踊る者の眠る場所

コラム

***

妹の茉莉がいなくなったのは、金曜の夜だった。


仕事が長引いて帰宅が遅れた私が家に着いたのは、深夜近くだった。


玄関には茉莉の靴が揃えて置かれていて、寝室を覗くと布団がきれいにたたまれていた。


普段は散らかし放題の部屋が、妙に整然としているのが不気味だった。


机の上には彼女のスマホが置かれていた。


開いてみると、最後に再生されていたのはSNSのライブ配信だった。


画面には薄暗いダンスホールと、踊る若者たち。


そして中央で群衆を率いる高身長の男。


そのタイトルには「#天下無双スタジオ」とだけ書かれていた。


翌日、私はそのスタジオを調べた。


地元で最近話題になっているダンス教室で、カリスマ的な講師がいるという。


しかし、ネットの掲示板には奇妙な噂もあった。


「行方不明者が最後に訪れた場所」


「一度行くと戻れない」


――そんな書き込みがいくつも見つかった。


不安を抱えながらも、私はその日の夜、スタジオを訪ねた。


住所を頼りにたどり着いたのは、古びたビルの一室だった。


中に入ると、薄暗い照明の下で若者たちが踊っていた。


中央には、ライブ配信で見たあの男が立っていた。


彼は私に気づくと、微笑みながら手招きをした。


「君も踊りに来たのかい?」


その声は妙に耳に残る響きがあった。


気づけば私は彼のそばに立ち、音楽に合わせて踊り始めていた。


足が勝手に動き、止められない。


周囲の景色が歪み始め、他の若者たちの姿が次々と消えていく。


そして、彼らがいた場所にはきれいにたたまれた布団が現れるのを目にした。


「君もここで休むといい」と彼が囁いた瞬間、私は足元に見覚えのある布団を見つけた。


それは茉莉のものだった。


全てを理解した時、視界が暗転し、意識が遠のいていった。


目を覚ますと、私は自宅の布団の中にいた。


しかし、鏡に映るのは私ではない。


茉莉の顔をした誰かだった。


スマホを手に取ると、新しいライブ配信が始まっていた。


そこには、私がダンスホールで踊る姿が映し出されていた。


そのコメント欄には「#天下無双スタジオ」の文字が並んでいた。


次の犠牲者を誘う罠だと分かったが、もう何もできない。


私は茉莉として生き続けるしかない。


そして、誰かが私を探しに来るのを待つのだ――同じ運命を辿るために。


〈了〉

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