『
「……」
まだ小さいからか。
涙を堪えることができなかった。
「うあぁぁぁ!」
「イデアル様!?」
こんなにも、嬉しいことはない。
俺が泣いたことで、城中が騒いだ。
どうやら俺は、泣かない子だったらしい。
誰かが言った。
産声だ、と。
そうかもしれない。
これは、元魔王の産声だろう。
かつての夢が現実になったのだ。最早、思い残していたことは消え去った。
この瞬間、俺は本当に、生まれ変わったのだ。
「うあぁぁぁ!」
真っ新な白布に色が滲むように、ふと、思い出す。
我が宿敵は言った。
『勇者でも魔王でもなければ、幸せになれたかな』
『……知らんよ』
あの時は、寂しい返ししかできなかった。魔王の持つ答えは、あれだけだったから。
今ならどうだ。
そうだ。この命で確かめよう。
俺は、魔王ではないのだから。
俺は元魔王、イデアル・シレンテス。
「うあぁぁぁ!」
この自由な生涯で答えを出し、必ず、お前に送ろう。
かつて魔王と呼ばれた 稲月 見 @Inazuki_Ken
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