家出術師は逃げられない

ムネミツ

家出術師は逃げられない

 「術師様、ありがとうございます♪」

 「ああ、達者でお過ごし下さい!」

 「術師様、ぜひ当家に婿入りを!」

 「いえ、修行中の身ですから!」


 早朝、俺は朱塗りの柱に金の屋根瓦と豪奢な造りの屋敷の門を出る。

 田舎の長者の娘らしく小柄で可愛い美少女と恰幅の良い中年男性の親子に見送られながら俺は走る。


 止まってはいられない、逃げなければあいつが来る!


 妖怪退治の道具一式に、着替えや路銀入りの財布などが入った櫃を背負いひたすら野道を走る。


 呼吸を忘れず走る、気息は何をするにも大事。


 「お、竹林か? 身を隠しながら移動するには丁度いい♪」


 目の前に広がるのは広大な竹林、何か怪しいが俺はこう見えても術師。

 ある程度の魑魅魍魎や狐狸妖怪の類なら、拳法と術でどうにかなる!

 そう、俺は下界に降りて心身の自由を得るために鍛えて来た!


 術師の学院で下界修業を許されるまで積んできた努力は無駄じゃない。

 竹林に入り周囲を見回して気配を探り、怪しい気配がないのを確認して腰を下ろす。


 「ふう、あいつの気配はないな? 探知の術式も付けられていない、次は何処へ行こうか?」


 地面に下ろした薬棚も兼ねた櫃を開け、地図を取り出す。


 「この先の山には温泉があるのか、湯治でもしようかな♪」


 己の腕を頼りに自由きままな一人旅、物語の武侠のように人助けをして徳を積む。

 ああ、旅の空気は美味い。


 「ん、この気配はまさかあいつか!」


 ベキッ! バキッ! と音がしたので慌てて立ち上がり櫃を背負う。

 ヤバイ、まだ距離はあるが獲物を狙う虎の如き圧が感じられた。


 「見つけましたわ、お義兄様!」

 「げげ~~~っ! パイフーッ!」


 背後に現れた圧の正体、それは青い拳法着を纏った筋骨隆々の女傑!


 白い肌に切れ長の青い瞳。

 目鼻立ちの整った美しい顔。

 頭頂部には白き虎の耳、頬には黒き虎の縞!

 表情は口角が上がり牙を剥いた猛虎!

 虎人族の族長の娘にして我が義妹、パイフーであった。


 「さあ、今日こそは共に里に帰って祝言を挙げますわよ!」

 「断る! 俺はまだ修行の身だ、俺が身を立てるまで待て!」


 俺は今の自分の身を盾に説得を試みる。

 このままでは学院は退学、自由な暮らしが失われてしまう。

 もう少し、後五年は気ままに暮らしたい!


 「なりません! 修業なら私や生まれてくる子供達の稽古相手になれば良いのです! 立身出世? 虎人族の族長の婿、生涯安泰です!」


 パイフーは虚空から金色の荒縄を取り出し、自身の豊満な胸の前でヌンチャクの如く構える。


 「それはもしや宝貝ぱおぺいか!」

 「我が一族に伝わる婿取りの縄です!」


 婿取り(物理)かよ!


 パイフーが金の縄を投げて来たのを避ける!

 いや、竹が粉砕された! ヤバイ!

 義妹の元へと縄が戻るのを身をのけ反って避ける。


 「く、昔は可愛い子猫のようだったのに!」

 「今でも私はあなたの可愛い子猫です! 雷虎突進拳らいことっしんけんっ!」

 「いや、電光石火で迫りくる子猫がいてたまるか!」


 全身から雷気を放出し突進と共に電光を纏った突きを繰り出すパイフー!

 当たればただでは済まない義妹の必殺拳をダンスを踊るかのように必死で避ける。

 何で、天下無双級の必殺拳に狙われなければならないんだ俺は!

 善行積んで来たのに、あんまりですよ天の神様!


 「甘い、威力は高いがこれなら俺でも避けられるぞ!」

 「それは、あなたが私の兄弟子でもあるからでしょう!」


 突きで間合いを詰めてから、肘の打ち下ろしにかかるパイフー!

 一応は同じ拳法を学んで来た同門であるので、義妹の癖は読める。


 「何の!」

 「甘いですわ!」


 逃げるならこのタイミングだと思い肘打ちを避け、パイフーの脇を取り抜けようとすれば今度は裏拳が振るわれる。


 「まだ甘い! とうっ!」


 両手に気を纏わせて裏拳を放ったパイフーの腕を掴み、くるっと回転して跳躍。

 

 「さらばだ! 次はもっと腕を磨けよ~♪」

 「もうあなたを逃しません、てやっ!」


 跳躍した勢いで空気を踏み、軽功で更に上空へと跳びかけた俺。

 だが、背後から金色の縄が飛んできて俺の胴体に蛇の如く絡みついてパイフーの元に引き寄せた!


 「捕まえましたわ、もう離しません♪」

 「ぎゃ~~っ!」


 引き寄せらえた俺は、パイフーに怪力で思いきり抱き締められて気を失った。


 「……う、ここは? まさか、実家か!」


 気が付くと俺は、寝台の上で分厚く温かい布団の中にいた。

 意識が戻ると同時に痛みが襲う、起き上がりたいが無理だ。


 「お目覚めになりましたかお義兄様、いえ旦那様♪」

 「パ、パイフー! ちょっと待て、もしかしてお前!」

 「はい、あの後あなたを家へとお連れしてその後はお察しの通りですわ♪」


 目を横に向ければ、美しい義妹の笑顔があった。

 俺の一人旅暮らしは終わりを告げた。


 「わかった、これからは夫婦として仲良くやって行こう」

 「ええ、末永く宜しくお願いいたしますね旦那様♪」


 俺と言う獲物を手に入れて満足に微笑むパイフーの猫なで声は可愛らしかった。


                       家出術師は逃げられない・完


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