他愛ない夢の話

三屋城衣智子

他愛ない夢の話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 単純な話だ。

 何を食べただとか、どこへ行っただとか。

 そういう、他愛ない話。


 やれあそこの店のおでんはつゆが濃いめで美味い、だの。

 やれどこそこの店にはクラフトビールが常に置いてあるから、頼めば出てくる、だの。

 そういう、他愛ない話。


 春、桜前線を追いかけて軽自動車一つでどこまでも追いかけて行ったりだとか。

 夏、じっとりと汗をかきながらディズニーランドで長時間並んだだとか。

 秋、滋賀の、メタセコイア並木の中で写真を撮っただとか。

 冬、白川郷の合掌造りを見に行ったことだとか。


 そんな昔にあったことの話だけれど。

 一つだけ特徴があった。

 必ずと言って良いほどに、話した相手が不可思議な反応をするのだ。


 1回目は、食事の話に合わせて、ちょっと味が薄いと話しただけだった。


 2回目は、出かけた話に合わせて、迷子になったと話しただけだった。


 3回目は、季節の話に合わせて、次の桜前線はまた追いかけたいと話しただけだった。


 その話をすると、決まってなんだか申し訳なさそうな顔をされる。

 なぜそんなにも返事に言い淀むのだろう。

 ただの、夢の中の話なのに。


 4回目は、外出から戻ったら財布と鍵がなくなっていた。

 5回目は、消した電気がついていた、後テレビも。


 流石におかしいと思って、警察に電話しようとして止められた。

 夢の中で止められる、というのもおかしな話だ。


 そういう時くらい、私の願望が叶えられても良いというのに。


 6回目は、通帳がなくなっていて、家中探しても見つからない。

 7回目は、食べてない朝食を食べたと勝手に決めつけられた。


 夢の中で、どうしてそんなにも行動が制限されてしまうのだろう。

 詮無い話なのかもしれなくても。

 どうにも、納得がいかなかった。


 8回目は、テレビのリモコンがどこにいったかわからなくて、尋ねたけれど、もうよくわからなかった。

 銀行の通帳がなくなっているし、家中を探し回ろうにも入ってはいけない場所があると言われて、通せんぼされる。

 自分の家なのに、夢なのに。


 そうして、9回目。

 隣に誰かを探している。

 帰らなくてはならない場所がある。

 けれど、どこへ。

 あの桜並木は、一体いつどこで目にした光景だったか。

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他愛ない夢の話 三屋城衣智子 @katsuji-ichiko

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