突然異世界転生した俺が、天下無双の称号をゲットした理由

蒼河颯人

突然異世界転生した俺が、天下無双の称号をゲットした理由

 朝は早く、帰りは終電の毎日を送る俺は、色んな意味でギリギリな日々を送っていた。時間外労働なんて当たり前、休日出勤の振り返え休日はあってないようなもの。いつまで経っても上がらない給料……いっそ死んでしまった方がマシなんじゃないだろうか? とつい思いたくなる。


 そんなある日、鉛のように重たい身体を、引きずるようにして自宅へ帰宅した俺は、着の身着のまま布団の上へと沈み込んだ。本当なら背広を脱ぎたいし、シャワー浴びたいし、飯も食いたい。しかし、全ての煩悩より睡眠欲の方が圧倒的に俺の意識を凌駕した。


 (お願いだ。ちょっとだけ、五分だけ寝かせてくれ。起きたら全部やるから……)


 俺は未来の俺に、約束と言う名のノルマを課し、一気に意識を飛ばした。


 ◇ ◇ ◇

 

 突然何かが弾ける音が鳴り響き、地面が大きく揺れた。

 あまりのやかましさに、俺は一気に目覚めた。

 身体を起こしてみると、どうやら石畳の上に寝ていたようだ。

 布団の上にいたはずだが、ここは一体どこだろう?


 俺が一人首を傾げていると、がしゃがしゃと、金属が重なり合う音と、人の声が聞こえてきた。音の原因はあれかよ。地震かと思った俺は、そっと胸をなで下ろした。あれは金属製の甲冑だろう。歴史に疎い俺でも分かる位のものだが、現代日本では見られない代物だ。何だろうと思い、周囲をふと見渡してみると、石で作られている壁が見えた。目の前にあるのは、どうやら城壁のようだ。今どき石造りの家だなんて、ほぼ見ない。


 (ひょっとして俺ってば、寝ている間に異世界転生してしまったのか!? )


 驚いた俺は試しに頬をつねってみると、物凄く痛かった。夢じゃない! 俺ひょっとして、布団の上で突然死してこの世界に飛ばされてしまったのか!? マジかよ!?


 一人でうろたえていると、一体の甲冑が俺に向かって歩いて来るのが見えた。きっと兵隊だろうけど、何だかヤバい気がする。手に持った槍を構えているし。マジかよ!


「誰だお前、新手の侵入者か!?」

「いや……その……」

「誰かおらぬか!? 曲者がこの城内に侵入しておるぞ!!」

「ちちちちち違うって! 俺は怪しいものではないって!!」


 突然、一方的に侵入者認定を受けた俺は、何が何だか訳がわからなかった。しかし抵抗虚しく、現れた二・三人の金属製の甲冑達によって捕まえられてしまった。がっちりと捕まれた肩や腕が痛む。あああ俺ってば、この世界でも自由がないだなんて、何てついてないんだろ。項垂れた俺を、甲冑達は引きずるように連行していった。


 ◇ ◇ ◇


 とらえられた俺は、甲冑達が言う「王様」と呼ばれる人物の前に突き出された。視線をあげてちらと盗み見すると、その人物はこめかみとあごひげがっついているタイプの、見た感じ如何にもといった「王様」だった。服に肩当てをつけているし、服装は何か金の装飾品や高価な宝石が散りばめられていて、すごい豪勢な毛皮のガウンを羽織ってるし。俺はその「王様」の前へと、強制的に跪かせられた。俺ってば、何か罪人みたい。とことんついてないなぁ。


「お前、名を何と言う?」

「タ……タイガと言います」  

 

 面倒くさかったので、俺は下の名前だけ言うことにした。苗字を言っても、この国の人間達を却って混乱させる気がしたからだ。


「タイガとやら、随分珍妙な格好をしているが、どこから来た?」


「王様」に指摘された俺は、改めて自分の格好を見直してみる。そりゃあ、俺は背広だもんな。この国の人間から見れば、宇宙人に見えてもおかしくないだろう。

 

「に……ニニニ、ニホンと言う国から参りました。あ……怪しい者ではないです」


 俺が舌をかみまくりつつそう言うと、目の前の「王様」は茶色いひげを人差し指で弄りつつ、片眉を上げた。


「お前が怪しくない証拠は何処にもない。この国では、怪しいと思われた人間は全て処罰すると言う法が定めてある」

「そ……そんな……!!」


 いきなり意味不明なこと言うなよ「王様」! 無茶苦茶にも程があるじゃないか!


