踊り子

シンカー・ワン

Dear Dancer

 宵闇に包まれた迷宮保有都市バロゥ。

 冒険者用歓楽街の一角に建つ『妖精酒場エルフバーアルビオン』は今宵も盛況だ。

 カウンター席にひとり腰掛ける忍びクノイチ。常連とまではいかないが、よく通っていたりする。

 『乙女の座ユングフラウ』という顔役が経営していることもあり、羽目を外しがちな冒険者もわりと大人しく、落ち着いて飲食ができるからだ。

 一党パーティ女魔法使いねぇさん女僧侶尼さんも度々利用するが、熱帯妖精トロピカルエルフは頑なに来店しようとしない。

 『一度店員服を着せさせられたの、それほど酷だったのか……。尼さんなんて「付け耳するから働かせて」なんて乙女の座に直訴するほど着たがってるのに』

 人ってわからないものだなぁ、なんて思う忍び。

「今日はひとり?」

 隣のスツールに、店主である氷雪妖精フローズンエルフ・乙女の座が腰かけ話しかけてくる。しっかり給仕服を着込んでいる辺りはさすがだ。

「誘いましたが、ねぇさんと尼さんは用があるからと。熱帯妖精あいつはたぶん、宿で布団被ってますよ」

 忍びの言い分に、クスクスと笑う乙女の座。

「もう働かせようなんて思ってないのになぁ~」

熱帯妖精あいつは絶対信じませんて」

 辛辣な忍びの言葉に、「むぅ~」と唇を尖らす乙女の座。

 一瞬の間を置き、互いに失笑する。

 笑いを交わしながら、気安くなったものだなと、頭の片隅で忍びは思う。

 自分より実績も経験もある乙女の座に対し、これほど気さくに接することができるようになるなんて。

 そういった空気感を作り出している、この大ベテランの、懐の深さを思い知る。

「――でも、いい日に来たわね」

 笑みを残したままで告げられた乙女の座の言葉に、なにかあるのかを忍びが問いかけようとするが、

「もう始まる。ほら」

 店の奥にしつらえられたステージへと、視線を誘う乙女の座。つられてステージへ目を向ける忍び。

 ステージの脇には店のコンセプトにのっとって、妖精族エルフ半妖精ハーフエルフで揃えられた楽師たちが控えており、決まった時間耳障りにならない音量でムーディな曲を奏でている。