「ただし、条件がある」

「条件……ですか?」

「あのトリ様を喜ばせることが出来たのなら、お前の命は助けてやろう。有り難く思うが良いぞ」


 (トリ様……何故に様付け? )


 どうでもいいことに首を傾げつつ、「王様」が指差した方向をみれば、天井近いところに籠がぶら下げてあるのが見えた。多分鳥籠なのだと思う。金属製のだ。しかし、中には何もいなかった(ように、俺の目には見えた)


「……?」

「うむ。このトリ様は、普段は目に見えない。機嫌が良くなられると、そのお姿を見ることが出来るのだ。儂を含め、今までこのトリ様のお姿を目にしたものは誰もいないのだ」


(一体どういうトリなんだよ。その〝トリ様〟いうトリ……)


「……はぁ……そうですか……」

「タイガとやら。このトリ様のご機嫌をとってみよ。さもなくば生命はないものと思うが良い」


 ……随分と無茶苦茶理不尽なことを言ってるよ、この「王様」。でも、こう言われたなら仕方がない。何かやってみるか。


 そこで俺は頭の中から案をひねり出そうと思い、気紛れに口笛をぴぅと吹いた。それはほんのかすかな音だった。


 すると、眩い光に包まれた何かが、鳥籠から飛び出し、床の上へと舞い降りてきた。それは孔雀の羽のように、虹色に輝く美しい尾と羽を持つ、美麗なトリだった。しかも、そのトリは床へと着地した途端、お尻を震わせつつ、右へ左へとステップを踏み始めているではないか──どこかふらふらしているように見えるのは、俺の見間違いか?


「おおおおお! トリ様を顕現させるのみならず、トリ様を降臨させるとは、何たる力!」

(おいおい、大袈裟だな。力って、ちょっと口笛吹いただけだが? )

「しかも、トリ様が舞を踊っておられる。これは上機嫌でいらっしゃる何よりの証拠!」

(舞って、あれは踊っていたのか? あれは本当にダンスなのか? どう見てもふらついているようにしか見えないのだが? )

「そなたに〝天下無双〟の称号を与えよう。以後、このトリ様のために尽くすが良いぞ」

「……ははあ……あ……ありがとうございます……? 口笛一つで、そこまで喜んで頂けて、何よりです……?」


 俺はそういうことしか言えなかった。侵入者認定からトリ様のお世話係へと、いきなりグレードアップして、意味不明だ。「王様」も急にご機嫌良くなるし。まぁ、殺されるよりマシだけど?


「お前が今吹いたのは〝口笛〟というものなのか? 儂を含め、他の者達も似たようなことをしても、この〝トリ様〟はそのお姿を見せることはなかったのだ。先王の時代に一度顕現されて以来だったのだ。誠に素晴らしい〝天下無双の口笛〟と見える。恐れ入った」


 ただ、口笛を吹いただけで、「王様」でさえ頭を下げてくる状態だ。このトリの降臨が、そこまで希少価値のあることだったのだろうか。俺にとっては大したことではなかったが、この国の者達にとっては大事なことなのだろう。俺は理論総無視で、自分を強引に納得させた。


 すると、それまで俺を憎き敵と言わんばかりな表情で睨んでいた兵達が、満面の笑顔で俺に抱きついてきた。俺ってば、やっぱり、そんなに凄いことをしたのか? 


「この国は、このトリ様がご機嫌でいらっしゃることが、天下泰平の要なのでございます。タイガ殿。天下無双は貴方様のために存在するような、ありがたい称号です。さあ、皆の衆! 今日は祝いじゃ! 平和な世が続かんことを希う!!」


 何が何だか良く分からない俺は、目が点になったままだった。そんな俺を囲んで、甲冑達や兵達や国民達は飲めや歌えやで陽気に騒ぎ出したのだ。分からないけれど、俺の気分は良かった。この世界でも、誰かの役に立ちたかったのだろう。


 とある兵に酒の入った器を持たされ、中身を飲まざるを得ない状況に置かれた俺は、妙に浮かれた気分になって、器の中のものをつい一気飲みしてしまった。甘くて上手い酒だが、口の中で羽が生えたような、ふんわりとした感触がする。そう感じたと同時に、目の前が一気に真っ白になった。


 ◇ ◇ ◇


 目が覚めると、いつもの布団の上だった。


 目の前にある時計の文字盤を見ると、まだたったの十五分しか経過してなかった。やっぱり全ては夢だった。でも、何故か頭がすっきりしたからまぁいっか! と思った俺は、手に何かを掴んでいる気がして、その右手をふと覗いてみた。


 手のひらには、虹色に輝く、孔雀の尾のような美しい羽が一枚のせられていた。


 ──完──

 

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