 今はブランクタイムで、次の演奏まではまだ時間があった。

 ひとりの楽師が立ち、手にした管楽器を吹き鳴らし、客たちの視線をステージへと向けさせる。

 他の楽器も続き、盛り上がる音楽に導かれるように舞台袖から現れたのは、露出こそ多くないが身体の線がくっきりと浮き上がる衣装を身に付けた踊り子。

 ゆったりした調べに合わせ、地を這うような低い姿勢で腕を振るい身体を揺らす。

 重く響く打楽器のリズムが始原の鼓動を感じさせ、せり上がる上半身や腕全部を使った大きなマイムが、命が生まれてくる力強さを伝えてきた。

 酒場の舞台、きわどい踊りを待ちかねていただろう酔客たちが、期待外れの声をあげることもなく息をひそめ魅入る。

 忍びも他の客たちと同じ、目が離せない。

 低く重いリズムが一転し、管楽器が高らかに吠え、弦が激しい唸りを刻む。

 踊り子も立ち上がり、それほど広くないステージをいっぱいに使い、全身を躍動させる。

 そのダンスは、まるで人生を謳歌する喜びを表しているようだと、忍びには思えた。

 狭い舞台で踊り子は跳ね、回り、腕を振るい脚をあげる。

 飛び散る汗が、照明に照り映え眩しい。

 やがて演奏はテンポを落とし、初めのゆったりしたものへと戻り、踊りもそれに合わせ、動作こそ大きいが力強さを失った感じへと変わる。

 そして低い姿勢になり、膝をつき、腕を伸ばしてなにかもがくようなマイムを見せ、音楽が止まると同時に伏せて動かなくなる。

 音の余韻が消え静寂のあと、割れんばかりの拍手と喝采が、舞台へと降り注いだ。

 伏せていた踊り子はゆっくりと身体を起こし立ち上がると、観客たちへ優雅な礼を返し、袖へと消えていった。

 まるで人の生涯を舞っていたみたいだと、舞台に目を奪われ、金縛り状態になっていた忍びへ、

「どうだった?」

 落ち着いた乙女の座の声がかかったことで、忍びは我に返り、身体の硬直もとれた。

「すごかったでしょ~?」

 弾む声音で問いかける乙女の座に、忍びは全力のうなづきで答えた。

「あれほどの舞い、初めて見た」

「表に出ることができてれば、並ぶものなしで天下とってたでしょうね」

 天下無双、ありえるな。と感嘆する忍びへ、どこか寂し気な口調でこぼす乙女の座。

 その口調と言葉の中身に、怪訝な顔する忍びへ答えるように、

「ま、いろいろ訳ありなの、出自やらなんやらね。あのは表の舞台に立てないの」

 踊り子が捌けていった舞台袖へ視線を向けながら言った乙女の座は、忍びへと視線を戻し。

「あなたと同じ。自由を得た代償に失くしたものがあるってこと」

 投げられた言葉に忍びは自身を振り返り、同時に乙女の座が自分の過去を知っていたことに驚く。

「年数に対して階級が、ね。立場的にそりゃ調べもしますって」

 冒険者となってからの実働年数に対し、早過ぎる昇級が怪しまれたってことだと、苦笑しつつ告げる乙女の座。

「でも、苦労したわよ~。あなたの故郷おくにってカーテン厚いから」

 言葉のない忍びへと、乙女の座は笑いながら語りかける。

「……自分は」

 沈黙を破り、忍びが口を開きかけたとき、

「オーナー、今日はどうでした?」

 割り込んでくる声。

「うん、最高さいっこーだった。次も頼むね」

 返す乙女の座の声は、忍びへ語りかけていたのと違って浮かれたもの。

「ハイッ。……あれ、そちらはいつぞやの」

 乙女の座と会話を交わし、自身に微笑みかけてきた闖入者と目を合わせる忍び。

 整えられていない水気の抜けきっていない銀髪、火照った肌には汗、綿ローブ下にちらりと見えるのは身体にピッタリと張り付いているころも

 先ほどの踊り子かと察する忍びだったが、顔見知りのように話しかけてくることが解せなかった。

 どこかで会った気がするのだが、どこの誰だっかが記憶の中で一致しない。

「……失礼だが、どこかで?」

 申し訳なく尋ねる忍びへ、踊り子は困ったけど楽しって風な笑みを浮かべ、

「これで思い出していただけます?」

 言って、垂れていた前髪を後ろへと撫でつけた。

 その整えられた髪型と、上目遣いに記憶のファイルが正解をめくる。

脱衣舞踏劇場あそこの……!」

「――思い出していただけて光栄です」 

 両の腕を前後に回して恭しく頭を下げた姿勢は、まさしくあの店の黒服。

「あなた、舞手だったのか……」

 驚きを残しつつ忍びが言えば、

「あっちのお店に頼んでね、月に何回かここで躍ってもらっているの」

 なぜか得意げに乙女の座。

「向こうではあの手を踊ることがありませんので、私としてもありがたいことです」

 感謝の笑みを浮かべて踊り子が礼をすると、「いーのいーの」と乙女の座。

「向こうでは……?」

踊りをしています」

 疑問を口にした忍びへ、言外に裸になって秘部を見せつける踊りをしていると告げる踊り子。

「そっちもなかなかにいいんだけどね、煽情的で。好きよ」

「――恐れ入ります」

 そそられるわよぉと、いい笑顔の乙女の座に、踊り子は恐縮しつつ頭を下げる。

 下げた際に髪が乱れ、現れた中途半端な長さの笹耳に、忍びは目を留めた。

 髪を整え直すべく手櫛を入れる踊り子と、忍びの目が合う。

 踊り子は優しく微笑んでから、乙女の座に会釈し控室へと戻っていった。

 彼女が去った方へ顔を向けたままの忍びへ、乙女の座が言う。

取り換え子チェンジリング半妖精ハーフエルフ。生まれたのが上流階級じゃなかったら、表舞台に立ってたんでしょうねぇ」

 口調には慈しみが含まれていた。

 取り換え子チェンジリング

 同族同士の夫婦から稀に産まれる、他種族の子供の俗称。

 原因はわからず神々のイタズラとされている。総じて悲劇的な人生を送ることが多い。

 乙女の座は「本人のいないところで言うのも何なんだけど……」と前置きしてから、黒服の踊り子の経歴のようなものを語った。

 生まれは某王国の爵位持ち。すぐ闇に葬られなかったのはわずかな温情。

 引き取り先が下種ゲスで、将来的に生まれ元をゆするために育てていたこと。

 たかることができなかった育て親に殺されかけ、逆に殺してしまい罪人に。

 状況から強制労働処分。償い先の鉱山から逃亡。

 流れ流れて流浪民ロマの一行に拾われ、舞踏を学ぶ。

 流浪民から離れてさらに流れ、ここへ至る。

「どれだけ才能があろうと、正しく評価されることがない。やるせないわよね……」

 そして忍びをまっすぐに見つめ。

「あなたは――良かったわね」

 と、ひと言。

 その言葉に忍びは自身がどれだけ運に恵まれていたのかを、改めて感じ入る。

 国の暗部を知っているにもかかわらず、命を取れられず記憶の一部を奪われただけで国外追放。

 監視の目もあったが、今はそれもない。

 組織で教え込まれた技術が活かせ、早い昇級につながった。

 これを幸運と呼ばずして、なんと言おうか――。

 カウンターへ代金を置き、座を後にする忍び。

「またいらっしゃいな」

 出入り口へと向かう背中へと投げかけられた声に、振り向かず首を傾けて応える。

 

 店の外に出て見上げた夜空は、自由を称えた海のようで、暖かく美しくかった。

 

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